1979
January
Feature [“Seiyuu 24 Hours”, Animage]:
フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ド ヌーヴ、キャンディス・バーゲン、ジェ フォンダなどなど、外国女優の場 合、女性としての魅力がもっとも光り輝 きはじめるのは30歳を越えてから。悪く すると、不惑の年を過ぎて、なお、堂々 と恋愛映画のヒロインを演じ、それがち っともおかしくないなんて〝豪の者”も 少なくない。 それにひきかえ、わが日本。三十路過 ぎればババア扱い。その環境に影響され るのか、だんだん、小ジワだけが目立ち はじめ、やがて、母親役かオバさん役し か似合わなくなり・・・たまにゃ、そんな風 潮に抵抗しているムキもあるけれど、そ れはそれで、ケバケバしき、ムダな抵抗 的若づくりが鼻につき、オエット。 日本の女優って、どうして、こうも、 魅力的30代になるのがヘタなんだろう、 がね、そう思っていた。 前置きが長くなりました。今月の「声 優訪問」は、バーム星の美少女・エリカ こと、上田みゆきさん。ああ、日本にも こんな女優さんがいたんだな、思わずう なったほど、さわやかな魅力あふ れる、当年30歳のベテラン女優である。 ガッカリさせないために最初にお断わりしておけば、もちろんミセス。 小学校 2年の坊やもいるママさん女優である。 「出演本数は少ないんですけど、この世 界に入って長いんですよ。 小学校4年か らやっているんですから」 たぶん『アニメージュ』読者が生まれ るか生まれないかというころの話だから 記憶にあろうはずはないのだが、彼女、 昭和20年代の終りから30年代のはじめに 愛称 ポッポちゃん”で親しまれ ていた有名な子役スターだった。 「ニッポン放送で”ポッポちゃん”てド ラマの主人公を公募していて、それに応 募したんです。それ以来、ずっとニッポ ン放送の専属だったんですが、やがてフ ジテレビが開局して、ニッポンのディレ クターの方がそっちへ移ったりしたんで、 フジの少年探偵団〟にレギュラー出演 したり。仕事の数は多くないんですよ。 なにしろ、学校最優先で、きょうは遠足 だから、あしたは運動会だから、そんな 調子でやっていましたしネ」
話しことばのきれいなこと
こういう経歴を聞くとわれわれ凡人が 即、想像してしまうのが、物心つくかつ かないかで芸能界入りし、この世界の水 にひたりきってしまった独得のニオイを 発散させる人種のこと。 しかし、不思議なことに、この人には そんなニオイがケほども感じられない。 それどころか、話しはじめてすぐ気づい たのだが、その話し言葉のきれいなこと ・おかしないい方だが、上田さんの生ま れ育ちを聞くうち、そのナゾが解けたよ な気がした。 「家は徳川時代から代々医者だったらし いんです。 東京の谷中にお墓があって、 つい最近、過去帳みせてもらって知った んですけどネ。松平ナントカ家のご典医 だったんですって」 もちろん、彼女のお父さんも医者。現 在も東京で開業中だ。 「祖父の代に中国の山西省に渡り、向こ うで開業したらしいんです。だから私も、 生まれたのは山西省太原というところ。 乳飲み子のうちに終戦で日本へ帰ってき ましたから、記憶はぜんぜんないんですけどネ」 こういう家庭環境だから、昭和20年代 という日本全体が貧困のどん底にあった 時代に幼年期を過ごしながら、生まれて このかた、生活の苦労などというものを 味わったことがない。 5つのときから故石井漠氏のもとでモ ダンバレエを習い、学校は小学校から高 校まで、リベラルな校風で知られる私立 の名門、明星学園に通い・・・。 「だから家のほうでは、芸能界に入ったなんてつもりなかっ たんじゃないんです か。おままごと遊び やってるぐらいのつ もりでずっと見てい て、つい、やめなさ いっていうタイミン グを失ってしまった っていうことでしょ うネ」 その間隙をぬい、 おままごとをやって るはずの本人のほう は、だんだん芝居の 魅力にとりつかれて いき、ついに本格的 演技の勉強をと、日 大芸術学部への進学 を決意するにいたる。 「それが、入学した のはいいんですけど ネ。こわくて門をく ぐれないんです。 ホ ラ、応援部の人とか、 体育系の人とか、見 上げるような、みるからにこわそうな人がいっぱいいるんで すよネ。おまけに、そういう人が突然声 かけてきて”あのう、上田さん、一度ぼ くらの部へも、ぜひ遊びに来てください” なんて。たぶん、いい人だろうとはわか っているんですけど、もうこわくて半分 ノイローゼみたいになってしまって・・・」
泣く泣くやめた舞台の仕事
応援団がこわくてというわけではない が、結局「なまじプロの世界を知ってい る人間には物足らず、といって、ズブの 素人を対象にしているともいえない中途 半ばな講義内容にあきたらず」 大学のほ うは二年で中退。 4年には故三島由紀夫氏などがかかわ っていた劇団NLTに研究生として入団 している。このとき24歳。さすが、ご両 親のほうも、もう”おままごと”とはい っていられなくて、相当な反対をしたら 「やっぱり、お医者さんと結婚させてっ て考えていたらしくて、ずいぶんお見合 いさせられました。エッ、主人ですか、 いいえ、医者じゃありません。当時、劇 団にいた人で、いまはべつの仕事をして いますが、うーん、主人の話は、かんべ んして下さい」 察するところ、結婚も親の反対を押し 切っての相当なる恋愛結婚? この劇団NLTで「声優業」禁止令を 出された。 「芝居が固まらないうちに声だけの芝居 をやると、かんじんの舞台で体の演技の ほうがついていかなくなるっていう三島 (由紀夫) 先生なんかのご意見でネ、で も、私はかくれてやっていましたけど・・・」 かくれてやってた代表的な仕事が、彼 女にとっては初のアニメのアフレコ『エ イトマン』だった。 「でも、2年くらい前〝ロボコン”のマ マさん役に出演してみて、そのときいわ れた意味がとってもよくわかりました。 セリフの芝居だけが先行して、かんじん の演技がついていかないんですヨ」 芝居の話になったとたん、口調が熱っ ぽくなってきた。 数年前、結核と胆のう炎を併発、ハー ドな舞台に耐えられなくなり、NLTを 退団、現在は「闘将ダイモス」のエリカ それに日本テレビの外国テレビ映画「チ ャーリーズ・エンジェル」のケリーと声 優専業なのだが、だれはばからずこうい う 「一番好きなのは、舞台の仕事。あの客 席から伝わってくるジカの反応、終わっ たあとのビールの乾杯は、なんともいえ ないすばらしさです。体がどうしようも なくて、泣く泣くやめたけど、そのとき も、お芝居は年とってからでもやれる一 生の仕事だからって一生懸命、自分にい い聞かせましてネ・・・」
サルトルからミッチェルまで
「私ネ、360ぐらいになったら、絶対やら なきゃならない芝居があるんです。 ルナ ールの『別れも楽し』がそれ。おとなの 女と年下の恋人の別離を描いた作品なん ですけど、日本的な深刻イズムあふれる 男女の別れじゃなくって、そこはかとな く情感をただよわせながら、さりげなァ く別れていくお話。NLTの研究公演で 20代のとき一度やって、そのとき、いま の私にはムリだな、大人になって、これ をできるような女優になりたいなって思 って、それからずっと想いつづけている んです…」 ルナールから話はサルトルに飛ぶ。 「学生時代にサルトルの戯曲集を片っ端 から読んだという時期ってありません? エッ、ある、おんなじ。なかでも『賭は なされた』が一番よかった、そう思いま せん?」 「『風と共に去りぬ』をネ、中学時代によ むと、一番すてきに思えるのがアシュレ ーなのネ。 レッド・バトラーなんてイ ヤラしい中年男”ってイメージで、それ が、いまになって読み返すと逆なのネ。 アシュレーはひどくかすんで、バトラー がすごく魅力的に思えてくる。同じ作品 何年かたって読み返してみるって、お もしろいのネ・・・」 サルトルからマーガレット・ミッチェ ルへ・・・なんのてらいもなく、仕事以外の 分野に話題がポンポンと広がり、その話 題に、ごく自然に興をつのらせていく・・・ これも、日本人の女優にはめずらしい上 田さん独得の資質だ。 育児を語っても、いわゆる日本的生活 臭がまったくない。 「別役実さんの童話で『砂漠の町の探 偵』というとってもすてきな作品がある んです。ところが、子供のほうはせっか く読んでやっても、つまらなそうな顔し てたんですネ。それが最近、ようやく、 目を輝かせて聞いてくれるようになって 「アニメは、一週に二つって決めてある んです。子供って正直でしょ、私の出て いる作品でも、つまんないとソッポむい ちゃうんです。いいと涙うかべて、ジッ [… 画面に見入っている。そういうときは、 ああ、いい仕事したんだなってうれしく なる。私? 私はルパン三世”のファン」
夢はパリをかけめぐる…
こんな上田さんだけに、芸能界特有の 役者同士の競争意識とかスター願望とか とは完全に無縁、ケロッとしてこんな信 条を披露する。 「むき出しにくいついていくとか、人を 蹴落としたり、足ひっぱったりしても役 をとるとか、そういうことをしなきゃ、 この世界で生きていけないってことにな ったら、 私、やめるわ”っていうでし ょうネ。運がよかったってこともあるで しょうけど、これまで、そんなことせず にノホホンと生きてこれたわけでしょ。 話ではいろいろ聞くんですけどネ、やっ ぱり、自分ではできないと思う」 ヒマができたらやりたいことは? と 聞いたら、即座に、 「学生のときやっていた油絵をもう一回 はじめることと、エジプトとかあのあた りの遺跡めぐりをしたい。ちゃんと事前 に歴史の勉強してネ。旅行っていうのは、 予備知識もなく観光地素通りしたって、 つまんないのネ。ホラ、同じパリの町歩 いたって、ああ、ここがモジリアーニの 住んでいたアパート、ここが○○の通っ たカフェ、そういうこと知っていて見る と、すごく楽しいでしょ」 と、またまた話はロワール河の古城に 飛び、ローマの古代遺跡に移り、パリの サン・ジェルマン・デュ・プレのニコラ ・バタイユの小劇物の話に飛び・・・裕福さ という特権があったからこそ、いつまで も、そんな生活と遊離した夢を追ってい られるのだという反論もあろう。 が、裕福な環境ゆえに保持し得た豊か 人間性というものが存在することもた しかだろう。 30歳以下「人生バラ色」、30歳以上「人 「生灰色」——開国以来10年、いぜんとし てそんな風潮がハバをきかせているわが 文化低国ニッポン。上田さんは、ウーマ ンリブとか結婚しない女とか、声高に叫 ぶ進んでいる女”たちの誰よりも雄弁 に、あるべき大人の女の姿を実証してみ せているのではあるまいか。 別れぎわに、また、昔読んだ本の読み なおしの話になり、いま「モンテ・クリ スト伯」の再読の最中といったら「ワー、 私も読んでみよう」 30歳の子持ちママさん女優の、 これが、そのセリフ。イインダナー、ホ ントに。
