Animage #127 (January 1989)

pg. 12-20: Mobile Suit Gundam 0080: War in the Pocket

『機動戦士ガンダム』第1シリーズは、ぼくは2、3本しか見ていないんです。当時、もうアニメ稼業に入っていましたし、まさか自分がやることになろうとは考えてもいませんでしたからね。だから、そういう意味からいえば、この『ポケットの中の戦争』こそが、ぼくにとってのガンダム体験なのでしょう。平和なコロニーに住む、普通の少年・アルという客観的でピュアな目を通して、この作品を描いていこうと考えたのも、そのためだからです。

「いままでにないアニメだから」と友だちにすすめられて、第一シリーズの『ガンダム』を見ました。高校受験のころでした。戦争の論理、つまり敵の論理がよく描かれていて、とてもおもしろかった。不思議なもので、『ガンダム』に限っては、自分がどういう状態のときに見たのか、はっきり覚えている。今回は、日常生活にあきてしまい、「何か来ないかな」といつも待っている少年と、そこへ降りてきたカッコいいザク――そんな普遍的な子どもの意識を描きたい。

ぼくにとってのいちばんのガンダム体験は『逆襲のシャア』なんです。『ガンダム』という作品と富野さんはイコールであるし、富野さんのフィーリングを観客が共有するイベントとして成功したんだと思っています。それで、それまでの作品に比べて、より「富野さんの作品であるなァ」という部分で『逆襲のシャア』に感銘を受けました。今度の作品は、新たに高山さんが観客と何かを共有するための作品であって、そのお手伝いをするつもりで参加しています。

それまでのヒーローものよりはるかに地味な安彦良和さんのキャラが動いたとき、アニメでも微妙な表情づくりができるんだという感動がありました。はじめて記号的ではない芝居が登場したアニメが『ガンダム』ではないですか。テーマ云々よりも、ご都合主義を感じさせないロボットプロレスものとしての勢いに魅力を感じました。でも、今回は今までの『ガンダム』とは違い、まったく離れたところでキャラをつくれるので、ぜひ参加したかったんです。

『ガンダム』が好きだったから、こういう仕事ができるのだ、と思われるのは困るのですが、やはりあの時期にアニメでは捨てられていたものを、ためらわずに入れて作ったということはすごいと思いましたね。もう、あの頃はぼくもアニメの仕事をしていましたから、横目でチラチラと見ている程度でしたけれども、こういう作品が世に出たのだな、ということは考えさせられましたよ。ただ、その影響を受けた現在の状況が、良いのか悪いのかはわかりませんけどね。

『ガンダム』がはじめて世に出たころ、ぼくはもっと低年齢向けのロボットアニメの背景をやっていたけれども、アニメのスタッフはたいていSF好きですから、たいへん話題になっていましたね。いまでこそ、リアルさは当たり前ですけれども、当時は『ガンダム』しかなかったですから。ぼくも、あのオニールの島3号タイプのコロニーというのは、本で読んで知ってはいたのですが、まさかアニメで見ることになろうとは思ってもいませんでしたから、驚きましたよ。


Nobuyoshi Habara: ぼくは安彦さんが描くモビルスーツが大好きだったんです。大河原さんが描いた設定とはまるで違った、やわらかい線で描かれたガンダムやザク、ドムなどにシビレてしまいまして、放映されていた当時、高校1年生だったころのぼくが描いていた落書きは、ほとんどがモビルスーツでしたね。でも、もちろんキャラクターも好きでしたよ。今回、本当はセイラさんのお尻を描きたかったんですけれども、資料がなくて……。

Hideaki Anno: 一作めの「ガンダム」は、リアルな人間ドラマや戦争を描きながら、一方でロボットヒーローものの破天荒な部分があるのがよかったんですよ。やっぱり、ガンダムのビームサーベルをザクがヒートホークで受けてしまうという、アレですよアレ(笑)。最近のロボットものはリアルということにこだわりすぎて、おもしろさに欠けているんじゃないかな。次に「ガンダム」を作るとしたら、ガンダムが登場する前、ルウム戦役あたりを舞台にして、戦記物として戦争というものをたんねんに描いてみるのがおもしろいんじゃないかと思うんです。「これからの時代はモビルスーツです」という若い将校と、いつまでも艦隊戦にこだわるベテラン長官との葛藤を描くなんていうのはどうでしょうか。

Hiroyuki Kitazume:「ガンダム」を放映していた時期というのは、ちょうどぼくが東京デザイナー学院に通っていたころなんです。まだ当時はビデオが普及していませんでしたから、よく当時、校舎のあるお茶の水から秋葉原の電気街まで歩いていって、店先のテレビで「ガンダム」を見たりもしたものです。やはり、ぼくが魅せられたのは、ニュータイプが登場するまでに描かれた、非常に人間臭いドラマでしたね。アムロの脱走さわぎや、ランバ・ラルとセイラやシャアの関係などのね。この絵は、そういう意味からアムロとセイラのふたりに、もう少し接点があったらどうかな?と思って描いたのですが、いかがなものでしょうか。


最初、アムロにとってガンダムは、“愛機”だったんですよ。アムロが乗ることによって、ただのモビルスーツにしかすぎないガンダムが無敵になるというところにいちばん魅かれました。だからシリーズの後半、成長したアムロがガンダムを足手まといに感じるようになったのは見ていて辛かった。初期の「ガンダム」にあった生活感(これも好きだった)をまじえて“愛機”ガンダムを描いてみました。

「旧ガンダム」と「Zガンダム」以降では、モビルスーツのデザインに決定的な差がある。とにかく「兵器」だということを考えると、鋳物のようなボディ、シンプルなライン、ハンマーでぶんなぐっても平気そうなザクのような連中の方が明らかに「正解」である。

てなわけで、手前はザク・トーチカ。通称「グレゴール」。名のとおり、移動砲台として造られた。向こうにいるのは連邦カラーのザク。一年戦争後、ジオン側だった技士たちが意地でつくったもの。

一話で、サイド7にザクが侵入してくるシーン。リアルな日常に、巨大で存在感をもったザクが出現するという感覚にものすごいインパクトをうけました。自分で「ガンダム」を作るとしたら、他の部分ははずしてもその部分だけははずしたくないですね。

このイラストは、その話のイメージをふくらませたものです。連邦軍の新兵器を求めて、2機のザクが深夜のサイド7に奇襲をかけてきた。そのため、パニックにおちいる人々。そのとき、倉庫か何かの天井をつき破ってガンダムが出現する。

「ガンダム」のおもしろさには、そういった勧善懲悪ものみたいなガンダムのかっこよさというのもあったと思うんですよ。

だいたいの人は、小学校の5、6年でアニメなどのチャイルディッシュなものを捨てて、次のものに興味を移していくんですよね。ぼくもその例にもれず、一時期は全然アニメを見なかったんだけれども、「ガンダム」は「ダイターン」や「ボルテスV」の最終話、「エースをねらえ!」の再放送などと並んで、ぼくに再びアニメを見るようにさせた作品のひとつであったことは確かですね。やはりそれは、あの作品が持つサービス度の高さによるのでしょう。

最近、ぼくが書いている作品は「ガンダム」が駆逐してしまったキャラクター性を重視したものが多いけれども、そろそろまた「ガンダム」を考えてもいいのかも知れません。

ぼくはあのころ、ロボットものはあまり見ていなかったんですが、「ガンダム」だけは見てました。細かい部分や描写のリアリティがよかったですね。それに“大気圏突入”みたいに、描写をリアルにしようとするところからストーリーが生まれるというのも新鮮でした。正統ロボットアニメスタイルと、そういったリアリティとのバランスがとれていた作品だと思います。

もし、自分が作ったらどうなるか、というのは難しいですね。ただ「ガンダム」に限らず、“戦記もの”というのは“取り扱い注意”のものだと思うんです。絵空事の中でも、そういうものを描くには作り手の良心を忘れちゃいけないと思います。


Kenji Uchida (Producer):

’53年生まれ、35歳。サンライズに入社後、制作を担当し「機動戦士Zガンダム」ではじめてプロデューサーをつとめる。そしてその後も「ガンダムZZ」「逆襲のシャア」のプロデュースをおこない、ガンダムプロデューサーと呼ばれるまでになった。

●ブランドとしての「ガンダム」

「ガンダム」という、いままで10年間続いてきたブランドをこれからも維持していくためには、この作品に富野監督以外のかたが、いろいろな形で参加しても成立しうる世界だと、つねづね考えていました。

たとえばモデル誌などをみても、ぼくらが全然知らない「ガンダム」のメカが出てきたり、サンライズの手を離れてしまった部分で、一個人のものというよりも、みんなが参加してすでに共通項となっているガンダム・ワールドがあり、本当に特殊な世界になってしまっています。

ただぼくは、富野監督のもっていたガンダムという素材を使った大きなテーマは、他の人には絶対に語れないと思うし、違う監督を中心にやり始めるのなら、「ガンダム」を別の切り口で見せるしかないだろうし、見せるべきだろうし、見せたい人をスタッフとして迎え入れるべきだと思いました。

●「ガンダム」をビデオで作る

作品が商業的、営業的に成り立つためには、最大公約数の観客や視聴者を獲得しなければなりません。でも、ビデオの場合はひとけたぐらい狭いターゲットをねらってもかまわない――というよりも、そうじゃないと、ほとんど作品の内容がボケてしまいます。

だから「ガンダム」そのものを再生産してブランドを長続きさせるためには、最大公約数的ガンダムとは違うものを作っておかなければいけないし、もし最大公約数的に見てきたファンの人たちに「ぼくの考える『ガンダム』はこうだ!」「ぼくの見たい『ガンダム』はこうだ!」という部分が残っているとしたら、それを形にするときには、一番いいメディアはビデオなのではないだろうかと思いました。

●小学生にも見てもらいたい

数年後に、日本のビデオ市場がアメリカのように巨大になるとは思いませんが、でも可能性は、いままで考えられている以上に大きいと思います。だから、ビデオソフトとして第一優先に考えた「ガンダム」というものを作ってみたいと思ったのです。

いまの小学生たちは「SDガンダム」からガンダム・ワールドにアプローチして「そのシリアス版もあるんだ」という認識で「ガンダム」をとらえています。小学生でも、2、3人でお金を出しあえば、レンタルビデオも借りられます。

もっとも、ぼくがビデオ屋さんに行っても、小学生が借りている光景というのはほとんどお目にかかりませんけど……。

でも、なんとか、レンタルでもいいから見て欲しいですね。(談)

pg. 21-27: Chouon Senshi Borgman, Hades Project Zeorymer

pg. 30-31: Meimon! Daisan Yakyuu-bu

pg. 32-33: Saint Seiya

pg. 34-35: Dragon Ball

シリーズ中に、主人公がいきなり結婚してしまう――などという展開は、まさに前代未聞の大事件である。しかも、原作にはなかったキスシーンまで描かれたのだから、悟空ファンの心境は複雑だったに違いない(だよね!?)。

悟空を演じている野沢雅子さんに、今回の結婚について感想をうかがってみた。

「結婚っていっても、突然でしょ。あの二人は恋愛をしてきたわけでもなくて、ただ小さい頃の約束を守って結婚したんですよね。かわいらしくて、悟空らしい、最高の結婚だと思います。

チチはかわいい子だけれど、けっこう気の強いところもあるから、カカア天下みたいな感じになるのかな。でも悟空はああいう性格だから、そんなことは全然気にしないで振る舞って、あまり生々しくない、おままごとの延長みたいな夫婦になるんでしょうね。ある時は兄妹であり、ある時は友だち同士であるような」

これまで数多くの少年役を演じてきた野沢さんだが、その中でも悟空は特にお気に入りのキャラクターだという。もう3年もの付き合いになる彼のことを、まるで実在する人物であるかのように「あの子」と呼び、その結婚を心から喜んでいた。

第23回天下一武道会には、かつてないほどの実力者が集まり、予選から激しい戦いが繰り広げられた。そして、その結果、8人のトーナメント出場選手が決定した。

悟空、天津飯、クリリン、ヤムチャ、桃白白、匿名希望、マジュニア、シェン。

ただのおじさんにしか見えないシェン以外は、全員が超人的なパワーを持つ選手のようだ。

第一試合は、前大会優勝者の天津飯対桃白白。

桃白白は、かつて天津飯の師匠であり、世界一とも言われた殺し屋でもある。一度は悟空に倒されたものの、サイボーグ化によってさらにパワーアップしていた。

しかし、激しい修行を終えた天津飯にとって、もはや彼は敵ではなかった。たった一撃の拳によって、桃白白は武舞台へと沈んだのだった。

pg. 36-37: Anime Sanjuushi

pg. 38-39: F, Mister Ajikko

pg. 43-45: Kiki’s Delivery Service

pg. 49-51: Space Family Carlvinson

pg. 52-53: Peter Pan no Bouken

pg. 54-55: A Letter to Screenwriter Moriichi Ichikawa

pg. 56: One Pound Gospel

pg. 57-60: Osamu Dezaki

pg. 63-82: TV Anime World

pg. 87-110: Animage Radar

pg. 111-114: 1+1

pg. 116-117: Himitsu no Akko-chan 2

『ひみつのアッコちゃん』がおもしろい。やたらと軽く、明るく、ほとんどギャグアニメに近いノリこそが、現在の「アッコ」の魅力なのだろう。

現在放映中のシリーズは2度目のアニメ化で、最初の『アッコ』は1969年1月から2年間にわたって放映された、いわば“魔法少女アニメ”の古典的作品である。原作はギャグまんがの大御所・赤塚不二夫。大将や少将、ガンモにチカ子など、赤塚作品らしい珍妙なキャラクターが登場するが、旧作は決してギャグアニメではなく、オーソドックスな少女向け作品だった。

旧作ではお嬢さま風だったアッコちゃんが、ノーテンキでお調子者の“いまどきの子ども”になり、素敵な外国航路の船長だったパパが現在ではニュースキャスターに、優しく家庭的だったママが家事はまるで苦手な絵本作家になったことが象徴するように、新作の『アッコ』は全体が軽く明るい“いまどき感覚”に満ちている。

同じ赤塚原作の『おそ松くん』の成功や、『月曜ドラマランド』『ひょうきん族』に代表されるフジテレビ独自のカラーが、このような形でリメイクを生み出したのだろう。時代の流れに乗った、パワフルな作品であることは間違いない。今後も続々と登場するであろう傑作に期待したい。

(斎藤良一・小黒祐一郎)


第2話「混戦デートでドキッ!!」

第2話は、モコの初恋をめぐる物語。恋愛経験がまったくないアッコが、トンチンカンな応援をしてしまったことから巻き起こる大騒動を描いている。

底抜けに的外れな言動を繰り返すアッコ、明るくあっけらかんと“初恋”をしてしまうモコ、おしょう油顔の美少年など、“いまどき感覚”あふれるキャラクターたちの活躍が、軽快な展開と、ギャグアニメとは思えないほどパワフルな作画によって、このシリーズならではの抱腹絶倒の怪作に仕上がっている。

最近、モコの様子が少しおかしい。どうやら誰かに恋をしているらしい。

モコの初恋の相手は大将だと、とんでもない勘違いをしてしまったアッコは、二人の仲を取り持とうと、匿名のラブレターを書いて公園へ呼び出すのだった……。

pg. 118-119: Gunbuster

『トップをねらえ!』には、美少女もの、メカもの、青春根性もの、ギャグ、パロディと、さまざまな楽しさが詰め込まれている。しかし何より大きな魅力は、SFドラマとしての面白さだ。

たとえば、このVol.2の冒頭では、航行中の宇宙船が高速で進んでいるため激しく揺れているという描写がある。もちろん現実の宇宙は真空なので、宇宙船が揺れることはない。しかし本作では「エーテル宇宙論」(※注1)を世界設定の基盤としているため、エーテルの気流にぶつかることで宇宙船が揺れる、という理屈になっている。

また、ワープへ突入する際にエーテルがプラズマ化して発光するという非常に美しいシーンも登場するが、これも同じ設定に基づくものだ。

SFの面白さにはさまざまな要素があるが、その一つは「本来あり得ないことを、いかにも科学的に実在しそうなものとして見せること」ではないだろうか。そして、それが物語のドラマに生かされていてこそ意味がある。

もともと制作会社ガイナックスにはSF好きのスタッフが多く、この作品ではそうした“科学的なハッタリ”の利かせ方が非常に巧みだ。そして、それを緻密な作画で見事に表現している。エーテル宇宙の描写もそうだし、Vol.1では「ウラシマ効果」(※注2)を巧みに取り入れ、後半のドラマを大いに盛り上げていた。

SFアニメと呼ばれる作品は数多いが、科学考証をここまで物語に生かしている作品は決して多くない。

「それが最近の主流になっているから、あえてこういう作品を作った」と庵野秀明監督は語る。そして、「これが、本物のSFです」と、自信たっぷりに言い切る。

Vol.2では、ノリコが戦闘でB.F.を失うというドラマの大きな山場に加え、主役メカ・ガンバスターがついに初登場する。見応え十分の快作である。

(武富由香子)

pg. 123-126: Anime People Clips

pg. 127-132: Mobile Suit Gundam 0080 -War in the Pocket-

pg. 134-138: Thunder-Lord

pg. 139-147: Tokyo Corps

pg. 148-162: Tokyo Story

pg. 163-169: Anime Land

pg. 173-175: The Tree

pg. 177-181: Jinbaori Bombing Squad

pg. 183-186: Chilled Gundam Play

pg. 189-207: My Animage

pg. 209-212: Fan Plaza

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