Takashi Iijima

1981

July

Monthly Section w/Hiroshi Sasagawa [“Anime Free Time”, The Anime]:

叩き上げから育った アニメ作家気質で、 ブームを斬ると・・・!

監督が歩くと、まわり にゾロゾロの時代

Iijima. では、先月に引き続き、とい うより性懲りもなく熟年対談 を始めましょうか。

Sasagawa. この前はちょっと真面目すぎ ちゃったかな、今回は少しヤ ワラカくいきましょう。

Iijima. うん、あんまりアニメ論ばか り喋ってても肩が凝るしね。

Sasagawa. それじゃ、よき時代を懐しみ ながら、思い出話とでもいき ましょうか。

Iijima. それにしても、笹川さんとは 古いつき合いですね。 先月号ではシラジラしく”は じめまして”なんて言ったけ どね、もう10年。

Sasagawa. 最初に飯 島さんに会っ たのは、竜の 子と東映動画 が共同で製作 しようとした 時期があって、 それで初めて お会いしたん でしたね。

Iijima. 最初の共 同の企画がダ メになってね、それで「宇宙 パトロール・ホッパ」という 作品を作ることになった。

Sasagawa. 飯島さんってスゴく女性にモ テる人だなって印象でしたね。

Iijima. あれ、なんか急にヘンな話に なったね。(笑)

Sasagawa. でも、共同製作といっても、 我々の竜の子プロが出来てほ んの2~3年でしょ、こちら はつらかったですよ。 当時は僕と故吉田竜夫さんと、 あとスタッフは2~3人です からね。(笑) おまけに、あの頃スタジオを 作ったんですが、当時の国分 寺といったらもう片田舎、電 話だって申し込みで、それも だいぶ待たなきゃ通じなかっ た。周りも雑木林ばっかりで、 吉田さんがそんな所へスタジ オ作ると言ったときは、ほん とにビックリしましたね。

Iijima.あれから竜の子は開拓時代に なったんだよね。独立プロと いうのは大変ですよね。

Sasagawa. 東映動画はその頃、アニメの メッカでしたから、スタッフ といっても非常にゼイタクな んですよね。 監督がいて、その補佐に何人 かついてたでしょ。

Iijima. 東映だから劇映画のやり方そ のままでやってたんですよ。 監督がいて、助監にチーフ、 セカンド、サードというね。 今考えると、ゼイタクなスタ ッフだったですよね。

Sasagawa. 監督が歩くと周りにゾロゾロ くっついて行きましたからね、 なんでこんなに多勢いるのか 不思議でしたよ。

Iijima. 僕が東映動画へ入った時、丁 度「白蛇伝」を作るところで したけど、アニメのテクニッ クは今より劣るかもしれない けど、当時のほうが熱気があ ったですよね。 「白蛇伝」は日本最初の長編 アニメ映画作ろうという意気 込みがあって、その熱気が画 面から伝わってくるもの。

Sasagawa. ええ、そうですよ。それにし ても当時のアニメーターに比 べたら、今の連中は恵まれて るんじゃないかな。 当時は給料も非常に低かった と思うな。皆んなそれぞれ苦 労してね、ほんとに好きで描 いてる人が多かったみたいで すね。

“アニメ”という言葉 が無かったおかげで…

Iijima. 以前は原画になるなんて大変 なことでしたし、ましてや作 画監督なんて・・・・・・。 動画から始まって、あの頃は 第2原画というのがあって、 それから原画だものね、作監 になるなんて並大抵のことじ ゃなかったよね。

Sasagawa. 今、比較的簡単に原画になれ ちゃうみたいですね。 皆んな、器用なのかな?

Iijima. やっぱり、作品が多過ぎて人 が足りないんじゃないかな。

Sasagawa. それに、今は情報が多いでし ょう、それからアニメ学校な んかもあって、この世界に入 って来るまでにある程度は分 かっちゃってるんですよね。 昔はアニメ学校なんてないか ら、現場に入ってから見よう 見まねでね、教えてもらうか 技術を盗むか、それしかない から、もう必死でしたよね。 徒弟制度でしたから、先輩の 机を整理したり、鉛筆削った りね、そのくせ怒鳴られて、 ヘタクソって言われて描いた 絵を破られて、涙流して・・・・・・。

Iijima. そのほうがいいんじゃないの、 アニメは手作りのものだから。 僕の場合、プロデュー サー・コースでも絵の 実習やらされましたよ。 絵も色塗りも一応ひと 通り全部やったけどね。

Sasagawa. 今は出来上がるまでの プロセスを全く知らな いで、動画は動画だけとか、 一部分だけ勉強しているみた いなところがありますね。 僕らの頃は全部つきあったで すよ、彩色や撮影までもね、 それは知ってたほうがいいん ですから。

Iijima. 最近じゃ、絵コンテも全部見 ないで、自分の与えられたカ ットだけやってる状態がけっ こうありますからね。

Sasagawa. 本数が 多いから、おの ずとそうなって しまうんでしょうね、流れ作 業みたいな感じにね。

Iijima. ブームになるのは嬉しいけど、 結果として質の低下をきたし てるのは、まぎれもない事実 だと思う。スタッフの間にも 連帯感や熱気が欠けてますよ。 川キビシイですねえ。(笑)

Iijima. 熟年対談はズバッてやるんで すよ。めったに言えないこと だから(笑)

Sasagawa. ズバッてアニメ界を斬っちゃ うわけ。(笑)

Iijima. 話を戻すと、スタッフが集ま るということは、作品の打ち 合わせだけじゃなくね、一緒 に飲んだりワーワー騒いだり、 そういう雰囲気がひとつの作 品を作る上で大切なことなん ですよ。 今、そういうムードがわりと あるのは、竜の子さんかな。

Sasagawa. まあ、そんな雰囲気はありま すね。実は地理的な条件があ りましてね、竜の子のスタジ オに集まった連中は、あそこ らへんからどこかへ出られな いんですよ、用があっても外 へ出るのが面倒くさい。(笑) でも、昔はとても、今みたい アニメブームになるとは 考えられなかったですね。

Iijima. アニメーションという言葉そ のものが普及してなかったも のね。マンガ映画”だった ですから。 アニメって言われるようにな ったのは、いつ頃からだろう。

Sasagawa. テレビに登場してからでしょ うねえ。

Iijima. 昔は誰もアニメなんて言葉を 知らないから、アニメを作っ てますなんていっても、何の 仕事だか分かってもらえなか ったね。

Sasagawa. そうそう、それで面白いエピ ソードが昔はいっぱいあった んですよ。 竜の子プロといえば、今では 知られてますが、昔はタクシ 呼ぶのも大変だったんです よ。竜の子プロだと言っても 分かってくれない、竜の子 ですかって。 いや、マンガ家の家ですって 言ったら、真ン中の家ですか って往生しましたよ(笑)

Iijima. 本当ですか。 (笑) でも、僕 らはハイヤーでしたよ。

Sasagawa. ハイヤー? お偉いさんじゃ ないですか。

Iijima. それが、当時は映画会社が景 気良かった頃だから、夜遅く なった時は会社でハイヤーを 呼べる、映画会社と全く同じ にやってたんですよ。

Sasagawa. すごいですねえ。

Iijima. 外車だからね、近所の人が皆 んなビックリするんですよ。 若僧が外車でうちへ乗りつけ るんだから。あいつはいった 何者なんだろうか? なん てね。

Sasagawa. 僕らとはえらく違いますねえ。

Iijima. それだけが特権みたいなもん でね、どっかで飲んでても、 ちょっと会社を使って電話さ せるわけ。 すると、制服制帽の運転手が やって来て「東映動画の飯島 さん、お迎えにあがりました」 なんてね、カッコイイんだよ ね、あれが。(笑) 自分が偉く なったみたいで。 でも、あんまり使い過ぎて、 会社から怒られたけど。(笑)

声優人気とキャラクタ ーの関係は?

Sasagawa. アニメの仕事って夜も昼もな いですからね、とくに国分寺 あたりじゃ、あの頃そんな商 売は、まずなかったでしょ。 夜中に仕事してる時にね、ひ とり若い人でしたけど、用が あって自転車で外へ出たんで すよ。そしたらお巡りさんに 呼び止められて、さかんに められちゃってね。 それがまた、運悪く彩色の白 手袋をしてたんですよ。おか げで指紋でも隠してるんじゃ ないかと疑われてつかまっち やった。それで警察まで貰い 下げに行ったことがあります。

Iijima. そりゃ大変だったね。今じゃ 竜の子プロっていえば日本中 どこへ行っても、皆んな知っ てるものね。

Sasagawa. 昔は国分寺の中でも分かって もらえなかった。(笑)

Iijima. じゃ、僕のほうも負けずにも うひとつ。 だいぶ前に僕がプロデュー して脚本も書いた「わんぱく 王子のおろち退治」とい う作品があるんですよ、 監督が芹川有吾さん でね。それが外国で グランプリを受賞して、宝塚 で、浦山桐郎さんの「キュー 「ポラのある街」と一緒に表彰 されることになった。 そこでね、ケッサクなんだけ ど、主演俳優の表彰もあった わけですよ。 「キューポラのある街」は吉 永小百合さんですよねそれが 「わんぱく王子―――」になっ たら司会者が「主演俳優の飯 島さん」て呼ぶんですよ。 あれにはマイりましたけどね、 僕はそのまま舞台に上がって 主演俳優の表彰を受けたわけ。

Sasagawa. そりゃあいい(笑)

Iijima. 本人の身になって下さいよ。 それだけまだアニメが一般的 に認められてないというか理 解されてなかったんですね。

Sasagawa. それに比べると、今はアニメ が完全に社会の中に定着した というか、文化のひとつにな ってしまいましたね。

Iijima. そうですね。結局、当時のマ ンガ映画を楽しんだ子供達が 今はもう大人です。 つまり、今の母親というのは、 子供と一緒にアニメを観るこ とに何の抵抗もないんですよ。 「日本昔ばなし」は大変なヒ ット作だけど、あれなどはい い例だと思う。母親も子供と 一緒になってアニメを楽しん でいるんですね。

Sasagawa. 今のファンというのはよくア ニメのことを知ってますよね。 テクニックのこととか。

Iijima. そうそう、そこを言いたいん ですよ。よく知られているだ けに、作品の質の良し悪しを 見分けられる眼が備わってい る。そこが恐いんです。手抜き なんかしてたらすぐ見破られ ますしね、いくらテクニック が向上しても、作り手の熱意 や訴え掛けが欠けて行くよう なら、すぐに見離されてしま いますよ。 ファンの意識もだいぶ変わっ 来ているんじゃないですか。 声優さんは今ではすっかりス ターですからね。昔は声優さ んなんて顔も知られてなかっ たですよ。

Iijima. それでも、水島裕君とか井上 和彦君とか、若手のほうへど んどん人気が移っている。

Sasagawa. でも、ファンにしてみれば、 声優の顔というのは、あまり 関係ないみたいですね。そこ が普通のスターとは、スター の意味がちょっと違う。

Iijima. 仲間意識みたいな感じがある んじゃないの。 ただカッコイイからとか、そ ういうんじゃなくて、自分の 好きなキャラクターに声を当 ててくれている人、自分の好 きな作品に出演している人と 声優さんも舞台に顔を出すよ うになってきましたね。

Iijima. そのことなんですがね、役者 なんだから舞台に出るのは当 然ですし、それもいいことな んですが、プロデューサーの 立場で言うと、あまりやって 皆んなの前に顔を出してほし くないんだな。 声優という仕事は、やはりカ ゲでキャラクターを支えてく いうことで、アニメを通して ファンになっているでしょ。

Sasagawa. そうですね。すごい美形のキ ャラをやってると、声優本人 が別に美形じゃなくても人気 が出てくるみたいなところが ありますからね。

Iijima. 声優さんの場合、必ずしも美 男美女が人気があるとは限ら ない。(笑) 笠川―それからブームのおかげで、 れるものですからね。 まあ、そんな本質論みたいな ものは、今では吹っ飛んじゃ ってるけど。

Sasagawa. でもね、逆に考えると、今の ファンは賢くなってますよ。 あくまでも声の立役者という ことでファンになっている。 それに作品観て、声優に接し て、アニメ雑誌読んで、楽し み方も多彩になってますね。

女の子のファンには 戸惑ってしまって…

Sasagawa. しかし、どういうキャラにど の声優さんを当てるかという のは、我々にとっても大きな 問題ですよね。

Iijima. ええ、例えば「009」の井 上和彦君、彼はそれまで主役 をやったことがなかったのを、

Sasagawa. 009の役に持って来たんで すよ。あれが成功して作品も 井上君自身も人気が上がって ね。

Iijima. 彼はもともといい男だしね。 アニメをやってて楽しいのは 新しい才能が出てくる、とい うか、こちらが見つけた時で すね。 「魔法使いサリー」で羽根章 君を作監に持って来た時な というのは、かなりの冒険だ ったですよね。テランで無難にやるより若 い才能で勝負してみたいって いう時があるでしょう。 それで成功した時って、その 嬉しさは格別ですよ。

Sasagawa. その気持ち、よく分かります。

Iijima. それじゃ、閉めくくりは何の 話でまとめましょうかね?

Sasagawa. 飯島さんが女性にモテる話な どをもう一度・・・・・・。

Iijima. 突然、何を言うんですか(笑) 笹川さんのほうがモテるんじ ゃないの。ファンレターが来 るでしょ。

Sasagawa. ええ、来ますけど、それはア ニメファンの手紙だから作品 のことが書いてあるわけで、 僕個人がどうこうというんじ ゃないですからね。 でも、手紙をくれるのは、今 まではおチビさん達ばかりだ ったでしょう。それがある日 突然、女子高生や女子大生が 異常に騒いだ時期がありまし たからね、そういう時って、 製作するほうも戸惑うわけで すよ。 女の子から手紙が来ると、も しかしてオレがモテてるんじ ゃないかと……。 (笑)

Iijima. うん、それは分かりますよ。 スタジオ見学の日ともなれば 大変でしょ、若い女性ばっか りで。

Sasagawa. ええ、そりゃもうターイヘン。 女の子達が訪ねてくるとスタ ッフの連中は、なんかソワソ ワしちゃってね、仕事になら なかったりして。

Iijima. あれは、僕達もいけないんだ よね。アニメの会かなんかに 呼ばれて行くと、ズラッと若 女性ばかりなんだよね。 そうすると、こちらもつい若 女性向きの発言をしちゃう んですよ。僕らも男だから、 意識してしまう。

Sasagawa. 今まではなかったことだから、 そこが問題なんですよ。免疫 がないから。(笑) 絵を描いてやったり、サイン してやったりとか……。

Iijima. 色紙描いてやれるのはいいで すよ。僕なんか絵を描けない から名前書くだけ。 アホみたいですよ。これでい いんだろうかと思いながらサ インするわけ。 「好きな言葉を書いて下さい」 て言われても、あんまり思い つかないしね。(笑)

Sasagawa. とにかく、こういうブームに なった当時は皆んな戸惑って いたけど、最近そういうのに 慣れてきたんじゃないかな。

Iijima. それは言える。東映動画の連 中が、サインがうまくなった のにはビックリしてるんです よ。(笑)

Sasagawa. いやあ、どこでもそれはあり ますよ。声優さんだってそう でしょう。

Iijima. 昔はサインを作るなんて考え られなかったけどね、それが 今では、しっかり読めない字 で書いてるもの。 (笑) 笠川サインの話は別として、今の アニメブームがどういう方 向へ行くのか、かなり問題は ありますね。

Iijima. では、今回はこのへんで…。

Sasagawa. この次は、かなりギャグっぽ くやりましょうか。

Iijima. いいですねえ。 アニメ界の熟年”として長いア ニメ歴を持つ御二人、懐しい思い出 話の中に当時のプロダクション事情 やエピソードなど、若いファンの皆 さんには興味深かったことでしょう。 今後もゲストを混えての対談、皆さ んからのハガキを読みながらのDJ 風対談など、楽しいものにしようと いろいろ企画中です。 御二人への意見、反論、質問などを どしどし御寄せ下さい。

December

Roundtable w/ Hiroshi Sasagawa, Shotaro Ishinomori, Kenzō Koizumi  [The Anime]:

マンガ雑誌投稿の常連からマンガ家の道

Iijima. 石森さん、スタジオを始められた頃は 確か八百屋の倉庫か何かを借りたんで したっけ。

Ishinomori.―そうそう八百屋さんの。でも倉庫じゃ なくて、一、二階を借りてたんです。 スタジオというのは名ばかりで、床は ミシミシ音がするし、スキ間風がピュ ウピュウ吹き込んでくるんですよ。 で、「スタジオ・ゼロ」を作って何か やろうじゃないかということになった んですが、アニメ界の現状なんて、全 然知らなかったんですよ。ただ、みん な集まればアニメが作れるんじゃない か、と。 ま、きわめて単純な発想でしたネ。そ れくらいだから社長を決めるのもアミ ダクジを引いて決めました。 アニメの 経験者は、その社長一人だけでした。

Iijima. 石森さんはその前にストーリー・ボー ドをお描きになったんではないですか。

Ishinomori. そういえばそうですネ。スタジオの前 に、「西遊記」のストーリー・ボード を作りに行きました。 雑誌の連載があ ったので毎日は行けませんでしたが、 それでも一ヵ月は通いましたか。今 考えると不思議なんですけどネ、タイ ムカードを押させられました(笑)

Iijima.それでストーリー・ボードをお作りに なったわけですネ。

Ishinomori.―いえ、それがスタジオ見物ばかりして ました(笑)

Sasagawa.先日テレビで「トキワ荘物語」をやっ てましたが、当時のみなさんは東北の 出身ですか。

Ishinomori.馬場のぼるさんが確かそうでしたネ。

Sasagawa.―ボクは福島なんですが、トキワ荘のみ なさんのあとに上京したんです。もっ 早く上京してれば早く出会えたのに、 それが残念ですネ。 ボクなんか「トキワ荘物語」を観ると、 あの頃がいちばん楽しかったんじゃな いかな、って気がするんですよネ。

Ishinomori. あの頃は右も左も分りませんでしたか ら。何にも分らない楽しさというのも あるんですよネ。なんとなく明るい未 来があるような気がして、みんな頑張 ってましたから。

Sasagawa.流しで泳ぐシーンがありますけど、あ れは傑作ですネ。

Koizumi.あれはもう語り草になってるみたいで すネ。

Iijima.ートキワ荘時代で感じるのは、石森さん のお姉さんコンプレックスなんです。 それはやっぱりあの頃に形成されたも のなんでしょうか。

Ishinomori. なんども言われたことですが、あの当 時の影響はかなりあるでしょうねェ。

Sasagawa. 話は変りますが、石森さんの本名は確 小野寺さんというんでしたネ。

Ishinomori.―そうです。生まれが宮城の

Ishinomori.町とい うところでしてネ、それをそのまま使 わせてもらってるんですよ。

Sasagawa. 小野寺さんではまずかったんですか。 ウーン、本名の小野寺というのは長っ たらしいし、古臭い感じがしましてネ。

Ishinomori. のほうがモダンな気がしたんです。 それに小野寺という名前のマンガ家も いましたから。

Sasagawa.ボクにとって小野寺さんというのは、 懐しい名前なんですよ。ボクらの少年 時代には「漫画少年」という雑誌があ って、マンガ好きの人が投稿していた んです。小野寺さんという人はいつも 作品が載っていましてネ、ボクは〝ど んな人なんだろ、美しい人だな”と 思ったもんです。その小野寺さんが石 森さんあんですよ。

Koizumi. 直接は会っていなくても、お二人の接 点は相当古くからあったんですねェ。

Ishinomori. 笹川さんもずっと投稿してたんですか。

Sasagawa. エエでも佳作とか、その程度でして。 入選なんてとてもじゃないですが(笑)

Ishinomori. 確か後半は、横網とか大関とか番付で ランクをつけてましたよネ。ぼくはず っと横網を張っていましたけど、 せば横網なので飽きちゃった。送って くる賞品もバッジとバッグでいつも同 じでした(笑) 投稿に飽きてやめちゃったら、むこう から注文がきた。それからマンガを書 き始めたんです。

Iijima.―「漫画少年」というのは一種の登竜門 だったわけですか。

Ishinomori.当時、マンガの投稿専門誌はなかった んですが、あそこは投稿にいちばんス ペースをさいていたんですネ。

Sasagawa.今はマンガに関しても情報があります が、ボクらの少年時代には手塚治虫さ んの「マンガ大学」くらいでしたよ。 ボクなんか田舎にいたから特に情報不 足でしたネ。

Ishinomori.今考えてみれば、ボクらは一から始め たんですネ。ぼくは中学2年のときに 「毎日中学生新聞」というのにマンガ を送りましたが、そのときもインキで 書いたらシミができたりして、自分で 工夫しながら書いていた。

Sasagawa.今アニメやっている人のなかにも「漫 画少年」に投稿していた人は多いんじ ゃないですかネ。あのときのあの人が あなたでしたかということがけっこう 多いですからネ。

Ishinomori. そうでしょうネ。 この前も「漫画少年 の会」というのに顔を出したんですが、 いろんな人が来てました。みんな各分 野で活躍してますネ。

Iijima.ところで、石森さんの第一志望は、本 当は小説家だったんでしょう。

Ishinomori.―エエ、そうですネ。 第一志望は小説家 でした。第二志望が映画監督。で、第 三志望くらいにマンガ家というのがあ ったんですよ。何故か第三志望で止ま っちゃった(笑)

Iijima. でもこれからじゃないですか。

Ishinomori. さァ、それはどうですかネ、もうトシ ですから(笑)

Iijima. 小説のほうに行かないでマンガに行っ たキッカケは何だったんですか。

Ishinomori. それはもうディズニーの影響でしょう 小学校の何年くらいでしたかネ、 ディズニーの「白雪姫」を観まして、 これだと思ったんですネ。 「白雪姫」のあとに「ピノキオ」なん 観たりして、ますます魅かれて行っ たんです。ディズニーの短篇は別とし て、長篇は素晴しかったですネ。で、 マンガを描くようになったんです。

体力が決め手だった(!?)アニメ作り

Koizumi. ディズニーの影響は、やっぱり大きか ったんですネ。わたしなんかもディズ ニーの作品に感動してこれはもう絶対 アニメーターになるしかない、と。 でも当時、アニメーターの登竜門らし きものはなかったですネ。 たまたま「東映動画」で募集があったの 応募してみたら、応募者は四百人い ました。そのなかの合格者が七名で、 わたくしは第三次試験まで行って、何 とか合格しました。

Iijima. ホウ、それはスゴイ。試験の内容はど うでした。

Koizumi. 最初は〝塗り”の試験でした。他の人 情報不足だから、水に溶かして塗っ てるんですよ。こちらは曲がりなりに も二、三回は現場の作業を見学してい ましたから、ドロッと塗っていたん です。どういうわけかこれで成功しま した。 二次は身体検査でした。

Iijima. 二次試験が身体検査、これは面白い。

Koizumi. 当時は残業や徹夜がザラでしたから、 まず丈夫な人間を入れるということだ ったんでしょう(笑) そのあと探偵の素行調査があって、 後が面接でした。

Iijima. その頃は素行がよかったんだ(笑)

Koizumi. 最初は仕上げに回されて、次にトレー ス、撮影などに回され、最後は社内で 動画テストがあったんで、それを受け ました。 いろんな問題がありましたよ。〝椅子 に人が坐っている。この人を立たせな さい”とか”旗はどんなふうになびく 描け”とかですネ。そう言えば、 複雑な模様入りのボールがいっぱいあ って、それをぜんぶ一回転させるのに 往生しました (笑)

Iijima. それは難しいなァ。 試験といえば笹川 さん、その頃の「竜の子プロ」さんの 採用試験はどんな感じだったんですか。

Sasagawa. 絵が描けるかどうかだけみたいでした ネ。面接もあるにはあって立ち会いま したけど、当り外れがあるんですよ ネ。いいなァと思う絵を描いてくるの アニメを描かせてみると、これが全 然描けない(笑)

Iijima. 石森さんのアシスタントはどんなふう にテストしてるんですか。

Ishinomori. まず本人に会って、”これこれしかじ ”を描いてくれといったん帰すんで すが、何回も粘り強く通ってくる人は 使う気になりますネ。 やっぱり体力は関係あるんですか。

Ishinomori. あるでしょうネ。その点、女性は使わ ないことにしています。体力的にも長 続きしないんですよ。

Koizumi.「東映動画」の頃は、定時が10時だっ たんですが、体力が勝負、みたいな感 じがありました。 もっとも女のコが痴漢に襲われたんで、 そのあと8時が定時になりましたけど ネ(笑)みんな夜遅いのが当り前にな ってました。

Ishinomori. ま、定時が8時になっても襲う痴漢は いるだろうけど(笑) 女性にはキツい 仕事なんだろうなァ。

Sasagawa. 石森さんの絵を見ていると、アシスタ ントの入り込む余地はないんじゃない かな、という気がするんですが。

Koizumi. 石森それは、わたしもそう思ってるんです。

Ishinomori. 本人もそれは感じてます(笑) そんな 風だからアニメになりにくい絵なんで しょうネ。アニメにするとガラッと変 るんですネ。

Sasagawa. アニメを作り始められた頃というのは どんなだったんですか。

Ishinomori.売り込んではいるんですが、なかなか 売れなくて(笑)

Koizumi.―「レインボー戦隊」はどうだったんで すか。

Ishinomori. あの頃は、何でも素直に聞いてました よ。〝可愛いいキャラクターを作って くれ”って言われれば、”ハイハイ” (笑) 最初のまとまった仕事だったですから ネ、こっちもそういう気持ちだったん でしょうネ。

Sasagawa. 石森さん、今はどれくらいのペースで 仕事をされてるんですか。月産にして、

Ishinomori.月産にして大体二〇〇ページくらいじ ゃないですか。それでもひと頃に比べ ると半分のペースなんですよ。一時は 月産六〇〇ページということもありま した。一日平均二〇ページですよ。 20代後半でしたから、体力、スタミナ ともにあり余っていた。 今はとてもじゃないが、あんなハイピ ッチは無理ですネ。もう徹夜もききま せんから。

Sasagawa. アイデアとかネタの仕込みはどこでな さるんですか。

Ishinomori. 大体は喫茶店ですネ。 喫茶店にはちゃ んと予約席を設けてありまして(笑) そこでいろいろと。

アニメ隆盛は嬉しいがどう質を高めるか

Iijima. 石森さんというのは不思議な人なんで すよ。これだけ忙しい人なのに、本は たくさん読んでいるし、映画もじつに よくご覧になってる。どこからそんな 時間をとネリ出すんですかネ。

Ishinomori.酒飲む時間と睡眠時間を削ってるだけ の話ですよ。その割には飲む時間だけ はなくならない(笑)

Iijima. しかし、朝早くからの試写会にもおみ えになってる。

Ishinomori. ああそれは、寝ないで行ったんじゃな いですか。

Sasagawa. そこで観る映画などはネタになる場合 もあるんでしょうか。

Ishinomori. スグにということはないですネ。ただ、 どんどん方法が変っていますから、そ ういう面では目を通しておきたいと思 うんです。 たとえば、ディズニーのコンピュータ を使った作品などはどういうものなの 見ておかないと、と思うんです。 と にかく方法が変って行くペースが、じ つに早いです。

Sasagawa. この頃テレビ・アニメが多くなりまし たが、みなさんどれくらい観てるもん ですか。

Iijima. 30数本もあるわけでしょ、とてもそれ だけの数は見きれませんよ。だいいち、 オンエアの時間には、こちらは働いて いるわけだ(笑)

Ishinomori. 確かにテレビアニメは多くなりまし た。しかし、本数が増えた割にはモ 足りないというのが実感ですネ。今 のテレビアニメはおしなべて平均点 を行っているというか、これというも のが少ないですネ。前はピカッと光る ものがあったと思うんですが。

Koizumi. そう言われますと、アニメーターとし ては本当に辛い気がします。これ以上 に本数が増えるとパンクしちゃうんじ やないかと思います。 テクニックを持ったウマい人ならそれ なりにこなして行くでしょうが、そう でない人だと当然、質は落ちますから ネ。テクニックのない人が手を抜いた りしたら、これはもう大変なことにな りますよ。

Ishinomori. 今のテレビ・アニメの隆盛ぶりを見て いると、マンガ週刊誌が次々に出た頃 を思い出しますネ。 あの頃は、こんなにたくさん漫画雑 誌が出てもこなせないんじゃないか” と思ったもんですよ。でも、フウフウ 言いながらも何とかこなしてきたんで すネ。そう考えると、数が増えるのを 悲観ばかりもしていられない。 テレビアニメはこのまま増え続ける のだったら、その上で質を高めて行か なければならないと思います。 質が落ちれば、目の肥えたアニメ・フ アンは離れてしまうでしょうネ。マン ガ週刊誌が出回り始めた頃と同様、フ アンの要求にはこたえて行かなければ ならないと思うんですよ。

Iijima. その通りですネ。アニメの数が増える のはけっして悪いことじゃありません からネ。本数が増えるなかでも手抜き をしないで、どう質を高めて行くかな んですネ。

Sasagawa. 増えたということに関しては、最近、 女性マンガ家の原作をアニメ化するケ ースも増えてますネ。

Ishinomori. そうみたいですネ。もともとアニメ・ ファンには女のコが多いんじゃないん ですか。

Sasagawa. 女性がアニメ界に進出しているのが目 立ちますよ。前は仕上げが中心でした が、今は作画にも入ってますからネ。 あと100年したらディレクターをはじめ スタッフ全員女性という時代がくるん じゃないですか。

Koizumi. それは十分に有り得ますネ。

Ishinomori. アニメの仕事は女性に向いてるのかな。

コンピュータと手作りの二本立てになる

Iijima. それにしてもアニメというのは手間と マのかかる仕事ではありますネ。

Koizumi. そうですネ。わたしの経験を言うと、 午前中に原画を書いて、午後は前のや つの仕上げという段取りで一日二〇〇 枚のペースをこなしてたんですよネ。

Iijima. ノルマがあったんですかァ

Koizumi. エエ、そんなペースを三ヵ月くらい続 けました。一週間ロクすっぽ寝ないの もザラでした。 で、一週間目になるといよいよ限界で 鉛筆を握ったままその場に倒れて寝込 むんです。ヨダレもたれ流しなんです が、もうカッコウなんかかまっていら れないんですネ。

Iijima. それはまた凄じいなァ(笑)

Koizumi. ところが、ハッと我にかえってよく見 てみると、まったく関係のないところ を描いてたりするんですよ。そんなと きはガックリきました(笑) 今の若い人はそういう無茶はしないで すネ。 続かないんです。なかにはイヤ ーホーンをして描いてる人がいるんで すネ。わたしなんか、あれで身が入る のかなと思うんですが、価値観がちが うんでしょうネ。

Ishinomori. ボクなんか喫茶店で仕事していたクチ で、”ながら族”の走りみたいなもん だから、そういうの見ても分るような 気がする。きっとボクらとちがった進 化の仕方をしてるんだろうな。

Sasagawa. とにかくアニメはだんだん女性化して るような気がするんですが。

Ishinomori. 支持者がそうだから、そんな傾向にな るんじゃないですかネ。アニメ・クラ ブで女性が作っているくらいだから。

Iijima. そんなふうにアニメのスソ野が広がる のは嬉しい反面、ちょっと増え過ぎと いうことは否定できないんですよ。 今 のアニメ製作人口からみれば、明らか に質の低下につながると思うんです。

Sasagawa. そうですねェ。今はどこかで張尻を合 わせているような。

Ishinomori. ボクはディズニーの「白雪姫」や「フ 「アンタジア」の感想を、女のコに聞い てみたい気がするんですよ。 たぶんアニメファンの女のコたちは アニメのテクニックよりはキャラクタ ーで見てるんじゃないかと思うんです ボクはもっとテクニックを見てほしい と思うんですが。

Koizumi. それは当っていると思いますネ。本当 アニメを見るというんじゃなくて、 マンガ好きのままアニメに移ってきた という感じですネ。

Ishinomori. アニメがマンガと本質的にちがうとこ ろは動くことです。当り前ですが、そ こに興味を持ってほしいですネ。キャ ラクターだけを見るより、はるかに面 白くなると思うんです。

Iijima. コンピュータ・アニメのようにアニメ が機械化されるとどうなって行くんで しょうか。

Koizumi. コンピュータ・アニメがふつうになる 頃には、機械と手作りの2本立てにな るんじゃないですか。

Ishinomori. 雑誌の仕事は今すでにそうなってます ネ。プロダクション・システムと一人 でコツコツやる方法があります。 アニ メも量産するものはコンピュータで、 手作りのものは手をかけて作るという ことになるんじゃないですか。実験ア ニメに興味を持ってる人も多いから、 いろんな作り方が出てくると思います。 ボク自身は、これがアニメだという作 品を作りたいですネ。それには作品を 作ったあと、”これではいけない”と いう後悔の念を失いたくないですネ。

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