Takeshi Obo

1981

July

Feature Article [The Anime, “Anime Star”]:

九州から神奈川へ・・ そして、高校を中退
俳優が歌手が、悔みっぱなし
今回は「あしたのジョー」を歌って、ア ニメファンに人気の高い、おばたけしさ んにインタビュー。海を見に、湘南海岸 へと足をのばしてみました。(役得デス) ほりの深い、ちょっと浅黒い感じのお ぼさん、一見したところ、神経質そう・・・、 ところが、ところが、インタビューを始 めるやいなや、そんなイメージは、ぶっ 飛んでしまったのデス。明るくて、よく しゃべるおぼさんは、ほんとに楽しくて 優しいおにいさんだったのです。で、さ っそくインタビューなど……!

TA. おぼさんって、いうのは、本名ですか?

Obo.「ええ本名です。於保 武って書くんで すけど、九州に多いんですよ ぼくも福 岡の出身ですけど、九州では珍らしくな い名前なんですよ……」

TA. で、いつ東京へ?

Obo.「高校1年のとき、父の勤めていた炭鉱 がップれて、それで神奈川県へ来たんで す。高校は神奈川工業ってところ、その 電機科にいたんです」

TA. その頃は、将来、何になりたいと・・・

Obo.「へへへ、ちょっと変なんですけど、発 電所で仕事をしたいと。とにかく発電所 しか考えられなくて、高校2年ぐらいま では、そう思い込んでたんですよ。とこ ろが3年になると大転換。俳優か歌手に アコガレて、学校やめちゃったんです。」

自然に、自分に忠 実に生きたい…

「まずは 俳優にな ろうと決 めて、養 成所にも行った んですよ。ところが、どうもピッタ りこないんですよね。それでまた、エイ ヤッとばかり3か月でやめまして・・・・・・。 もう役者はアキラメタって感じでね。で、 次は歌の学校へ行きまして、そうなんで す、ご想像のとおり、そこもやめまして 今度こそって感じで、ブル ーコメッツのバンドボーイ になりました。その 後、青山のスナックで歌っていたときに レコード会社の人に声をかけられて、す ぐ曲を作ってもらったんです。作曲が、 井上忠夫さんでしたから、ヤッター!つ て思ったら、レコード会社の 会議でボツ。ガックリ。でも、 考えてみると、当時は実力な んて無かったですから、しょ うがないと思いますけどね」

鈴木邦彦先生との出会い

TA. その頃に、鈴木邦彦ポップススクー ルへ入られたんですか?

Obo.「ええ、落ちこんでい たときに、レコード会 社の人に勧められて、 ポップススクールへ入りました。当 時はグループでやろうということで、そ の準備をしていたんですが、デビューし ようというときに、『サーカス』が先にデ ビューしちゃったんですよ。それで、こ のグループもパー」

TA. 歌手をやめちゃおうと思われたのは その頃のことですか・・・・・・。

Obo.「もうヤメタ!って感じでね。どうい うんですか、ヤメタ、ヤメタの連続みた いですけどね。そのとき、そのときは、 真剣に考えて、進路を決めてはいるつも りなんですよね。それで、またまた役者 になってやろうっと思って、ま、今度は 正式にやろうと、劇団NLTの俳優教室 ってところへ入学したわけです」

TA. 俳優修業はいかがでした・・・・・・

Obo.「これしかないって、決めてやってまし たから、このときは燃えましたね。燃え て燃えて、すごかったんですケド・・・・、 これがまた、はかない命。え~、半年で またもや燃えつきてしまったんですネェ。

TA. で、次は何を目ざして・・・・・・

Obo.「またまた落ちこみまして、でも食べな きゃいけないから、やりなれたひき語り でもやろうかと考えたんです。ちょうど その頃でした。鈴木先生から『あしたの 「ジョー』を歌ってみないかって、おさそ いを受けたんです。またまたなんですけ ど、アッ! もう芝居やめた。今度は歌 手でいこう!と決めまして、歌ったわ けなんです。それ以来、やっと歌手とし てやっていけるようになって……。だか ぼくにとっては、鈴木先生は大恩人で すし、『あしたのジョー」も大恩人 (?) なんですよね。アニメーションの素晴し 世界を知ることもできましたし。ほん とうに感謝してるんです」

のように大きな歌を歌いたい 湘南の海を見ながら、おぼさんは、苦 しかったデビューまでのことを語ってく れた。数多くの挫折を味わいながら、は いあがってきたその苦労と努力を思うと、 頭が下がる思いがする。砂浜に座って海 を見る彼の横顔には、暗いかげりはどこ にもない。

TA. アニソンについて、うかがいたいの ですが……。

Obo.「アニメソングといっても一言でいえな いんですが、歌手の側からいいますとね、 アニソンってのは、むずかしいんですよ。 絵とストーリーがあるわけですから、そ ちらに合わせなきゃならないという制約 があるし、作品によって、メロディーや スタイルが全く違うわけで、どんな注文 にも応じられるだけの能力がないと、歌 えない、ということになって……………、ぼく なんかは、まだまだ・・・・・・。でも「あした のジョー」を歌わせてもらえて、ほんと うに感謝しているんです。ファンレター だって、妹や弟みたいな年令の子供たち からもらえますし、楽しいですよ」

TA. アニメファンにすごい人気なんですが..。

Obo.「ぼく自身が、驚いているんです。アニ メの力っていうのは、すごいものなんだ なって、ファンレターも、一日に20~30 通ぐらいくるんですよね。で、できるだ け返事を書くようにしてるんです。もっ とも、常識を知らないような書きかたを している子供たちには、意見するように してるんです。それが、大人の責任だと 思ってますから」

TA. ところで、おぼさんの趣味は….。

Obo.「ウーン、弱いんですよね、その質問は、 時にね、今はないんですよ。歌手になる までは、やっぱり音楽だったんですけど、 今は仕事でしょ。だから好きな音楽を聞 いてても、リラックスできなくて、逆に あの部分は、こう歌った方が良いだとか、 ぼくならこう歌うとか……それこそ夜も 眠れなくなっちゃう(笑)。それを、一種 の職業病なのか も知れないけど、 人の歌を聞くと、 その人のクセが 入ってきちゃう ような気がして・・・・・」

TA. 好きな歌手は……。

Obo.「シャンソンとかカンツォーネが好きだ から、日本人では金子由香利さんとか、 いっぱいいますよ。外人だったら、フラ ンク・シナトラ、バニー・マニロウ、ス ティービー・ワンダーなんかが好きです ね。どちらかというと、スロー・バラー ドが好きで、ぼく自身も、じっくり歌い こめる曲を歌いたいと思ってますから。 もっとも、酔っぱらって、口ず さむのは、シャンソンですね」

TA. 歌手としての抱負は……

Obo.「今まで、転々として、色んな ことをしてきましたが、今は歌 だけ。歌の心がわかるようにな るまでは、この気持で進みたい と思ってます。聞く人を、しっ とり包みこめるような、そんな 大きな歌を歌えるようになりた いというのが、今のぼくの気持 ですね……」

ジョーに似ている なんて、そんな・・

おばさんの話を聞いているうちに、風 涼しくなってきた。ちょっと、潮風に あたってみましょうか? 海って、好きなんですよ。ただ見 りめているだけでも、心が洗われるみた い。でも ぼくの青春時代には、そん た。 じた。 な余裕がなかった……………。」 海を見つめながら、彼はポツリと語っ どこかジョーに似ているな、と感 ジョーは力石と闘い、人生と闘い、そ して自分と闘った。目の前にいるおばさ んは、青春時代のすべてをかけて、走り 続けてきた。 「ジョーに似てるっていわれると、ひど くてれくさくなっちゃうけど・・でも、 ぼくはジョーの生きざまが、たまらなく 好きです。」 そして、断言した。 自分が決めた ことなら、人生のすべてを賭けて、完全 燃焼しつくしても良い、と。 だから、苦しみ、悩み、迷い続けてき たのかもしれない。そう、おばさんとジ ョーは、あまりにも似ているのだ。ジョ の目の輝きと同じものを、彼もまた持 っている。 一瞬、潮風が強く吹き抜けた。おぼさ んの体が、どこか遠くへ飛んでいくよう に見えた。それは “あした”への旅 立ちだったのかもしれない。 (文・加山 俊男)

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