1981
July
Feature Article [“____”, The Anime]:
「ヤマト」でメカのリアリティと人物描写を学んだ
TA. 白土さんといえば、どうしても「宇宙戦 艦ヤマト」をおいては語れないと思うのです が、「ヤマト」に関わったキッカケみた いなところから聞かせてもらえますか。
Shirato. そもそものキッカケというのは、ぼく も後で聞いた話なんですけど、プロデューサ ーの西崎義展)さんが、たまたまぼくが関 わっていた「マジンガーZ」を見てて、とて も気に入ってくれたらしいんですね。それで ある日、西崎さんの秘書の方が見えられて、 「こういう作品を企画しているんだが、ぜひ 参加してくれないか」と依頼されたわけなん です。それが「―――ヤマト」だったんですね。 で、その設定書を見せてもらったんですけど、 ああ、これは動かせないな、と思ってお断わ りしたんです。そしたらしばらくして、今度 西崎さんご自身が見えられて、どうしても やってもらいたいと言われたわけですね。ま あ、ぼくとしては、ちょっと難しいんじゃな いかという印象があったんですけど、けっき よくは西崎さんの熱意にまけたというか、と にかく説得されてしまったわけです。
TA. 実際に制作に入るときの意気込みは?
Shirato. まあ、どういうふうにヤマトを飛ばし たらいいのか、全然見当もつきませんでした から、引き受けてしまったものの心配は心配 でした。でもやる以上はベストのものをつく ろうという気持ちはありましたね。
TA. その「ヤマト」があれほどのフィー バーぶりになるとは、想像されてなかったわ けですね。
Shirato. もちろん初めは想像するどころじゃな かったですよね。事実放映が始まってみると、 裏番組に「アルプスの少女ハイジ」があった ことも原因して、視聴率も上がりませんでし たものね。
TA. 「――ヤマト」をあそこまでつくり上げ ていくうえで、とくに難しかったとか勉強に なったという点は、どのへんですか。
Shirato. やっぱりメカですね。いかにしてリア リティを与えるかということで、ずいぶん苦 労しました。
TA. たとえば?
Shirato. そうですね、飛行機の飛ばしかたとか 壊しかたとかですね。西崎さんが言われるに は、飛行機の編隊を描く場合でも、実際には、 ちゃんとした作戦の上で動いているのだから いいかげんにただ動いているだけではダメだ って言うんです。なるほどと思いましたね。 それで、西崎さんにすすめられて、戦争の記 録映画などを何遍も見て、いかにリアリティ をだすかということを、ぼくなりに研究しま した。 それともうひとつは人物描写なんですけど、 「ヤマト」には各シリーズ必ず一人は美 女が登場するわけなんです。それでその芝居 ぶりがまたすごいんです。アニメではとうて い表現できないんじゃないかと思うほどのと ころまで、絵コンテには書きこんであるわけ です。ですからその打ち合わせというのがま 細かくて、目の動きひとつをどうするかと いうところまで話し合うんですからね。まあ、 アニメーターにとったら、かなりしんどい作 業だったんじゃないかなあ。でも、そういう 細かい部分にまで気を配るっていう作業が、 難しかったと同時に、たいへん勉強になった ことも事実ですね。
TA. 各キャラクターの心理状態をキチンとつ かんでおかなければ、リアリティも生まれて こないし、大スクリーンをもたせることもで きないということですか。
Shirato. そうなんですね。その心理状態をすべ 表現するということは不可能であっても、 それらをつかんでおかないと不自然になる場 合がありますからね。
TA.「――ヤマト」の作監は芦田豊雄さんと、 交互にやられたわけですね。
Shirato. そうです。そのあと小泉謙三さんが途 中から加わってきましたけどね。
TA. そういう「ヤマト」のスタッフの方 々にお話を伺ってみますと、皆さん一様に「お もしろかった」 「充実していた」とおっしゃ るんですけど、白土さんは、どう感じてらっ しゃいますか。
Shirato. 確かに、つくり終えて振り返ってみる と、 おもしろい仕事だったなと思います ね。でも、つくっている最中は、そんなこと を思う余裕などないですよ。スケジュールに も追われてましたし、もう無我夢中で取り組 んでいましたからね。 「ヤマト」が他の作品と違うのは、つく り終ったあとで「あれ、えらい変った作品を つくってしまったんだなあ」という独特の印 象があったことですね。あの感情というのは 他では味わえませんね。
TA.「ヤマト」と白土さんの出会いは大 きかった、それは白土さんと西崎さんとの出 会いでもあったと思うんですけど、白土さん からごらんになった西崎さんという人は?
Shirato. そうですねえ。やはりすばらしいプロ デューサーであることは間違いないですね。 まあ当然といえば当然なんですけど、自分の 作品をひじょうによく理解していますよね。 それで、サービス精神というのか、観てくれ る人たちのことをとても大事にして、お金を 出してわざわざ劇場に足を運んでくれるのだ から、楽しめて、いい作品だったなって心に 残る作品をつくらなくてはいけないっていう 信念を、つねに持っていらっしゃいますね。 打ち合わせでも、絵コンテの一コマ一コマ に必ず目を通して、解らないところや不自然 なところは、遠慮なくどしどし指摘してきま すからね。
「ジャングル大帝レオ」がアニメの世界にひきこんだ
TA. 小供のころから、アニメとかマンガに興 味を持ってらっしゃったわけですか?
Shirato. マンガは中学や高校のころ好きでよく 描いていたんですけど、アニメは、大学3年 のときだったかなあ・・・・・・何気なくテレビを見 ていたら、手塚さんの「ジャングル大帝レオ」 をやっていたんです。そのときの印象が、カ ラーだったせいもあってキレイでしたし、動 きなども迫力ありましたし、すごく感動した んです。それで、ああアニメーションていい なあと思いはじめて、テレビも見るようにな ったわけなんですね。
TA. 大学は絵の関係ではないんですか。
Shirato. それが話すと皆さん驚くんですけど、 化学を専攻していたんです。そういう方面は 高校のころから好きでしたからね。でもあま 勉強したっていう記憶はないなあ(笑)。 けっきょく大学は4年で退めてしまいましたけど……。
TA. 好きだったマンガ遍歴の方は?
Shirato. ぼくはむかしからさいとうたかおのフ アンだったんです。それでよく先生の家へも 遊びに行ってました。
TA. では、そのころはマンガ家志望で?
Shirato. いや、はじめは弟子入りしようとか、 将来マンガ家になろうなんて気は、それほど なかったんですけど、ぼく然となれたらな程 度の気持ちくらいですよね。 それで先生のところへ何度か通っているう ちに、マンガ家になることが、いかに大変か ってだんだんわかってきたんです。そうなる と、ああやっぱりサラリーマンの方が気楽で いいやなんて思うようになりまして、マンガ 家への道は断念したわけなんです。
TA. そうしますと、そのマンガ家の夢を断念 してから、アニメの世界に入るまでは、どう いうかたちで継がっていたわけですか。
Shirato. そうですねえ…マンガ家の夢を捨て ててからも、描く機会はありましてね。 大学 のころある労働組合の機関誌にひとコママン ガを描いていましたしね。ちょっとした社会 風刺のマンガで、自分でも好きだったからず いぶん熱を入れて描いてましたよ。安かったけ ギャラもちゃんともらってましたしね(笑)。 そんなとき、先ほどいったように「ジャン 「グル大帝レオ」を見たわけなんです。それか らアニメーションにとても興味を覚えました ので、アニメってどういふうにつくるのか見 てやろうと思って、ある日、虫プロに見学へ 行ったんです。そしたらたまたま、虫プロで アニメーターを募集していましてね。よし、 と思って応募したわけなんです。
TA. それで入られたわけですか?
Shirato. いや、それが実は見事に試験に落ちま した(笑)。それからは、アルバイトとしてあ 週刊マンガ雑誌に描いていたんですけど、 編集部の方から劇画調のものを描いてほしい と頼まれまして、ぼくにはとてもそういうも のは描けませんということで辞めさせてもら ったわけです。短い間でしたけどね……。
TA. それでアニメの方は?
Shirato. 大学を退めてからも、まだ興味を感じ てましたので、友人に教わって勉強したり、 竜の子プロで教えてもらったりしていたんで す。そしたらある日、その友人が“ハテナプ ロ”でアニメーターを捜しているから行って みないか、とすすめてくれまして、そこへ入 ったわけなんです。
TA. 入ってすぐ「巨人の星」に参加されたわ けなんですね。
Shirato. そうです。ぼくが入ったころ、ちょう ど「巨人の星」が始まったばかりで、さっそ く動画を描かされました。昭和45年の初めの ころだったかなあ……。そこでつぎにきたの が「タイガーマスク」で、動画と原画を担当 したんです。
TA. ハテナプロ”には他にどんな方がいら っしゃったんですか。
Shirato. そうねえ、小泉謙三さん、我妻ひろし さん、小松原一男さん、岡崎稔さん、香南隆 男さんたちがいましたね。とにかく皆さん大 先輩ですから、やっと動画を描けるようにな ったぼくから見ると、びっくりするくらいの 絵を描くんですね。どうしたら、あんなに上 手に描けるんだろうって、そればっかり考え ていましたね。
TA. 先輩の皆さんからいろいろ教えてもらっ と思うんですけど、とくにどなたに影響を 受けましたか。
Shirato. ほんとに皆さんよく教えてくれました ね。強いていえば、「タイガーマスク」の作監 をされていたという関係で、小松原さんには よく教えてもらいましたし、ずいぶん影響を 受けて、小松原さんの描いたものを見ては、 よくマネしていました。それから我妻さんに も、よく教えてもらいましたしね……。
TA.「タイガーマスク」以降といいますと。
Shirato. ええ、ハテナプロ”は、入ってから1 年あまりで解散してしまいまして、仕方がな いので独立して”タイガープロ”というのを 設立し、ひき続いて「タイガーマスク」の原 画と作監をやっていたんです。 その後っていうと… 作品名をざっと上げ てみましょうか。47年の7月から「デビルマ ン」の演出で、48年4月から「マジンガーZ」 10月からは「ドロロンえん魔くん」でしょ。そ れから49年の4月には「ゲッターロボ」、10月 には例の「宇宙戦艦ヤマト」、50年4月から 「徳川家康」、10月には「ゲッターロボG」 ですね。そのあと50年に入って4月に「ガイ キング」、51月から現在も続いている「一休 「さん」 53年は、「グランプリの鷹」 「ダンガ ードA」「バラタック」なんかをちょっとや って、53年の10月から「宇宙戦艦ヤマトⅡ」 翌年の3月には劇場用「宇宙戦艦ヤマト・新 たなる旅立ち」ですね。そのあともヤマトは、 劇場用の「―――ヤマトよ永遠に」をやりまし たし、昨年の「宇宙戦艦ヤマトⅢ」と続けて やっています。そして現在の「めちゃっこド 「タコン」になるわけです。
「――ヤマト」新作をつくるのなら超SF感覚で
TA. 現在は「めちゃっこドタコン」と「一休さん」ですか?
Shirato. そうです。「一休さん」はもう4年や っていますが、現在でも月に1本のペースで やっています。
TA.「めちゃっこ」は評判がいいようで すけど、感触はどうですか。
Shirato. ええいいですよ(笑)。まあぼくなりに よかったんじゃないかと思うのは、ギャグの おさえかただと思うんですね。たんなるドタ バタならつくる方も楽だし、見てるほうもす ぐあきてしまうと思うんですね。それでぼく らは、とにかく”本モノ”のギャグをやろう ということを話し合ったわけなんです。
TA. 本モノのギャグといいますと。
Shirato. 大人が見ても充分鑑賞に耐えられるギ ャグということなんです。 しかけがはっきり していて、ちゃんとしたオチがついているも のですね。ですからつくる側からすれば大変 なことですよね。でも、ギャグのいいところ は、スタッフがのってつくれるという面だと 思いますけどね。
TA. では、スタッフの方々も相当のってやっ てらっしゃるわけですね。
Shirato. ええ、それはもう。こちらが考えてい 以上の反響ですし、”オリジナルもの”であ れだけの視聴率をとれれば、まあいいんじゃ ないですか。それがスタッフの励みにもなっ ていますし、これから先も、もっとおもしろ くして、もっと人気が出るようにしていこう と、全員ガンバッていますよ。
TA. さきほどあげていただいた白土さんの作 品歴を聞くと、ハードなものが多いようなん ですけど、それから見ると新作の「めちゃっ -」はギャグでちょっと作風が違います よね。白土さんご自身〝ギャグもの”は、ど うなんでしょう。
Shirato. そうですね。確かにハードなものを多 くつくってきましたし、嫌いな世界じゃない ですけど、ぼくの本来の好みからいうと、ギ ヤグっぽいものの方が好きなんですよ。たと えば今までやってきたものでも「デビルマン」 の中のアルホンヌ先生とか「ゲッターロボ」 に出た浅間山の浅太郎みたいに、ギャグの要 素の入った作品はずいぶんあるんですよ。「ド ロロンえん魔くん」なんかもそうですしね。
TA. そういうギャグのアイデアは、どういう ときに考えるのですか?
Shirato. そうですねえ、何かおもしろいギャグ をつくろうって、考えることは全然ないんで すけど、ぼくの場合、よく絵コンテのチェッ クをしているときに、自分でもおもしろいよ うなギャグが浮かんでくるんですよ。つまり、 絵コンテを見ていると、その話の流れが追え ますから、あ、ここはこうしたほうがおもし ろいなあ、とかいろいろなギャグが頭の中に 湧いてきましてね。それをどんどん絵コンテ に入れてしまうわけです。そうすると演出の 人によく怒られるんですよね。「なんでシナリ オの段階で入れないんだ」ってね(笑)。
TA. ギャグのネタ捜しみたいなことは、され ないのですか?
Shirato. うーん、とくにこれといってネタ本が あるわけでもないし、気をつけて捜している ということはないんですけど、むかしからチ ャップリンの映画が好きなんですね。彼の作 品ていうのは刺激になるし、参考になります ね。でもあるとき、チャップリンのギャグを そのままつかったことがあって、能がないっ 馬鹿にされたことがあった(笑)。
TA. 最後にお聞きしたいんですけど「ヤ マト」はもう一度やるのですか?
Shirato. さあ、やるようなことも聞いてますけ ど、ぼくの口からはハッキリやるとはいえま せんね。
TA. もしやるとしたら、どういう作品になる かは別として、白土さんご自身は、どんな新 Гヤマト」をつくってみたいですか。
Shirato. そうですねえ、まあ、もしぼくの考え をとり入れてもらえるとしたら”超SF”(こ んな言葉はないでしょうけど)作品をつくっ てみたいですね。 最近のSF感覚っていうのは、ボイジャー にしろ、スペースシャトルにしろ、むかしの SF感覚が現実のものとなってきているわけ ですよね。ですから、はじめのころのように 地球をバックにしたヤマト”っていうのは、 見る側としても、さほど驚かないと思うんで す。だからたとえば、ヤマトがイスカンダル (14万光年)の倍以上の距離まで調査に行く という話で、そこからさらに何万光年先にあ 星を発見し、電波を送って連絡をとろうと するんです。ところが何回やってもその電波 はい返されてしまう。おかしいと思って調 べてみると、銀河系を包んでいる核が見つか るんですね。その星へ近づくためには、どう してもその核を破壊しなくてはならない。し かしその方法がわからない。それからいろい ろな困難にぶつかりながら、最後にはその破 壊に成功するという、そういう話を考えたこ とがあるんです。 もう、宇宙の中で新しい星を発見してみた いな話では、見ている方がついてこないよう な気がするんだけどなあ・・・・・・。
TA. アイディアのおもしろさということですね。
Shirato. そうね。これからは超SFアイデアで いかなくてはね。
