Kazuhiko Inoue

1979

July

Feature [“Seiyuu 24 Hours”, Animage]:

異例!! 25歳の主役

洗いざらしのブルージーンズに白のコットンシャツ。ギターケースなんぞをぶらさげ、フラッと約束場所にあらわれた。あまり売れてないが、マイペースで生きているフォーク歌手のタマゴ―そんないでたちである。『サイボーグ009』島村ジョー役で人気急上昇中の井上和彦さん。主役を張っている声優さんのなかでは異例に若く、弱冠25歳の新鋭である。まったくドシロウトのまま、この世界に首をつっ込んだ」のが5年前。「本格的に声優の仕事をはじめて約2年」と、年齢に比例してキャリアのほうもまだまだだが、昨今の売れっ子ぶりはすごい。一週間分のスケジュールは・・・」と、おもむろに手帳を取り出し、その実、なんにも書いてないまっ白なページをながめつつ、そらんじれたところによれば日曜『赤毛のアン』(ギルバート・ブライス)。火曜『スタージンガー』『ホカホカ家族』。水曜『一休さん』『ピンク・レディー物語』。木曜『キャプテン・フューチャー』。土曜『サイボーグ009』『ドラえもん』。ヒュー、これぜんぶ?といったら「ぼく、一応おさえてある番組ってのが多いの。たとえばキャプテン・フューチャー”では、ケン・スコットってあんまり出番のない役だけど、ほかに週によっては船長の役やったりとかね」もっとも昨今は、欲ばって(?)番組多くもつのも良し悪しと考え出したそうで、「アテレコのスケジュールって、はっきり決まるのが収録の2日前ぐらいなんです。だから、手帳の来週分がまだまっ白なんだけど・・・洋画の吹き替えとか、とび込みの仕事が来るでしょう。まてよ、来週の水曜はもしかしたら一休さん”なんて考えて、結局、その仕事パー。ほかのジャンルにぜんぜん進出できないの「ね」文字で書くと、ひどくマジに聞こえるが、なんとも気楽というか、てらいのなシャベり方をする人だ。プライベート秘密でも何でも、スラスラ、かるい調子でしゃべっちゃう。

デートはオートバイの相乗り

ちょっと見はまだ大学生。それもオジサンタイプのそれではなく、高校生に近い学生タイプ。まさかともしや、半々気分で、既婚?独身?「既婚」もしかして、子供もいたりして。「一歳と何ヶ月かの女の子ひとり」えーと奥さんは?「まんが家。いがらしゆみこって名だったりして」ていうことは、もしかして、もしかしてキャンディ・キャンディ”が取りが来持つ縁?「そう、取り持つ縁」えーっと、結婚したのは?「あっ、それ、ちょっとヤバイ。うち計算あわない、3ヵ月目に子供できちゃってたりして」ざっとこんな調子(ただし、シャベったことはぜんぶ真実。念のため)。デートはもっぱらオートバイの相乗りだったとか。そういえば、同じくまんが家の鈴賀レ二さんをさらった森功至さんも、三十路を過ぎたいまでも、夜の東名高速をぶっとばしているというカーキチだ。「女房とレニさん、20歳のとき上京して以来、同じアパートに住んでたりした親友同士なんですヨネ」「キャンディー」収録の合い間に、セッセコセッセコ美女を車でかっさらい、口説いちゃったのかしらん。大変な売れっ子まんが家を、アッというまにかっさらわれた出版社の怒りのカオが目に浮かぶ。「だけど、どうせすぐ別れるだろうなんてタカくくってるらしくって、あんまりゴチャゴチャはいわれなかったナァ」よからぬ予想を立てられた当人のほうは、ケロリとしたものだから、怒ってみてもヌカにクギか?

新しい趣味、ギターのウデ前は?

オートバイの勇姿でいがらしさんを口説いたぐらいだから、現在でもオートバイ飛ばすのが趣味。「女房子供ができると、アレは降りるものと相場が決まってるらしいけど、そりや、みんな根性ナシだからジャ。ボク根性あるもんネ、メゲずがんばるもんネ」と、ガッツポーズ。現在、乗ってるのはナナハン”ならぬ650。「オートバイっていうと、みんなナナハン?て聞くのネ。あるんですよ、650とかいろいろ。家にゃ、オートバイ、自転車、歩行器と一応ひととおりそろってまして、気分に応じ、とっかえひっかえ乗っております、ハイ」15歳で免許を取って以来のバイクとのつきあいだが「高校時代は家業のラーメンの出前のとき以外は乗せてもらえず」事故歴も「交差点で信号無視の車にハネられた一回だけ」とか。横浜生まれの横浜育ちだが、湘南あたりを荒しまわる”ワルイ子”たちのお仲間ではなかったよし、誤解なきよう。新しい趣味ではギター。かかえてきたギターは、この日買ってきたばかりのものとか。「5万円」と値段まで教えてくれた。声優さんの中には、音楽に達者なムキがやけに多い。井上さんも、コンサートのひとつも開けるぐらいな腕前?と聞いたら大笑い。「楽譜集パラパラっとめくってネ、アこれやさしそう、オレでも弾けるかナ、ボロンボロン。アッ、これもやさしそう、弾いてみよう…その程度」

高校時代プロボーラーを目ざす

話してるうち、だんだん「ホンマ、このヒト、一歳数ヶ月の子持ちかいナァ」と疑問がムクムク。「女房とまともに会うの、月に2~3回くらいかなァ。テキもがんばってる。子供生まれたときなんてネ、陣痛はじまってイタタ、イタタ、片手で腹おさえて、片手でペン持って“ハイ、できた。仕上げお願い〟アシスタントの子に作品渡してアタフタと病院にかけ込んだとたん、オギャー。そのとたん、まんがのほうもできあがり」超えてる夫婦というか、翔んでるふたりというか、まるで、マンガみたいな話がポンポン。もっとも、井上さんが仕事のほうもこの調子で、ノンシャランスに、あるいは適当にこなしていると考えたら大間違い。ちょっと、びっくりするようなことをいった。「自分のでている作品は、ぜんぶ家でビデオに撮って点検しています。1回目は、かなり興奮状態で見るから、2回口回目で、のとり方とか、こんなつもりで演技したんだけどうまくいったとか、いかなかったとか、こまかく点検する。そういう意味では、かなり一生懸命やっているんです。なにしろ、過去の仕事の中で一番長続きしたのがこの仕事ですからね。もう、やめたくない」高校時代、プロボウラーを目ざし、卒業と同時にあるボーリング場の専属となった。が、折りからの斜陽の波を受け、3その会社はあえなく倒産。つぎに入ったのが、テレビの大道具を担当する会社。「おもに日本テレビのナマ番組を下請けしていた。1PM”とか”紅白歌のベスト10″なんか。この仕事がきつくて。実働一日に9時間、そのほかに残業が月に10時間ぐらいあった。大道具って肉体労働でしょ。半年ぐらいで体がバテバテになっちゃった」

演劇経験がないひけ目

疲労困ぱい状態の体をかかえ”どうすんべェ”と迷っているところへ、友人から声がかかった。「アナウンサーになりたいから学校受けるんだけど、一緒にやらないか」さして積極的にではなかったが、銀座にあるテレビタレントセンターを受験したら「受かっちゃった。それで、そこへ一年通って、そのまま、この仕事に。本音をいうとね、テレビの美術やりたかった。だけど、ボク、致命的にも色弱。いっぺんでアウトね」まったくの専門外から声優の世界に迷い込んだという意識があるだけに、どんな仕事をしていても、心の底に「自分には演劇経験がない」というヒケ目がつきまとっている、ともいった。「ここんとこ、芝居見まくってるのも、そういう意識があるせいかも。なまじ基礎がゼロだから、新劇、商業演劇なんでもござれで、ジャンル問わずに見ている。でも、無意識のうちに、芸を盗もうとか、学ぼうとかって気持ちがどっかにあるのネ。心から楽しめない。〝ああ、オレも、だんだん子供の感覚じゃなくなってるんだな”なんて思ったりして、ちょっとさびしくなったり。ほんとはね、なんでも白紙状態で反応していく、ナイーブな子供の感覚を失ったらおしまいだと思うんだけど・・・」仕事はあくまで生活のカテを得るための手段、自分のプライベートな生活は生活。

何をしてても役のことを考える

「きちんと区別するほど、割りきりはよくない」と笑った。「酒飲んでても、車に乗ってても、つまるところ役のこと考えちゃうのね。009で、ああやったけど全体の流れの中で、ちょっとまずかったんじゃないか。ギルバートの役は、どうもまだ本当のところがつかめていないとかね…イヤんなるっていうより、けっこう、それが楽しいし、「おもしろい」酒の話が出たついでにいっとけば、酒量はボトル半本。もっぱら、新宿二丁目周辺を飲みまわっている。「週に2~3回、いや5~6回、いや夜な夜なだったりして…今夜もいこうか」と、ギターケースを持ちあげた手のごっついというか、たくましいこと。「なにしろ、肉体労働出身ですから」ジョークでまぎらわしたが、細身がはやりの声優さんたちの中で、異様なまでにたくましい体つきは、実は高校時代に弓道をやっていた名残りである。「高一のときには、これでも神奈川県大会で優勝した腕前なんだから。2位は慶応大3年のヒト。ボクよりコーンなに大「き」ガッツポーズもさわやかな声優界の新日過去のベテラン声優さんたちのどのタイプにもあてはまらない異色人種だけに、その芸熱心さが、どの方向に花開いてい将来が大いに楽しみでもある。

(追記 このほど「井上和彦ファンクラブ』が発足しました。入会希望者は「〒 東京都新宿区高田馬場4−2−9 瀬古順子」までハガキでご連絡下さい)

1980

February

Feature Article [“Anime Star”, The Anime]:

横浜生まれ横浜育ちその甘いマスクは子供の頃から……!?

井上和彦ー 自他ともに認めるハンサム・ヤング。 声 優としては「サイボーグ009」の島村ジョー、「キャ ンディ・キャンディ」のアンソニー役で大活躍中。定評 のあるその美声は、1月1日発売のシングル「PS・ア イラブユー」 を生み、歌手としてのデビューも飾りまし た。俳優への夢は、目下上演中の舞台劇「王様の耳はフ ァンタジー」出演で実現。つねに前進あるのみの彼の眼 には、希望という光に彩られた実り多き未来が映し出さ れているようです。 人気少女漫画家いがらしゆみこさ んとのおしどり夫婦ぶりも板につき、今、和彦クンは順 風満帆、インタビューにもすごい熱の入れようだ。 和彦クンは昭和2年3月26日、横浜の中華料理店の長 男として誕生した。現在は身長173センチ、体重67キロと いう堂々たる体格の持ち主だが稲利台小学校、岩井原中 学校の時代には、身体が弱く、ガリガリのやせっぽっち だったと言う。 「腕立て伏せが10回と出きませんでしたからね。気管が 悪かったんです。丈夫になったのは高校へ入ってから。 身体が図々しくなってきたんでしょうね(笑い)」 これには理由がある。彼は中学校頃から弓道に打ち込 み、高校1年のときには県大会で個人優勝を成し遂げた ほどの実力者なのである。毎日3時間の練習はきつかっ たが、ひとつの事に燃えているという自覚が、それを素 晴しいものに変えてくれた。今でも、この高校時代がい ちばん楽しかったという。 「矢を放った瞬間、弦がビィーンと鳴るんです。的に吸 いこまれてゆく矢が見える。そして、当った瞬間のスパ ーンという小気味良い音。これがたまらず弓に打ち込ん できたような気がします」 テレビに歌に舞台という、現代の最前線をとびまわる 和彦クンには、日本古来の武道が培った古風な横顔があ る。それがナウな彼を支えているのかもしれない。 成績は小学校時代は良かったのだが、中学へ進むよう になってから、序々に落ちてきた。大人しいばかりで、 近所のガキ大将にしょつ中いじめられていた和彦少年に も反抗期がやってきたのである。 「今流に言うと、〝つつぱつた”んですね。教室で先生 と渡り合ったりしてね。〝高校なんか行かねえぞ!” つ て、先生の眼の前で怒鳴っちゃいました」 好きな科目は美術。絵を描くというよりも、デザイン 関係に興味があり、ショー・ウインドーなどのデザイン をやりたかったが、軽い色弱であったため、この世界に 進むことを断念した。 苦手な科目は英語と商業簿記。そのくせ英文タイプが 得意といった変わった少年だった。 和彦クンの高校は横浜商業高校。就職希望者二百数十 名のところへ、求人募集総数は千名以上という。売り手 市場”の学校でもあった。 その気にさえなれば好きな会 社への就職も容易だった。 「でも、サラリーマンにだけは絶対なるまいと決めてい たのです。それで、新聞広告をみてボーリング場のフロ ントになりました。当時、ボーリングが得意でパーフェ クトを出した経験もありました。アベレージもを少し 下まわるくらい。190でプロテストに合格できましたの で、ゆくゆくはプロになろうと思っていました」 しかし残念ながら、プロボウラーの夢ははかなくも消 えた。彼がとびこんだ頃に絶頂期をむかえていたボーリ ング業界は、それから一年足らずのうち、信じられない 速度で衰退の一途をたどり、勤務先のボーリング場も閉 鎖されてしまったのである。それから喫茶店のウエイタ ーを経て、日本テレビの大道具係の仕事についた。

永井一郎さんとの出会いが プロ根性を教えてくれた

和彦クンの本格的な人生航路は、同じ大道具係の友人 に誘われて銀座の「テレビタレント・センター」の試験 を受けた時にスタートする。 どういうわけか、張本人の 友人が落第し、さして乗り気でもない彼が受かったのだ。 試験内容は簡単な筆記テストと、セリフの朗読と面接。 せっかく合格したのだからと実家を手伝いながら通うこ とにした。 授業は週5日制で、朗読やナレーション、早口言葉の 練習など、まあ当り前の内容。けれど彼の人生にとって、 決定的な影響を及ぼしたのは、一年の養成期間の後半を 担当した永井一朗氏と巡り合ったことである。当時、永 井氏から聞かされた言葉は、今も和彦クンの胸に生きて いる。 「永井先生から教わったことは、一生心の中にとどめて おくような根本的なものでした。それはクェスチョン 役者としての自分に対する問いかけでした。先生は授業 が終わってから、2、3時間も僕らとつき合い、色々な ことを話してくれました。ひとつのセリフがあったら、 必ず『何故』という問いかけをしてみなさい。 「何故そ ういうのか』『何故そのとき、そういう動きをするのか』 自分のもつ感性をストレートに、そのままぶつけてみろ とも話してくれました。僕は今でも、これらの教えを実 残しつつ、ひとつひとつ確実に自分のものにしてゆきた いと思っています。そのせいか、人見知りのひどかった 性格もずい分明るくなり、自分をさらけ出して他人にぶ つかってゆけるようになりました」 センター在学中、 和彦クンに強烈な印象を与えたもう ひとりの人物は緒形拳氏である。緒形拳・主演の時代劇 「八州犯科帳」のロケに加わった和彦クンは、そのとき の印象をこう語る。 「僕は丁稚の役だったんです。向うから緒形さんの馬が くる。そこへ駆け寄って〝八州さまあ”とひと言、頭を 地にすりつけるんですけど、全速力で走るからカツラは ずれる、初めてなものでセリフはまちがえる、しょっち ゆうNGを出されました。ところが緒形さんは嫌な顔ひ とつせず、“うん、うん”とうなづきながら、ニコニコ 見守っていてくれるんです。おかげでこちらも気が楽に なり、なんとか済ませられました。本当にやさしい、抱 擁力の塊りみたいな人でした。もちろん憧れましたね。 男が男に惚れるって、こういうことなんでしょう。とに かく大きな人だと思いました」 そんな緒形氏とは、とうとう個人的な会話を交わすこ となく番組を終了してしまった。おこがましくて口がき けなかったのである。 ロケの出演料は、ひと言とはい えセリフのある役だというので9 千円。当時のエキストラが3千円 だから大したものである。 風景の 一部でしかないエキストラと、た とえひと言なりとセリフを口にで きる役者との違いを如実に見せつ けられた和彦クンは、ついに一度 たりともエキストラに加わること はなかった。 にたかった 「死んでもやりたくなかったですね。お金のないときに、 やっちゃおうかなと心が動いたけど我慢しました。これ で顔を覚えられちゃいけないなって」 永井一朗氏が見込んだのは、内気で気弱そうな彼の底 にあるこうした意志の強さだったのかもしれない。 1年 間の授業を終え、「別に行くあてもなかった」彼に、永 井氏は「青二プロ」へ入ってみないかと声をかけてくれ た。 1年間程度の勉強では何にもならないとわかっていた 和彦クンは、それだけに嬉しく、本格的にこの世界へと びこむ決意を固めるが、両親はさすがに反対した。 「長男だったから、家を継げと言われましてね。 でも話 し合ったら、最後には、やりたいことをやれとわかって くれました。両親ともやりたいことができなかったそう だから、僕を同じ目にあわせたくなかったんでしよう。 17歳の弟がいるんですが、こいつが変わり者で、中学を でるとすぐ、店を喫茶店に改造して営業を始めました。 彼が僕の代わりに店を継いでくれたんですね」 青二プロは声優専門のプロダクションである。和彦ク ンの初仕事は「ゲッターロボ」の兵士の役であった。 続いて「魔女っ子メグちゃん」、「猿の軍団」、どんな役柄 を演じたのか今では記憶にもない。兵士AとかBとかが 多かったというこの時期、彼が声をあてた番組はざっと 見渡してもこれだけある。 「グレンダイザー」「ダンガ ードA」「ジェッター・マルス」「グランプリの鷹」 「ア ルプスの少女ハイジ」etc……。東映製作の番組はほと んど出演しているというから、かなりのハッスルぶりで ある。特に印象に残っている番組は 「やつぱり 『サイボーグ009』の島村ジョーですね。 あとは『ギンガイザー』の白銀ゴロー、「キャンディ・キ ャンディ」のアンソニー。 久保と東とプラグとハンスを 演じた「ダンガードA』、それから『一休さん』」 去年の夏から、和彦クンは「ぷろだくしょんバオバブ」 に移った。心機一転というわけではないが、声優以外の 分野にも積極的に進みたいという希望からであった。 そ の手始めが、1日発売されたレコード「PS・アイラブ ユー」である。なにげなく、ただの友だちのつもりでつ き合ってきた女の子に、ふと「愛」を感じる若者の心を 歌った美しい曲だ。レコーディングもいい経験になった。 「A面とB面の3曲を吹き込むのに4時間もかかりまし た。アフレコよりずっと難しい。歌手ってすごいなと 思いました。でもね、前の日にカラオケをもらって、ひ と晩中それだけを聞き、次の日録音でしよ。先生もレッ スンもない。難かしくって当り前かな。歌に自信はない けれど、そうも言えないな。すがすがしい恋の雰囲気は 良くでているし、覚えやすい良い歌です。ぜひ聞いて下 さい」 歌の中にちょっぴりキザなセリフがあって、これはス ラスラ言えた。担当デレクターいわく 「おまえ、セリフになるとイキイキするな」 恋のセリフがうまく言えるようになるまでの過程は、 男にとってひとつの歴史だと言った文学者がいたが、こ こで少し横道にそれ井上和彦の“歴史”を聞いてみた。 初恋はいつ? 「小学校5年生のときです。相手はクラスの女の子でし た。みんなに好かれてた、明るくてコロッとした女の子 でした。意志表示はなにもしませんでした。ですから相 手も僕の気持ちなんかまったく知らなかったと思います。 今、どうしているのかなあ?」 中学のときもオク手だった。手を握ったのも、デート をしたのも高校へ入ってから。ひたすらプラトニックな 恋それが和彦クンにはふさわしくもあった。 「この頃好きになった子は、小さくて風にそよぎそうな 感じでした。 テニスコートをはさんで校舎が建ち、ふと 向いの校舎の窓に眼をやると、彼女がいる。眼は釘づけ になり、身動きできませんでした。手紙というより、メ モに何か書いて彼女の机に入れといた記憶があるから、 僕が好きだということは知っていたでしょう。何を書い たかは覚えていません。割りに冷たかったのかなあ。誕 生日にはプレゼントをあげたような気もしたけど、それ も記憶にないし。ひょっとしたら、知らないうちに、相 手を傷つけていたかもしれませんね。」 友だちにおせつかいなのがいて、和彦クンには内緒で 彼女を誘いグループで遊びにいったこともある。朝、教 室へ入ると、ふたりの名前を並べた相々ガサの絵が黒板 一杯に書かれていて、あわてて消したこともある。 すべ てがさわやかな思い出となって苦しい時の彼を微笑ませ る。 奥さんとは、どうして? 「いやですよ(笑い)。レコードが売れなくなっちゃう。 営業妨害だ(笑い)。年収1億のあのいがらしゆみこが、 月収8万円の井上和彦と結婚したなんて、週刊誌に書か れたことがありましたよ(笑い)」 青二プロへ入った当初は、特に役者になろうとは思っ ていなかったが、今は違う。かといって、声優としての 自分が、そのためのワン・ステップにすぎなかったとい うわけでもない。むしろ声優として大成するために役者 をめざしているのだ。 「今、ものすごくお芝居がしたい。出発は声ですが、これを磨くためにも、声だけに執着せず、色々なところから栄養にな るものを取り入れてゆきたい。 少しでも進歩したいんです。結局、 自分の存在を確かめたいという気が強いんでしょう。会う人会う 人がみな先生になっちゃう。たくさんの人から、本当に多くのこと を盗んできました。 自分の中で大切にしていきたい人っていっぱい います。向うはどう思ってるか知らないけど(笑い)」 仕事をはなれての趣味はオートバイである。昔は矢をとばしたが、 今は自分が風を切ってとぶ。さっそうと生きる彼の姿にふさわしい イメージではないか。愛車はヤマハの650と、友人3人と資金を 出し合って買ったトライアル125。 忙しくて乗りまわせないのが 悩みの種だ。ストレス解消というわけでもあるまいが、よく映画を 観る。 「でも、やっぱり忙しくて昔ほど観てられない。最近、涙がでて止 まらなかったのは『チャンプ』です。なんとかして観たいのは「ロ ツキー2』 と『がんばれ!タブチくん!!!」舞台が終わったらまとめ て片づけます」 この本が発売される時には、彼はまだ舞台の上に立っている。 全 身から存在感を発散させて、さぞや生き生きとファンタジーの世界 を泳ぎ抜いていることだろう。 まだ見ていない人たちは急いで駆け つけよう! 役者をめざす上で目標となる人物は?と尋ねたら、ひと言「生き てるって感じの人」という返事が返ってきた。それから渥美清さん、 緒形拳さんの名前もあげた。 「ああいう大きな人間をめざしたいんです。僕の性格をひと口にい えば鷹揚、無頓着。仕事もマイ・ペースでやり、他人の事、小さな 事を気にしない。 アメリカ的というか、北海道の平原的というか、 そういう人間になりたいといつも願っています」 持ち前のガッツで80年代をスパートする和彦クン、いつか僕らを あっと言わせるような姿を見せてくれるだろう。それが舞台か、歌 か、スクリーンか、あるいは、そのすべてにおいてか、楽しみに待 とう!

1981

August

Feature [“Voice Actor Free Time”, Animedia]:

いまや人気、実力ともに兼ね備 えた声優界のホープ、井上和彦。 その彼には意外な過去があった 和彦の過去をさぐってみよう。

弓道は広っぱで おぼえたんだよ

井上和彦が弓道二段だということを、君は知っていた だろうか。弓道といってもアーチェリーじゃない、 和弓 なのだ。いつもラフなスタイルの現代的な和彦と、日本 の伝統的弓道とはちょっと結びつかないんだけど。 「そうですか。 でも、始めたきっかけは何でもないんで すよ。 中学の頃、近所に和弓をやるおじいちゃんがいて ね。広っぱで遊んでいたら、〝やってみるか?”って言わ れて、やったら的に当たっちゃったんですよ」 それから毎日のように広っぱで和弓をしたそうだ。 そ れまでの和彦はけんかをすると泣かされて、またまたけ んかをして泣かされる、泣き虫坊主だったそうだ。

弓道の厳かな緊張 感がたまらない

じゃあ、広っぱで和弓を習ったわけなの? 「ええ。でもその頃は的に当てるのが楽しい〝弓遊び” のようなものでしたよ。本格的に始めたのは、高校の弓 道部に入ってからです」 でも〝っぱ流”弓道をやっていたから、上手だった んじゃない? 「それが最初は三か月間、弓を射らせてもらえないんで すよ。先輩の矢を的から取ってきたり、後はトレーニン グ。和弓っていうのは、礼儀作法とか、型とかが大事な んです。精神面が重視されますからね」 和彦のように〝広っぱ流〟で和弓をやっていた身にと って、なかなか弓を射らせてもらえないというのは、つ らかったんじゃないかな。でもそれを我慢できたのは彼 の意志の強さだろう。 「それでも一年のとき、神奈川県大会に出場しましてね。 高校の部で優勝したんですよ。うれしかったなあ」 このときの和彦、弓道に打ち込んだ高校時代を思い出 して、いい顔をしていた。これが“男の顔”というもん だ。でも突然、不幸が見舞ったんだ。 「三年のときです。学校の弓道場が火事で焼けちゃった んです。道具一式、燃えてしまいまして、それがきっか けで弓から遠ざかってしまいました」

弓道場に足をふみ入れると 顔つきがガラリと変わった

火事が原因で、和彦はそれ以後10年間、弓を握ったこ とがないと言う。と聞けば、なおさらやらせたくなるの がアニメディア”のイイ性格の記者。不安におびえる 和彦を都内の某弓道場へ無理やり引っぱって行った。 さあ、やりましょう。 「ええっ! 本当にやるんですか?」 和彦は記者に促されてモソモソと弓道着に着替えたが、 なかなかキマッた感じで若武者といった風。弓道場に入る と、みるみる顔つきが変わってきた。 礼をして弓をとる顔には厳かな緊張感がみなぎっている。 一通りの作法を終え力強く弓を引く。弓が大きくしなり、 一瞬、矢は放たれた……。 果して、矢が的に命中したか否かは、 君の想像に任せよう。 「久々に弓をとりましたが、いいですね え。和弓をまた始めようかな。緊張感が たまらないんです」 和彦は緊張の余韻を残した顔で言っ た。でも和彦の立居振舞は、とても10年 のブランクを感じさせなかったぞ。 さす が弓道二段だ。 「弓道では的に当たるかどうかよりも、 弓をとり矢を放つまでのプロセスが大切 です。その間に感情の乱れがあってはい けないんです」 この弓道での精神的な修練が、今の俳 優としての和彦に生かされているに違い ない。 弓道場を出る時、道場の先生に礼を言 う和彦の姿がとても印象的だった。

性格を変えたく 俳優を志した

和彦はいつごろから俳優を志したんだろう。 「それには深いわけがあるんです」 何々、その深~いわけとやらを聞いてみよう。 「高校を卒業して、初めミシンのセールスマンになったん です。 でも、見ず知らずの他人の家のドアをノックできな くてね。 他人に対して積極的になれない、そんな自分の姿 がいやでいやでたまりませんでしたね。結局、内向的にな ったというか、思ったことも言えなかったんですよね」 対人恐怖症ってやつかな。誰でも急に人嫌いになるとか、 話すのがいやになるとか、殻にこもってしまうことがある んだよね。 「ひどいときには、アパートで頭から布団かぶって一か月 くらい何もしないで過したときもありましたよ。 アパート の大家さんがね、一日一回、様子を見に来るんですよね。 “おーい、生きてるか?”って聞くから、生きてまーす” って返事するんです。おなかがすくと、夜中にゴソゴソと インスタントラーメンなんか食べてたんですね」 現在の明るく陽気な和彦からは、とても想像できない ような話だ。 「他人の家のドアを平気でノックできるようにならなか ったら、この世の中を渡っていけないんじゃないか。 そ う思ってたんですね。 その後、友だちがアナウンサーに なるんだと言って、アナウンサー養成の学校に行くよう なことを言ってたんです。それで僕も芝居の勉強をすれ ば、他人に言いたいことを言えて、積極的に世の中を渡 っていけるんじゃないかと思って。それでいつの間にか 俳優になっちゃったんですね」 そういう、深~いわけがあったのか。でも彼自身、八 方ふさがりの世界に迷い込みながら、そこを抜け出した 努力と精神力は大したものだと思うよ。 「でも今じゃ、誰もそんな話、信用しないんですよ。 他 人の家のドアをノックするのなんて、言われなくてもや っちゃうから(笑)」 声優としての一番初めの仕事は何? 「わっ!” です」 えっ? 「その一言なんです。でもね、その一言が大切だと思っ ているんですよ。だって、その話の中で は”わっ!〟の一言が必要なんですよ。 理 由があって出てくるんですからね。だか ら、そんな一言でもおろそかにしないよ うにと心がけています」 井上和彦の中には、俳優としても、人 間としても、しっかり根付いた何かがあ るようだ。そして、弓道で学び取った精 神的な修練が、そんな彼を支えているよ うに思えた。

調理師の免許を 持ってるんだ

ところで、休みの日なんかは何してる のかな? 「仕事が忙しくて、なかなか休めないん ですよ。でも休みの日には、多摩川の土 手でオートバイなんかころがしてるな。 土手を登ったり降りたりして」 へえ、モトクロスみたいにして? 「いえ、モトクロスとは違うんですけど ね」 オートバイは昔から乗っていたの? 「実は家がラーメン屋でね。 高校の頃か ら、出前のカブなんかに乗っていたんで すよ。もちろん、オートバイそのものが 好きだったんですけど」 へえ。じゃあ、家の手伝いをしながら、 趣味にも生かせたってわけだ。 「それに、面白いこと教えてあげましょ うか。僕、調理師の免許を持っているん ですよ」 へえ! じゃあ、料理なんか上手なん だろうな。 家で作ったりするの? 「別に。それに免許持っているといって も、ペーパーでね。あれはズルして取っ たんです。家がラーメン屋だったから、 跡を継ぐつもりでね」 残念。でも、そのまま家を継いで、 ラ ーメン作っている井上和彦なんて、想像 しただけで楽しいな。「へい、ラーメン一 丁!」 なんて・・・

僕はキャラクターそのものなんだ

井上和彦は犬をやらせたら天 下一品だって話を聞いたけど。 「ええ、顔まで犬そっくりになっちゃう んです。すごいですよ。マイクの前でガ 二股になって、低い姿勢で〝ウー、ワン !” なんて言っちゃうんですよ。犬にな りきっちゃってね」 そんなにすごいの。マイクまで食べち ゃったりして。 「いやあ、そこまではいかないけど。で も僕って、すぐその気になっちゃうんで すよね。役になりきっちゃうんです。 身 長まで伸びちゃったりして」 ええ、本当? 「本当ですとも。”ムテキング”で遊木リ ンがムテキングに変わるでしょう。そ のとき、僕の身長が20ccも伸びるんで す!」 真偽のほどはともかくとして、彼が役 になりきって演じていることは、間違い ないようだ。 井上和彦っていうと,009″の島村 ショーがすぐ思い浮ぶけど。 「そう、ジョーは今でも僕の心の中で育 っています。ただ、演技上で一つの契機 になったのは“ダンガードA〟ですね。す ごくたくさんの役をやらせてもらったん です。いろいろな役を、下手は下手なり に大胆に演じました。それが演じること の面白さを教えてくれたみたいだなあ」 役になりきって、多彩な役を演じわけ る。このあたりに、”お巡りさんから犬ま で”といわれる彼の名演技の実力の秘密 があるのかも知れない。

失敗なんて、 数えきれないよ

きたようだ。 ゃおうかな」 井上和彦、話すうちに段々興がのって 「面白い失敗談があるんだけど、話しち 言いかけたら、男は最 後まで話すものです! 「ラジオなん だけど、生放 送で〝忠臣蔵” やったことがある んです。それで、僕が浅野内 匠頭の役だったんですが、例 の有名な松の廊下の場面で、吉良上野介に『吉良殿、お願 いのぎがござって』と言うセリフがあったんです。そこで 吉良上野介は『もう一度、申してみよ』ってセリフを返す んですけどね」 ああ、この場面なら知っている読者も多いことだろう。 「それで生放送だってこともあり、すごく緊張してたんで すね。僕、うまく言えなくて 『吉良殿、お願きのきがござ って』って言っちゃったわけ。そしたら吉良役の人が笑い をこらえながら『もう一度、申してみよ」。それでまた、 『お願きのきがござって」って言っちゃったんです。もう 胸がドキドキしちゃってね、どうしても『お願いのぎがご ざって』って言えないんですよね」 それは井上和彦も困ったろうけど、相手も笑い をこらえるのに大変だったろうな。 「もうその後、芝居にならなかったですよ。ただ 間違えないようにと思うだけでね。まじめな芝居がコメデ ィーになったみたいでしたよ」 ほかに失敗は? 「いやあ、もう数えきれませんよ」 そう言う和彦、自分でもおかしそうだった。

和彦HOT情報
RECORD

『想い出の夏・井上和彦セカンド』 井上和彦にとって二枚目のLPが 8月24日キングレコードから発売 される。レコーディングは順調に 進んでいて、発売が今から待ちど おしい。 井上和彦のDJを聞きたい人は 東海ラジオ 1332にダイヤル を合わせると、毎週水曜日9時25 分から10分間、『From JOSFス ーパージョッキー・井上和彦のち ょっとだけ今晩は』が聞こえてく るぞ。ナイターが延びても必ずこ の番組は放送するから心配なし。 内容は、いいたいこと、聞きた いことを、放送終了後に電話で受 付けて、翌週に流して、それに井 上和彦が応えていくというものだ。 まじめな話、おかしい話といろい ろあって、応える和彦も真剣な顔 になったり、笑うのをおさえたり して四苦八苦。 お便りも時々読むんだ。北海道 や岩手、宮城からもお便りがきて るから、君もチャレンジしよう。

ギターは長いのかな? 「本格的に始めたのは一年半くらい前か らですよ。もっとも高校の弓道部の先輩 の送別会でにわか仕込みでやったことは ありますけどね。そのときは、かんたん なコードだけでした」 作曲もやるそうで。 「ええ、作詞作曲です。 でも詞の方がど うもね。僕が作るとコミックソングにな っちゃうんです。ちゃんとした詞が書け ないんですよ。普通の詞を書いているつ もりなのに、なぜかコミックソングにな っちゃうんです」 性格が反映してたりして。 「さあ、どうでしょうか。うん、やっぱ り性格が出ちゃうのかなあ。自分を 風刺したり、もじったりするものが多 いですよ」 この歌、和彦のコンサートなどで歌う そうだ。〝コミック・シンガーソ ングライター” 井上和彦の 歌を聞きたい人は、是 非、彼のコンサート に出かけてみる と良い。

娘は快活に育って くれれば、十分だよ

和彦の奥さんが”キャンディ・キャンディ〟の五十 嵐ゆみ子だってことは、もう君も知っているはず。 家 庭のことは余り話したがらないが、娘さんが一人いるん だ。 「3才です。元気に、快活に育ってくれれば、それで十分 だと思ってますよ」 私、記者。実は和彦と誕生日が1日しか違わないのに、 なぜ彼には妻子があって、記者にはないのだ。 「あのう、女の子にモテないんですか?」 ガーン! 当たっているから怖い。 「ねえ、フリスビーやろうよ」 和彦、車の中からフリスビーを取り出すと、楽しそうに 記者に向かって投げた。明るく陽気に遊ぶ和彦。 本当にさ わやかで、いい男だ。 まあこれなら、彼に妻子がいるのは許しちゃおう! る。 このアルバムは、最近のポ ップ・ニューミュージックの アダルト・オリエンタル・ロ ック。寺尾聰・加山雄三の大 人のロックの感じだ。 これは、井上和彦もずいぶ ん力を入れてレコーディング をしていた。 曲は、一枚目のときの深野 さんが半分と和彦の音楽仲間 の中島正雄さん、泉洋子さん なんかが参加しているんだ。 和彦に聞いてみた。どんな 感じのLPですか? 「大人っぽく、歌いあげて、 耳ざわりのいい歌ばっかり だよ。買ってくださいね」 このLPには、10曲収録 されていて、代表的なもの として「プレイ・ザ・ギタ ―」「グッド・バイ・サマー ・ガール」「夢蘭ルージュ」 「星降るシティ」などがあ 俳優・井上和彦じゃなく て、歌手・井上和彦として レコードを聞いてみたら、 どうかな。

CONCERT
夏の井上和彦のコンサートの日 程が決まった!もりだくさんの 内容で、君達を圧倒してしまうか もしれないぞ。 ★7月23日 8コンサート・ツア I・IN・東京/午後3時 6時 半/御茶の水・日仏会館ホール ★8月3日 8コンサート・ツア I・IN・大阪/午後3時 6時 大阪・OMCホール ★8月6日 80 コンサート・ツア ・IN・名古屋/午後3時 時/名古屋・雲竜ホール ★8月10日 御三家コンサート IN・広島(井上和彦・中尾隆聖・ 水島裕)/午後1時・4時/広島・ 見真公堂 この時には、井上和彦の大人の 雰囲気を十分に聞いてみよう。そ れからコミックソングも。

SCREEN
『21エモン』が東宝系で公開され る。主役の21エモンと主題曲も歌 っているのは、井上和彦なんだ。 7月18日より夏休みロードショ 公開(東京地区は8月1日から)。 前売券には、帽子がついてるそう だよ。

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