Katsuji Mori

1978

October

Comment [for Gatchaman II, Animage]:

ガッチャマンパートIは、あくまでも新しいものだという観点でやるつもりです。 パートIは、思い出としてとっておきたいんです。

1979

February

Feature [“Seiyuu 24 Hours”, Animage]:

子役時代をふくめ20年になる役者稼業にもいまだ落ちつかず、死にそこなった車もすてず·····およそうらやましくなるほど束縛のない生活をしていながらも、にじみでてくるニヒリズムがある……。

役は典型的二枚目だが

べつだん、そう決められているわけではないが、人30歳を過ぎると、なんとなく、それぞれのワクにはまっていくものだといわれている。役者は役者らしく、サラリーマンはサラリーマらしく、主婦は主婦らしもちろん、そのほうがすわりがいいのか、大部分のおとなたちは安定感があると称して、この”はまってしまった人間を歓迎する。はまらない人間を「何を考えているかわからない未熟「人間」として忌避したがる。が、忌避されようとどうく…しようと、30になろうが、不惑の4代を迎えようが、はまり切れないタイプの人間というものがいる。たとえば、今回のインタビュー相手、森功至さん。『科学忍者隊ガッチャマン』で大鷲の健、『はいからさんが通る』で世紀の超ドハンサム・伊集院忍少尉、『ドカベン』で開将土井垣、そして『新エースをねらえ』で青年コーチ・宗方仁。演じている役柄は、どちらかといえば優等生に近い典型的二枚目ばかりなのだが、当の本人は悪い意味ではなく、なんともすわり”が悪い。つまり、この道、20年におよぶ役者でありながら、いっこう役者らしくない。まぎれもなく38歳のおとなの男性なのだが、ちっとも、それらしくない。容姿、その他もろもろ、二枚目であることに間違いないのだが、といって、典型的二枚目タイプの男性と規定してしまうには、どっかハミ出してしまう部分がある。話せば話すほど、インタビュアーたるもの「あやっ、アセッ」の連続。「森功至とは○○タイプの人間」とは決して規定させてくれない、なんともやっかいな存在なのだ。

11歳のときから児童劇団育ち

昭和20年7月10日、中国は浙江省の生まれ。敗戦の一ヶ月前だ。「そういう時期に子供をつくるなんて、だいたい、不謹慎なんですよ。引きあげのときはずいぶん苦労したらしいけど、もちろん、ぼくの記憶にあろうはずがない。引きあげてきてからは、ずっと東京です」芸能界入りは早く、11のとき。男優にはめずらしく、児童劇団の育ちである。「そうね、児童劇団出でそのまま役者でいるってのは、男の場合めずらしいほうでしょう。同期の人間はだれも残っていないし。劇団に入るきっかけは、TBS、当時のラジオ東京のドラマで少年猿飛佐助〟の主役公募に応募したこと」11歳の少年のことだ。応募したら、もう受かったつもり。毎日、フロシキを首にまき、押入れの二階からドン、バタン、飛びおりては忍術のけいこ。「面接通知が面接日の翌日に届いちゃったんですネ。それで、ずいぶん泣いて親を困らせたらしい。ちょうど”こじか”という児童劇団が新聞で団員募集をしていて、母親がなだめる意味から”ホラこんなのもあるし”って受けさせた。それからまあ、ずっとやっているんだから、やっぱり好きだったのかナァ」かなりなめらかに自分のことを語るのだけれど、それが、どっか他人のことをいっているような、つき放した調子で聞こえてくるのが、この人の特徴だ。以来、約2年間、この世界ひと筋に生きてきた計算になるのだが・・・。足を洗おうと思ったことは?「ありますヨ、そりゃ。実際に2回ばかり役者やめたことがある。1回目は1ぐらいだったかナ。食えないし、やめちゃえってわけで、所属していた俳協のテスクとマネジャーに変身。ところが、ぼくのやった最初のアテレコが「ビーバーちゃん』というテレビ映画だったんですが、それが再開されるって話を聞き、もう1回やってみようかという気になって改めてオーディションを受け、また逆もどり。2回目は二年ぐらい前、ちょうどロッキードの年だったナ・・・」

死にそこなってもコリない!!

この人が、インタビュアーを一瞬「あせらせる」のはこういうところだ。森さんは、声優によくあるように、いわゆる下積み生活”の長かった人ではない。児童劇団出身ということもあり、若くして『怪傑ハリマオ』にレギュラーで出演するなど、むしろ日の当たる道を歩んできている。2回目の役者廃業のときだって、つい直前の4年10月までは、2年間にわたり『科学忍者隊ガッチャマン』の主役の声を演じていたことは周知のところだ。つまり、この世界でそれなりの地位も築き、しかも年も30歳。常人なら、さらにその地位を強固にしようと発想するところを、逆にヤーメタと、いうことを平気でやる人なのだ。親・兄弟・女房・子どもにとっては、きわめて心臓にひびくことを平気でやる人なのだ。2回目のときはネ、所属事務所とのトラブルもあったけど、まあ、いつまでもこの世界にいたんじゃセリフをいえなくなったときップしがきかないナァと思い出してスッパリ足を洗い、金融関係のサラリーマンになりました。だけど、基本的に人に頭下げられない人間だから、サラリーマンにゃ向かないんですネ、そう思っているうちに、ロッキードのあおりでその会社が倒産。3カ月でかっこ悪かったけど、また、役者しか残ってないナァってことでまたまた逆もどり」近親者の心臓に悪いといえば、まだある。稀代のカーキチぶり。「いまの暴走族。当時の言葉でいえば、カミナリ族の出身です。オートバイでもやったし、クルマでも。いまでも仲間は、功至のクルマはこわくて乗ってられないって敬遠してるようです」「ご両親、気が気じゃないでしょ」といったら、もっと恐ろしげなことをいい出した。「おととし11月30日に親父がなくなりましてネ。それから2週間しないうちに、東名で追突事故にあい、入院。オフクロの血圧はあがりっ放しみたい」とっさに急ハンドルをきり、前のクルマとの追突こそなかったものの、なにし高速道路での事故だ。ハンドルを一切りまちがえれば前後からハサミ打ち、あえなく昇天という大惨事になるところだった。「命びろいしたんだから、もうこわくてとばせないだろうっていわれるんですがネ。こりないんですネ。その後も性こりなく、1人で高速走っています。あのギリギリの緊張感は、一度味わっちゃうとやめられない」

鈴賀レニさんとの結婚

暮れの12月24日からは、こんな森さんに心臓を締めつけられる思いをする人がもう1人増えた。まんが家・鈴賀レニさんとの結婚。婚である。1度目は20歳のとき。「それでも7年つづいたんです。結局、追い出されまして。もう2度と、あんなめんどくさいことやるもんかって思っていたんですがネ」前夫人とのあいだに小3の女の子がい「生まれるとき、男だったら捨てちゃうぞ」といったくらい待ち望んでいた女の子。「向こうが引き取りました。昨年11月に再婚しましてネ。新しいパパになついているっていうし、まあそろそろ、ぼくも再婚してもいいかと思って・・・」「お子さんのことは気になるでしょう」途中までいいかけたら「そりゃ・・・」とかぶせるようにいい「でも、せっかく新しい生活になじんでいるものを、そう会っちゃいけないと思うし」と、話をつづけることをはばかられるほど寂しげな目をしてそのまま絶句した。「ぼくはひどくわがままに生きていると「思う」という裏にかくされた極度のナイさ離婚のこと、再婚のこと、元カミナリ族で、いまもスピード狂であること。いいまわしひとつでは、とんでもない誤解も招きかねない微妙な自分の過去を、まったく防衛口調にならず淡々と口にする。これも、芸能人には稀有な森さんの特色であろう。新夫人・鈴賀さんとの一風変った出会いのエピソードも、てらうことなく語ってくれた。「少女まんがなんて読んだこともなかったんですが、彼女が、連載まんがの一コマで、電信柱のハリ紙にちっちゃくイタズラ書きしたらしいんです」少女まんがファンならご存じだろう。ストーリーには関係なく、ちっこい文字でゴチョゴチョと書いてあるあの作者のイタズラ書き。鈴賀さんは「森功至についてなんでも教えて」と書いた。「それを読んだファンが仲介になりましてネ」おたがい、いまの生活のペースを崩さないという合意のもとゴールインということになったという。

人生は一瞬のまばたき……

「人間の一生なんてネ、大宇宙の歴史から考えれば、一瞬のまばたきみたいなもんでしょ。よそ目にどう写るか、トシ相応にどう生きるか、そんなことより一瞬一瞬、自分が納得いくよう生きたいですヨ。どうせがんばってみたって、いつか死んじゃうんだものと思うことあるんですヨ。いっそ、あの事故で死んでればっなまじ生きてて悩んだり、ゴチャゴチャ考えたりするんなら、死んでたほうがスッキリしたかナなんてネ」20歳前後の若者が、アクセサリー用につぶやいているのではない。つけ焼刃ではない、どうしようもない虚無感が、この人の心のまん中にどっかりと居座っているらしい。要するに、この人の生きるというベクトルには、役者だから、人気稼業だからどう生きる、そういう現に自分を規定している現象的諸要素はまったく入っていないのだ。そんなもの、どうなろうと天地がひっくり返るわけでなし”そんな投げてしまったようなニヒリズムがひしひしと伝わってくる。そのせいだろうか。現に森さん自身をスターダムにのしあげたアニメについて語りはじめたとき、その口調は文字どおり、歯に衣きせずというか、だれはばからずというか、思いもかけぬキツイ言葉がポンポンと飛び出してきた。「よく、理想の男性像はって聞かれて、ケンだとかコンドルのジョーだとか答える子がいるでしょ。中学生ならまだしも、短大生あたりまでこんなこといってるのを聞くと、一瞬、おどろいてしまう。趣味や娯楽の一部としてっていうんならわかりますヨ。だけど、決してそうじゃないんだから……」神さまであるはずのファンに向かって批判がましいことをいうとは何とごう慢な!そう反発するムキもあるかもしれない。しかし、そのへんが、いかにも森功至らしいのだ。それだけ、天真ランマンというべきか。アニメで育ったアニメ世代ではないにもかかわらず、森さんは、テレビアニメの持つ魅力をこよなく愛しているめずらしい声優でもある。「昔みたいな静かな時代に一日も早くもどってほしい。声優ってのは、あくまでキャラクターを媒介にして成りたっているものでしょう。ひるがえって、制作条件といえば悪くなる一方、絵のない画面をみながらアフレコやるのがあたりまえなんて、メチャクチャですよ」そういってから、フッと一息入れて、「もう、役者をやめることはないと思います。ほかにやれることないから、しがみついてるでしょうネ」ともいった。一時間余のインタビュー中、たった一フレーズ、ウソっぽく聞こえたことばだ。やってられないと思ったら、この人、何のみゃく絡もなく、オレ、ヤーメタのひと言で、サっさといまの稼業から足を洗ってしまうだろう。そんな印象のみが強烈に残った。30歳を過ぎて、自分の人生をフリーハンドに保ちつづけることは、実は、年相応に”らしく”ワクにはまってしまうことより、はるかに精神的強じんさを必要とする。まして3日やったらやめられない”役稼業の場合。森功至の真骨頂、ここにあり。ただし、クルマをとばしすぎ、ジェームス・ディーンばりに役半ばで昇天などということのないように蛇足まで。

Welcome to Anime Magazine Archive! We aim to be the ultimate resource for anime magazines, offering page-by-page breakdowns, with a focus on the 1970s-1980s.

RECENTLY UPDATED