Hiroshi Sasagawa

1978

September

Comment [for Gatchaman II, Animage]:

Animage: コンドルのジョーは死んだのでは?

Hiroshi Sasagawa:「いいえ、 前作の最後の場面でジョーは 〈消えた〉 んです。 意外なシーンが見られるかも…」

November

Comment [for Gatchaman II, Animage]:

1度死んだジョーを再登場させることに、当初は、抵抗がありました。スタッフのなかにも「ジョーの兄弟をだしたら」「全く別のG2号を」などの意見もありました。けれど、ファンの方々の要望にお答えして、今回の登場となりました。 前回以上に応援して下さい。

1980

May

Feature Article [“Interview with an Anime Human”, The Anime]:

できればいつでも笑い 顔で暮したいみたいな ところがあるんです。

皆と一緒に楽しんでアニメを作る

TA. 現在、笹川さんは「タイムボカンシリー ズ オタスケマン」(竜の子プロ)と「メー テルリンクの青い鳥 チルチルミチルの冒険 旅行」(アカデミー製作)の総監督をなさっ ていますが、両作品の反響などを聞かせて下 さい。

Sasagawa. 「タイムボカンシリーズ」はもう5年 にもなりますが、こんなに長い間一本の作品 にたずさわるというのは、めずらしいですね。 私は、あの30分間を視聴者の皆さんと一緒に 遊ぼう、という気持でやってきました。ナマ 番組じゃないから視聴者の皆さんが参加する というのも限度がありますけど、いわば解放 区とでもいうんでしょうか、皆さんと一緒に なって楽しむというふうに作ってきたんです。

TA.「タイムボカン」「ヤッターマン」「ゼ ンダマン」そして「オタスケマン」と続いて るわけですね。

Sasagawa. もう5年もやりますとね、マンネリだ とかワンパターンだとか・・・(笑) ま、それ はそれでいいんですが、ある意味で視聴者の 方々に、いくらか不満が出てきたんでしょう かね。といって180度変えてしまうと、逆に皆 さんに違和感を与えやしないかっていうこと もありますしね。

TA. そこで、いろいろ工夫を凝らすわけですね

Sasagawa. ええ、そうなんです。で、今度のは、 敵も味方も同じ指令官のもとで、同じ制服を 着ている同じパトロール隊の隊員という設定 をしたわけです。その辺が喜ばれているみた いですね。

TA. ゲキガスキーがいいですね。

Sasagawa. そうなんです。三悪人がいるんですが その中の半人前の隊員であるゲキガスキー、 劇画調のイイ顔してるんですが、この頃、主 役を食っているんですね。人気が出てきたん ですよ。それで今、ゲキガスキーの歌をつく ってるところなんですが、近々できあがりま すから、楽しみにしていて下さい。

勝太郎さんの浪曲も出てきますよ

TA. もうひとつの「青い鳥」の方は、いかがですか。

Sasagawa. この物語は有名な割には原作は読まれ ていないんじゃないかな。実にいい話でね。 内容はとても哲学的なんですよ。人間愛につ いてとか幸福についてじっくり語っているん ですね。もともと非常に地味な話なんです。

TA. なるほど、そういう意味ではアニメ向き じゃないような感じがしますけど・・・。

Sasagawa. 原作をそのままアニメ化するわけには いきませんね。第一、シリーズ26話になんか とても延ばせませんしね。それに、今のTV を見なれている子供には、内容がいささか重 くて楽しくないかもしれないんですね。ま、 そういうことをふまえて西崎プロデューサー と話合ったんですが、風景と原作の底に流れ るテーマだけはきちっと生かして、あとはも オモシロオカシくやろう、ということにな ったんですね。

TA. 笹川さんの手にかかったわけですね。ギ ャグ仕立ての…(笑)

Sasagawa. 現代っ子もいっしょについていけるよ うに、ということですね。ギャグもふんだん に入ってますしね。基調としてはアドベンチ ャー色を強くしました。保守的な人には非難 されたりしましたが、なるべく多くの人に見 てもらおうということで・・・。西崎さんが私を 起用したのもそのへんのねらいがあったんだ と思いますね。

TA. そういえば「ヤマト」の西崎さんとギャ グの笹川さんの結びつきというのも素晴しい ですね。

Sasagawa. 私は18~19年ぐらいずうっと竜の子プ ロでやっていたんですが、去年の2月頃、西 崎さんに「一緒にやってみないか」と誘われ たわけなんです。私も興味があったんですよ ね、「ヤマト」の西崎さんが次に何をやるのか ってね。そして、一緒に作ったのがこの「青 い鳥」なんです。

TA.「青い鳥」のこんごの見せ場はどんなところなんですか。

Sasagawa. 話はいまいったようにオモシロオカシ く、さらに楽しく作っていますが、もうひと 画面的にとてもきれいなファンタジックな シーンがあるんです。その場面を、毎回、ミ ュージカル的にやるんですね。そのあたりが 喜ばれているようです。 曲も毎回一曲一曲新しいものを作るんです よ。劇中人物がうたったり、情景の歌だった りするんですが。制作側もこのシーンにはこ とのほか力を入れていましてね、田村丸さん や日高仁さんなどを中心に音楽構成班をつく っているんです。 いろんな歌があって楽しいですね。 この先ですか、そうですね、玉川勝太郎さん の浪曲があったり、コンピュータの歌が出て きたり、だんだんエスカレートしてきますよ (笑)。

血を見るのが イヤなんですねぇ

TA. アニメの仕事に入られたキッカケは?

Sasagawa. 私はもともと雑誌にマンガを描いてい たんです(編集部註・代表作に「魔犬ゴロー」 「ワンワン刑事」などがある)。手塚治虫先生 のところにもアシスタントとして2年ぐらい いました。そこでいちばん影響を受けました ね。もともと動くものというか立体的なもの に魅かれていましたしね。で、ひととおりア ニメの技術を覚えるために東映動画養成所に 入りました。それ以後ですね。亡くなられた 竜の子プロの吉田竜夫さんから「アニメーシ ョンをやってみないか」ということになりま して、竜の子プロに入ったわけです。昭和30 年頃でしたかね。「鉄腕アトム」が放映され た、翌年だったと思います。

TA. それから今まで、笹川さんがアニメづく りで心がけてきたことは、どういうところで すか?

Sasagawa. まず、大勢の人に観てもらわなければ いけないという点ですね。若い人にもこの辺 りのことをよくいうんですがね。「気取るなよ !」って(笑)。なるべく多くの人に楽しんで もらおう、と思って作ってます。ところがそ れがなかなかうまくいかないんですね。なか なか当らないんですよ(笑)

TA. 笑いに対するお考えを…。

Sasagawa. たとえば小さな子供がマンガを見てボ ロボロ泣かされていたとしますね。すると親 御さんは「うちの子が涙を流して・・・、うちの 子にもこんな気持があったのか」なんて驚い たりしますね。そして、いつのまにか、そう いうマンガはいいマンガだなどといわれるよ うになりますよね。ところが泣かせるという のは、仲のいい人を殺したり、あるいは別れ の場面をつくったりすれば、大概泣くと思う んです。ですから、泣かせるよりも笑わせる 方のが私としては好きですね、むずかしいで すけど・・・。第一、笑い顔っていいじゃないで すか、好きですね。

TA. なるほど。しかし笑わせるというのはむ ずかしいですね。

Sasagawa. そうですね。ただ笑わせればいいとい うことでもないですからね。下品なことをや ったり、くすぐったりしてまで、やることは ないですね。…仕事柄、アクションものなど もくるんですが、戦いのシーンになるとどう しても止まるんですよ、戦いができないんで すね。たとえば「オタスケマン」でメカに斧 ッとささるようなシーンがあるとします ね、鉄だからいいようなもんですが、それで も、なんか、そこがやりたくないんですよね。 臆病なんでしょうかねぇ。ま、できたらいつ でも笑い顔で暮したい、みたいなところが私 にはあるんです。

TA. こんご手がけてみたい作品は?

Sasagawa.…今までとちょっと違うもので〝恐怖 もの”なんかやってみたいですね。反動みた いなもんですがね。それと、実写、撮ってみ たいですね。アニメの限界みたいなものをみ てますしね、現在のようなアニメの制作状況 は良くないですからね。実写ですか、そうで すね、たとえば〝宇宙ギャグ”というか”ス ペースギャグ”というか、そういったものを 撮ってみたいですね。夢みたいな話ですが。

このままではアニメは飽きられる!

TA. 笹川さんの尊敬している人は? あるい は、もっとも影響を受けたという人は?

Sasagawa. 影響を受けているし尊敬もしているの は、手塚治虫先生ですね。先生の場合、私だ けではなくてね、大変偉大な人ですよ。私の 場合は先程もいいましたが、先生のアシスタ ントを2年程やっておりましたから、もう、 直接影響を受けていますね。それと、アニメ ーターの人では二宮常雄さんと田中 さんで すね。この人たちはギャグを描かせたら天下 一品でしてね、いまは、なかなか機会がない んですが、いずれは一緒に仕事をしてみたい と思っています。

TA. 昨今、外部からも”アニメ・ブーム”と かいわれていますが、そこらへん、関係者と してどうお考えですか?

Sasagawa. はっきりいって、アニメの社会的地位 は、まだまだ低いですね。たとえば、劇場用 アニメを作る場合など必ず実写の有名な監督 さんをたよるようになりますね。アニメの監 督なりアニメにたずさわっている連中が単に 工場で働いてるような、そんなイメージがま だまだありますね。本当は、そんなことない んですがね、素晴しい人たちが大勢いるんで すけどね。それに、作品にしても雑誌などで 人気のあるものとか・・・ね。そうではなくアニ メーター側から出る作品が当然あっていいと 思うんですがね。

TA. そのあたりを、もう少しくわしく話して ください。

Sasagawa. いまの状況をみてますと、ますます安 全商品が売れて、やってみなきゃわからない という不安定な商品が出にくいんですね。 名作ものや、人気マンガ、あるいはパートⅡ とか、そういうものしか出てこないんですね。 そこに問題があるような気がしますね。

TA. たしかにそうですね。

Sasagawa. 竜の子プロの場合、一連のオリジナル ギャグアニメの路線を作っていたので、その 点で、非常にめぐまれていましたね。ま、し かし、買う方にしてみれば当るか当らないか わからないですから、心配ですよね、そりゃ (笑)。従って誰でも知っているパートⅡもの とか、そういうものになるんですね。そうい うのもあってもいいと思います。が、ここで いいたいことはこのあたりでアニメにたずさ わっている人たちが、もっともっと独創的な ものを、オリジナルで出していかないと視聴 者に次第にアニメそのものが飽きられてしま う、ということですね。安全商品である名作 ものウンヌンもそろそろ底のつく頃合いです し、アニメにとってこれからが大事な時期じ やないかと思いますね。これからは作り手側 の方からの自主制作みたいなものが出てくる 可能性もありますね、そういう動きに期待し ていきたい気持があります。いろいろな制約 のなかで自己主張していくのは大変なことと 思いますが頑張ってみたいと思ってます。

TA. どうもありがとうございました。

1981

July

Monthly Column w/ Takashi Iijima [“Anime Free Talk”, The Anime]:

叩き上げから育った アニメ作家気質で、 ブームを斬ると・・・!

監督が歩くと、まわり にゾロゾロの時代

Iijima. では、先月に引き続き、とい うより性懲りもなく熟年対談 を始めましょうか。

Sasagawa. この前はちょっと真面目すぎ ちゃったかな、今回は少しヤ ワラカくいきましょう。

Iijima. うん、あんまりアニメ論ばか り喋ってても肩が凝るしね。

Sasagawa. それじゃ、よき時代を懐しみ ながら、思い出話とでもいき ましょうか。

Iijima. それにしても、笹川さんとは 古いつき合いですね。 先月号ではシラジラしく”は じめまして”なんて言ったけ どね、もう10年。

Sasagawa. 最初に飯 島さんに会っ たのは、竜の 子と東映動画 が共同で製作 しようとした 時期があって、 それで初めて お会いしたん でしたね。

Iijima. 最初の共 同の企画がダ メになってね、それで「宇宙 パトロール・ホッパ」という 作品を作ることになった。

Sasagawa. 飯島さんってスゴく女性にモ テる人だなって印象でしたね。

Iijima. あれ、なんか急にヘンな話に なったね。(笑)

Sasagawa. でも、共同製作といっても、 我々の竜の子プロが出来てほ んの2~3年でしょ、こちら はつらかったですよ。 当時は僕と故吉田竜夫さんと、 あとスタッフは2~3人です からね。(笑) おまけに、あの頃スタジオを 作ったんですが、当時の国分 寺といったらもう片田舎、電 話だって申し込みで、それも だいぶ待たなきゃ通じなかっ た。周りも雑木林ばっかりで、 吉田さんがそんな所へスタジ オ作ると言ったときは、ほん とにビックリしましたね。

Iijima.あれから竜の子は開拓時代に なったんだよね。独立プロと いうのは大変ですよね。

Sasagawa. 東映動画はその頃、アニメの メッカでしたから、スタッフ といっても非常にゼイタクな んですよね。 監督がいて、その補佐に何人 かついてたでしょ。

Iijima. 東映だから劇映画のやり方そ のままでやってたんですよ。 監督がいて、助監にチーフ、 セカンド、サードというね。 今考えると、ゼイタクなスタ ッフだったですよね。

Sasagawa. 監督が歩くと周りにゾロゾロ くっついて行きましたからね、 なんでこんなに多勢いるのか 不思議でしたよ。

Iijima. 僕が東映動画へ入った時、丁 度「白蛇伝」を作るところで したけど、アニメのテクニッ クは今より劣るかもしれない けど、当時のほうが熱気があ ったですよね。 「白蛇伝」は日本最初の長編 アニメ映画作ろうという意気 込みがあって、その熱気が画 面から伝わってくるもの。

Sasagawa. ええ、そうですよ。それにし ても当時のアニメーターに比 べたら、今の連中は恵まれて るんじゃないかな。 当時は給料も非常に低かった と思うな。皆んなそれぞれ苦 労してね、ほんとに好きで描 いてる人が多かったみたいで すね。

“アニメ”という言葉 が無かったおかげで…

Iijima. 以前は原画になるなんて大変 なことでしたし、ましてや作 画監督なんて・・・・・・。 動画から始まって、あの頃は 第2原画というのがあって、 それから原画だものね、作監 になるなんて並大抵のことじ ゃなかったよね。

Sasagawa. 今、比較的簡単に原画になれ ちゃうみたいですね。 皆んな、器用なのかな?

Iijima. やっぱり、作品が多過ぎて人 が足りないんじゃないかな。

Sasagawa. それに、今は情報が多いでし ょう、それからアニメ学校な んかもあって、この世界に入 って来るまでにある程度は分 かっちゃってるんですよね。 昔はアニメ学校なんてないか ら、現場に入ってから見よう 見まねでね、教えてもらうか 技術を盗むか、それしかない から、もう必死でしたよね。 徒弟制度でしたから、先輩の 机を整理したり、鉛筆削った りね、そのくせ怒鳴られて、 ヘタクソって言われて描いた 絵を破られて、涙流して・・・・・・。

Iijima. そのほうがいいんじゃないの、 アニメは手作りのものだから。 僕の場合、プロデュー サー・コースでも絵の 実習やらされましたよ。 絵も色塗りも一応ひと 通り全部やったけどね。

Sasagawa. 今は出来上がるまでの プロセスを全く知らな いで、動画は動画だけとか、 一部分だけ勉強しているみた いなところがありますね。 僕らの頃は全部つきあったで すよ、彩色や撮影までもね、 それは知ってたほうがいいん ですから。

Iijima. 最近じゃ、絵コンテも全部見 ないで、自分の与えられたカ ットだけやってる状態がけっ こうありますからね。

Sasagawa. 本数が 多いから、おの ずとそうなって しまうんでしょうね、流れ作 業みたいな感じにね。

Iijima. ブームになるのは嬉しいけど、 結果として質の低下をきたし てるのは、まぎれもない事実 だと思う。スタッフの間にも 連帯感や熱気が欠けてますよ。 川キビシイですねえ。(笑)

Iijima. 熟年対談はズバッてやるんで すよ。めったに言えないこと だから(笑)

Sasagawa. ズバッてアニメ界を斬っちゃ うわけ。(笑)

Iijima. 話を戻すと、スタッフが集ま るということは、作品の打ち 合わせだけじゃなくね、一緒 に飲んだりワーワー騒いだり、 そういう雰囲気がひとつの作 品を作る上で大切なことなん ですよ。 今、そういうムードがわりと あるのは、竜の子さんかな。

Sasagawa. まあ、そんな雰囲気はありま すね。実は地理的な条件があ りましてね、竜の子のスタジ オに集まった連中は、あそこ らへんからどこかへ出られな いんですよ、用があっても外 へ出るのが面倒くさい。(笑) でも、昔はとても、今みたい アニメブームになるとは 考えられなかったですね。

Iijima. アニメーションという言葉そ のものが普及してなかったも のね。マンガ映画”だった ですから。 アニメって言われるようにな ったのは、いつ頃からだろう。

Sasagawa. テレビに登場してからでしょ うねえ。

Iijima. 昔は誰もアニメなんて言葉を 知らないから、アニメを作っ てますなんていっても、何の 仕事だか分かってもらえなか ったね。

Sasagawa. そうそう、それで面白いエピ ソードが昔はいっぱいあった んですよ。 竜の子プロといえば、今では 知られてますが、昔はタクシ 呼ぶのも大変だったんです よ。竜の子プロだと言っても 分かってくれない、竜の子 ですかって。 いや、マンガ家の家ですって 言ったら、真ン中の家ですか って往生しましたよ(笑)

Iijima. 本当ですか。 (笑) でも、僕 らはハイヤーでしたよ。

Sasagawa. ハイヤー? お偉いさんじゃ ないですか。

Iijima. それが、当時は映画会社が景 気良かった頃だから、夜遅く なった時は会社でハイヤーを 呼べる、映画会社と全く同じ にやってたんですよ。

Sasagawa. すごいですねえ。

Iijima. 外車だからね、近所の人が皆 んなビックリするんですよ。 若僧が外車でうちへ乗りつけ るんだから。あいつはいった 何者なんだろうか? なん てね。

Sasagawa. 僕らとはえらく違いますねえ。

Iijima. それだけが特権みたいなもん でね、どっかで飲んでても、 ちょっと会社を使って電話さ せるわけ。 すると、制服制帽の運転手が やって来て「東映動画の飯島 さん、お迎えにあがりました」 なんてね、カッコイイんだよ ね、あれが。(笑) 自分が偉く なったみたいで。 でも、あんまり使い過ぎて、 会社から怒られたけど。(笑)

声優人気とキャラクタ ーの関係は?

Sasagawa. アニメの仕事って夜も昼もな いですからね、とくに国分寺 あたりじゃ、あの頃そんな商 売は、まずなかったでしょ。 夜中に仕事してる時にね、ひ とり若い人でしたけど、用が あって自転車で外へ出たんで すよ。そしたらお巡りさんに 呼び止められて、さかんに められちゃってね。 それがまた、運悪く彩色の白 手袋をしてたんですよ。おか げで指紋でも隠してるんじゃ ないかと疑われてつかまっち やった。それで警察まで貰い 下げに行ったことがあります。

Iijima. そりゃ大変だったね。今じゃ 竜の子プロっていえば日本中 どこへ行っても、皆んな知っ てるものね。

Sasagawa. 昔は国分寺の中でも分かって もらえなかった。(笑)

Iijima. じゃ、僕のほうも負けずにも うひとつ。 だいぶ前に僕がプロデュー して脚本も書いた「わんぱく 王子のおろち退治」とい う作品があるんですよ、 監督が芹川有吾さん でね。それが外国で グランプリを受賞して、宝塚 で、浦山桐郎さんの「キュー 「ポラのある街」と一緒に表彰 されることになった。 そこでね、ケッサクなんだけ ど、主演俳優の表彰もあった わけですよ。 「キューポラのある街」は吉 永小百合さんですよねそれが 「わんぱく王子―――」になっ たら司会者が「主演俳優の飯 島さん」て呼ぶんですよ。 あれにはマイりましたけどね、 僕はそのまま舞台に上がって 主演俳優の表彰を受けたわけ。

Sasagawa. そりゃあいい(笑)

Iijima. 本人の身になって下さいよ。 それだけまだアニメが一般的 に認められてないというか理 解されてなかったんですね。

Sasagawa. それに比べると、今はアニメ が完全に社会の中に定着した というか、文化のひとつにな ってしまいましたね。

Iijima. そうですね。結局、当時のマ ンガ映画を楽しんだ子供達が 今はもう大人です。 つまり、今の母親というのは、 子供と一緒にアニメを観るこ とに何の抵抗もないんですよ。 「日本昔ばなし」は大変なヒ ット作だけど、あれなどはい い例だと思う。母親も子供と 一緒になってアニメを楽しん でいるんですね。

Sasagawa. 今のファンというのはよくア ニメのことを知ってますよね。 テクニックのこととか。

Iijima. そうそう、そこを言いたいん ですよ。よく知られているだ けに、作品の質の良し悪しを 見分けられる眼が備わってい る。そこが恐いんです。手抜き なんかしてたらすぐ見破られ ますしね、いくらテクニック が向上しても、作り手の熱意 や訴え掛けが欠けて行くよう なら、すぐに見離されてしま いますよ。 ファンの意識もだいぶ変わっ 来ているんじゃないですか。 声優さんは今ではすっかりス ターですからね。昔は声優さ んなんて顔も知られてなかっ たですよ。

Iijima. それでも、水島裕君とか井上 和彦君とか、若手のほうへど んどん人気が移っている。

Sasagawa. でも、ファンにしてみれば、 声優の顔というのは、あまり 関係ないみたいですね。そこ が普通のスターとは、スター の意味がちょっと違う。

Iijima. 仲間意識みたいな感じがある んじゃないの。 ただカッコイイからとか、そ ういうんじゃなくて、自分の 好きなキャラクターに声を当 ててくれている人、自分の好 きな作品に出演している人と 声優さんも舞台に顔を出すよ うになってきましたね。

Iijima. そのことなんですがね、役者 なんだから舞台に出るのは当 然ですし、それもいいことな んですが、プロデューサーの 立場で言うと、あまりやって 皆んなの前に顔を出してほし くないんだな。 声優という仕事は、やはりカ ゲでキャラクターを支えてく いうことで、アニメを通して ファンになっているでしょ。

Sasagawa. そうですね。すごい美形のキ ャラをやってると、声優本人 が別に美形じゃなくても人気 が出てくるみたいなところが ありますからね。

Iijima. 声優さんの場合、必ずしも美 男美女が人気があるとは限ら ない。(笑) 笠川―それからブームのおかげで、 れるものですからね。 まあ、そんな本質論みたいな ものは、今では吹っ飛んじゃ ってるけど。

Sasagawa. でもね、逆に考えると、今の ファンは賢くなってますよ。 あくまでも声の立役者という ことでファンになっている。 それに作品観て、声優に接し て、アニメ雑誌読んで、楽し み方も多彩になってますね。

女の子のファンには 戸惑ってしまって…

Sasagawa. しかし、どういうキャラにど の声優さんを当てるかという のは、我々にとっても大きな 問題ですよね。

Iijima. ええ、例えば「009」の井 上和彦君、彼はそれまで主役 をやったことがなかったのを、

Sasagawa. 009の役に持って来たんで すよ。あれが成功して作品も 井上君自身も人気が上がって ね。

Iijima. 彼はもともといい男だしね。 アニメをやってて楽しいのは 新しい才能が出てくる、とい うか、こちらが見つけた時で すね。 「魔法使いサリー」で羽根章 君を作監に持って来た時な というのは、かなりの冒険だ ったですよね。テランで無難にやるより若 い才能で勝負してみたいって いう時があるでしょう。 それで成功した時って、その 嬉しさは格別ですよ。

Sasagawa. その気持ち、よく分かります。

Iijima. それじゃ、閉めくくりは何の 話でまとめましょうかね?

Sasagawa. 飯島さんが女性にモテる話な どをもう一度・・・・・・。

Iijima. 突然、何を言うんですか(笑) 笹川さんのほうがモテるんじ ゃないの。ファンレターが来 るでしょ。

Sasagawa. ええ、来ますけど、それはア ニメファンの手紙だから作品 のことが書いてあるわけで、 僕個人がどうこうというんじ ゃないですからね。 でも、手紙をくれるのは、今 まではおチビさん達ばかりだ ったでしょう。それがある日 突然、女子高生や女子大生が 異常に騒いだ時期がありまし たからね、そういう時って、 製作するほうも戸惑うわけで すよ。 女の子から手紙が来ると、も しかしてオレがモテてるんじ ゃないかと……。 (笑)

Iijima. うん、それは分かりますよ。 スタジオ見学の日ともなれば 大変でしょ、若い女性ばっか りで。

Sasagawa. ええ、そりゃもうターイヘン。 女の子達が訪ねてくるとスタ ッフの連中は、なんかソワソ ワしちゃってね、仕事になら なかったりして。

Iijima. あれは、僕達もいけないんだ よね。アニメの会かなんかに 呼ばれて行くと、ズラッと若 女性ばかりなんだよね。 そうすると、こちらもつい若 女性向きの発言をしちゃう んですよ。僕らも男だから、 意識してしまう。

Sasagawa. 今まではなかったことだから、 そこが問題なんですよ。免疫 がないから。(笑) 絵を描いてやったり、サイン してやったりとか……。

Iijima. 色紙描いてやれるのはいいで すよ。僕なんか絵を描けない から名前書くだけ。 アホみたいですよ。これでい いんだろうかと思いながらサ インするわけ。 「好きな言葉を書いて下さい」 て言われても、あんまり思い つかないしね。(笑)

Sasagawa. とにかく、こういうブームに なった当時は皆んな戸惑って いたけど、最近そういうのに 慣れてきたんじゃないかな。

Iijima. それは言える。東映動画の連 中が、サインがうまくなった のにはビックリしてるんです よ。(笑)

Sasagawa. いやあ、どこでもそれはあり ますよ。声優さんだってそう でしょう。

Iijima. 昔はサインを作るなんて考え られなかったけどね、それが 今では、しっかり読めない字 で書いてるもの。 (笑) 笠川サインの話は別として、今の アニメブームがどういう方 向へ行くのか、かなり問題は ありますね。

Iijima. では、今回はこのへんで…。

Sasagawa. この次は、かなりギャグっぽ くやりましょうか。

Iijima. いいですねえ。 アニメ界の熟年”として長いア ニメ歴を持つ御二人、懐しい思い出 話の中に当時のプロダクション事情 やエピソードなど、若いファンの皆 さんには興味深かったことでしょう。 今後もゲストを混えての対談、皆さ んからのハガキを読みながらのDJ 風対談など、楽しいものにしようと いろいろ企画中です。 御二人への意見、反論、質問などを どしどし御寄せ下さい。

November

Comment [for Urusei Yatsura, Animage]:

竜の子時代 最後に直接指導 した演出家が押 井くん。彼には 昔から他人とは ひと味ちがった、なにかがあって、 どの作品にも押井流の味付けをして しまう人だった。ギャグひとつ作る にも彼の場合は、計算しつくし、理 屈を通して作る、そんなところがあ りましたね。彼も30になるのか・・・・・・。 新しい時代の人が新しい感覚のもの を作る ぼくはとてもいいことだ と思う。自分たちで満足せずにお客 さんに精一杯サービスしてほしいね。

December

Roundtable w/ Takashi Iijima, Shotaro Ishinomori, Kenzō Koizumi  [The Anime]:

マンガ雑誌投稿の常連からマンガ家の道

Iijima. 石森さん、スタジオを始められた頃は 確か八百屋の倉庫か何かを借りたんで したっけ。

Ishinomori.―そうそう八百屋さんの。でも倉庫じゃ なくて、一、二階を借りてたんです。 スタジオというのは名ばかりで、床は ミシミシ音がするし、スキ間風がピュ ウピュウ吹き込んでくるんですよ。 で、「スタジオ・ゼロ」を作って何か やろうじゃないかということになった んですが、アニメ界の現状なんて、全 然知らなかったんですよ。ただ、みん な集まればアニメが作れるんじゃない か、と。 ま、きわめて単純な発想でしたネ。そ れくらいだから社長を決めるのもアミ ダクジを引いて決めました。 アニメの 経験者は、その社長一人だけでした。

Iijima. 石森さんはその前にストーリー・ボー ドをお描きになったんではないですか。

Ishinomori. そういえばそうですネ。スタジオの前 に、「西遊記」のストーリー・ボード を作りに行きました。 雑誌の連載があ ったので毎日は行けませんでしたが、 それでも一ヵ月は通いましたか。今 考えると不思議なんですけどネ、タイ ムカードを押させられました(笑)

Iijima.それでストーリー・ボードをお作りに なったわけですネ。

Ishinomori.―いえ、それがスタジオ見物ばかりして ました(笑)

Sasagawa.先日テレビで「トキワ荘物語」をやっ てましたが、当時のみなさんは東北の 出身ですか。

Ishinomori.馬場のぼるさんが確かそうでしたネ。

Sasagawa.―ボクは福島なんですが、トキワ荘のみ なさんのあとに上京したんです。もっ 早く上京してれば早く出会えたのに、 それが残念ですネ。 ボクなんか「トキワ荘物語」を観ると、 あの頃がいちばん楽しかったんじゃな いかな、って気がするんですよネ。

Ishinomori. あの頃は右も左も分りませんでしたか ら。何にも分らない楽しさというのも あるんですよネ。なんとなく明るい未 来があるような気がして、みんな頑張 ってましたから。

Sasagawa.流しで泳ぐシーンがありますけど、あ れは傑作ですネ。

Koizumi.あれはもう語り草になってるみたいで すネ。

Iijima.ートキワ荘時代で感じるのは、石森さん のお姉さんコンプレックスなんです。 それはやっぱりあの頃に形成されたも のなんでしょうか。

Ishinomori. なんども言われたことですが、あの当 時の影響はかなりあるでしょうねェ。

Sasagawa. 話は変りますが、石森さんの本名は確 小野寺さんというんでしたネ。

Ishinomori.―そうです。生まれが宮城の

Ishinomori.町とい うところでしてネ、それをそのまま使 わせてもらってるんですよ。

Sasagawa. 小野寺さんではまずかったんですか。 ウーン、本名の小野寺というのは長っ たらしいし、古臭い感じがしましてネ。

Ishinomori. のほうがモダンな気がしたんです。 それに小野寺という名前のマンガ家も いましたから。

Sasagawa.ボクにとって小野寺さんというのは、 懐しい名前なんですよ。ボクらの少年 時代には「漫画少年」という雑誌があ って、マンガ好きの人が投稿していた んです。小野寺さんという人はいつも 作品が載っていましてネ、ボクは〝ど んな人なんだろ、美しい人だな”と 思ったもんです。その小野寺さんが石 森さんあんですよ。

Koizumi. 直接は会っていなくても、お二人の接 点は相当古くからあったんですねェ。

Ishinomori. 笹川さんもずっと投稿してたんですか。

Sasagawa. エエでも佳作とか、その程度でして。 入選なんてとてもじゃないですが(笑)

Ishinomori. 確か後半は、横網とか大関とか番付で ランクをつけてましたよネ。ぼくはず っと横網を張っていましたけど、 せば横網なので飽きちゃった。送って くる賞品もバッジとバッグでいつも同 じでした(笑) 投稿に飽きてやめちゃったら、むこう から注文がきた。それからマンガを書 き始めたんです。

Iijima.―「漫画少年」というのは一種の登竜門 だったわけですか。

Ishinomori.当時、マンガの投稿専門誌はなかった んですが、あそこは投稿にいちばんス ペースをさいていたんですネ。

Sasagawa.今はマンガに関しても情報があります が、ボクらの少年時代には手塚治虫さ んの「マンガ大学」くらいでしたよ。 ボクなんか田舎にいたから特に情報不 足でしたネ。

Ishinomori.今考えてみれば、ボクらは一から始め たんですネ。ぼくは中学2年のときに 「毎日中学生新聞」というのにマンガ を送りましたが、そのときもインキで 書いたらシミができたりして、自分で 工夫しながら書いていた。

Sasagawa.今アニメやっている人のなかにも「漫 画少年」に投稿していた人は多いんじ ゃないですかネ。あのときのあの人が あなたでしたかということがけっこう 多いですからネ。

Ishinomori. そうでしょうネ。 この前も「漫画少年 の会」というのに顔を出したんですが、 いろんな人が来てました。みんな各分 野で活躍してますネ。

Iijima.ところで、石森さんの第一志望は、本 当は小説家だったんでしょう。

Ishinomori.―エエ、そうですネ。 第一志望は小説家 でした。第二志望が映画監督。で、第 三志望くらいにマンガ家というのがあ ったんですよ。何故か第三志望で止ま っちゃった(笑)

Iijima. でもこれからじゃないですか。

Ishinomori. さァ、それはどうですかネ、もうトシ ですから(笑)

Iijima. 小説のほうに行かないでマンガに行っ たキッカケは何だったんですか。

Ishinomori. それはもうディズニーの影響でしょう 小学校の何年くらいでしたかネ、 ディズニーの「白雪姫」を観まして、 これだと思ったんですネ。 「白雪姫」のあとに「ピノキオ」なん 観たりして、ますます魅かれて行っ たんです。ディズニーの短篇は別とし て、長篇は素晴しかったですネ。で、 マンガを描くようになったんです。

体力が決め手だった(!?)アニメ作り

Koizumi. ディズニーの影響は、やっぱり大きか ったんですネ。わたしなんかもディズ ニーの作品に感動してこれはもう絶対 アニメーターになるしかない、と。 でも当時、アニメーターの登竜門らし きものはなかったですネ。 たまたま「東映動画」で募集があったの 応募してみたら、応募者は四百人い ました。そのなかの合格者が七名で、 わたくしは第三次試験まで行って、何 とか合格しました。

Iijima. ホウ、それはスゴイ。試験の内容はど うでした。

Koizumi. 最初は〝塗り”の試験でした。他の人 情報不足だから、水に溶かして塗っ てるんですよ。こちらは曲がりなりに も二、三回は現場の作業を見学してい ましたから、ドロッと塗っていたん です。どういうわけかこれで成功しま した。 二次は身体検査でした。

Iijima. 二次試験が身体検査、これは面白い。

Koizumi. 当時は残業や徹夜がザラでしたから、 まず丈夫な人間を入れるということだ ったんでしょう(笑) そのあと探偵の素行調査があって、 後が面接でした。

Iijima. その頃は素行がよかったんだ(笑)

Koizumi. 最初は仕上げに回されて、次にトレー ス、撮影などに回され、最後は社内で 動画テストがあったんで、それを受け ました。 いろんな問題がありましたよ。〝椅子 に人が坐っている。この人を立たせな さい”とか”旗はどんなふうになびく 描け”とかですネ。そう言えば、 複雑な模様入りのボールがいっぱいあ って、それをぜんぶ一回転させるのに 往生しました (笑)

Iijima. それは難しいなァ。 試験といえば笹川 さん、その頃の「竜の子プロ」さんの 採用試験はどんな感じだったんですか。

Sasagawa. 絵が描けるかどうかだけみたいでした ネ。面接もあるにはあって立ち会いま したけど、当り外れがあるんですよ ネ。いいなァと思う絵を描いてくるの アニメを描かせてみると、これが全 然描けない(笑)

Iijima. 石森さんのアシスタントはどんなふう にテストしてるんですか。

Ishinomori. まず本人に会って、”これこれしかじ ”を描いてくれといったん帰すんで すが、何回も粘り強く通ってくる人は 使う気になりますネ。 やっぱり体力は関係あるんですか。

Ishinomori. あるでしょうネ。その点、女性は使わ ないことにしています。体力的にも長 続きしないんですよ。

Koizumi.「東映動画」の頃は、定時が10時だっ たんですが、体力が勝負、みたいな感 じがありました。 もっとも女のコが痴漢に襲われたんで、 そのあと8時が定時になりましたけど ネ(笑)みんな夜遅いのが当り前にな ってました。

Ishinomori. ま、定時が8時になっても襲う痴漢は いるだろうけど(笑) 女性にはキツい 仕事なんだろうなァ。

Sasagawa. 石森さんの絵を見ていると、アシスタ ントの入り込む余地はないんじゃない かな、という気がするんですが。

Koizumi. 石森それは、わたしもそう思ってるんです。

Ishinomori. 本人もそれは感じてます(笑) そんな 風だからアニメになりにくい絵なんで しょうネ。アニメにするとガラッと変 るんですネ。

Sasagawa. アニメを作り始められた頃というのは どんなだったんですか。

Ishinomori.売り込んではいるんですが、なかなか 売れなくて(笑)

Koizumi.―「レインボー戦隊」はどうだったんで すか。

Ishinomori. あの頃は、何でも素直に聞いてました よ。〝可愛いいキャラクターを作って くれ”って言われれば、”ハイハイ” (笑) 最初のまとまった仕事だったですから ネ、こっちもそういう気持ちだったん でしょうネ。

Sasagawa. 石森さん、今はどれくらいのペースで 仕事をされてるんですか。月産にして、

Ishinomori.月産にして大体二〇〇ページくらいじ ゃないですか。それでもひと頃に比べ ると半分のペースなんですよ。一時は 月産六〇〇ページということもありま した。一日平均二〇ページですよ。 20代後半でしたから、体力、スタミナ ともにあり余っていた。 今はとてもじゃないが、あんなハイピ ッチは無理ですネ。もう徹夜もききま せんから。

Sasagawa. アイデアとかネタの仕込みはどこでな さるんですか。

Ishinomori. 大体は喫茶店ですネ。 喫茶店にはちゃ んと予約席を設けてありまして(笑) そこでいろいろと。

アニメ隆盛は嬉しいがどう質を高めるか

Iijima. 石森さんというのは不思議な人なんで すよ。これだけ忙しい人なのに、本は たくさん読んでいるし、映画もじつに よくご覧になってる。どこからそんな 時間をとネリ出すんですかネ。

Ishinomori.酒飲む時間と睡眠時間を削ってるだけ の話ですよ。その割には飲む時間だけ はなくならない(笑)

Iijima. しかし、朝早くからの試写会にもおみ えになってる。

Ishinomori. ああそれは、寝ないで行ったんじゃな いですか。

Sasagawa. そこで観る映画などはネタになる場合 もあるんでしょうか。

Ishinomori. スグにということはないですネ。ただ、 どんどん方法が変っていますから、そ ういう面では目を通しておきたいと思 うんです。 たとえば、ディズニーのコンピュータ を使った作品などはどういうものなの 見ておかないと、と思うんです。 と にかく方法が変って行くペースが、じ つに早いです。

Sasagawa. この頃テレビ・アニメが多くなりまし たが、みなさんどれくらい観てるもん ですか。

Iijima. 30数本もあるわけでしょ、とてもそれ だけの数は見きれませんよ。だいいち、 オンエアの時間には、こちらは働いて いるわけだ(笑)

Ishinomori. 確かにテレビアニメは多くなりまし た。しかし、本数が増えた割にはモ 足りないというのが実感ですネ。今 のテレビアニメはおしなべて平均点 を行っているというか、これというも のが少ないですネ。前はピカッと光る ものがあったと思うんですが。

Koizumi. そう言われますと、アニメーターとし ては本当に辛い気がします。これ以上 に本数が増えるとパンクしちゃうんじ やないかと思います。 テクニックを持ったウマい人ならそれ なりにこなして行くでしょうが、そう でない人だと当然、質は落ちますから ネ。テクニックのない人が手を抜いた りしたら、これはもう大変なことにな りますよ。

Ishinomori. 今のテレビ・アニメの隆盛ぶりを見て いると、マンガ週刊誌が次々に出た頃 を思い出しますネ。 あの頃は、こんなにたくさん漫画雑 誌が出てもこなせないんじゃないか” と思ったもんですよ。でも、フウフウ 言いながらも何とかこなしてきたんで すネ。そう考えると、数が増えるのを 悲観ばかりもしていられない。 テレビアニメはこのまま増え続ける のだったら、その上で質を高めて行か なければならないと思います。 質が落ちれば、目の肥えたアニメ・フ アンは離れてしまうでしょうネ。マン ガ週刊誌が出回り始めた頃と同様、フ アンの要求にはこたえて行かなければ ならないと思うんですよ。

Iijima. その通りですネ。アニメの数が増える のはけっして悪いことじゃありません からネ。本数が増えるなかでも手抜き をしないで、どう質を高めて行くかな んですネ。

Sasagawa. 増えたということに関しては、最近、 女性マンガ家の原作をアニメ化するケ ースも増えてますネ。

Ishinomori. そうみたいですネ。もともとアニメ・ ファンには女のコが多いんじゃないん ですか。

Sasagawa. 女性がアニメ界に進出しているのが目 立ちますよ。前は仕上げが中心でした が、今は作画にも入ってますからネ。 あと100年したらディレクターをはじめ スタッフ全員女性という時代がくるん じゃないですか。

Koizumi. それは十分に有り得ますネ。

Ishinomori. アニメの仕事は女性に向いてるのかな。

コンピュータと手作りの二本立てになる

Iijima. それにしてもアニメというのは手間と マのかかる仕事ではありますネ。

Koizumi. そうですネ。わたしの経験を言うと、 午前中に原画を書いて、午後は前のや つの仕上げという段取りで一日二〇〇 枚のペースをこなしてたんですよネ。

Iijima. ノルマがあったんですかァ

Koizumi. エエ、そんなペースを三ヵ月くらい続 けました。一週間ロクすっぽ寝ないの もザラでした。 で、一週間目になるといよいよ限界で 鉛筆を握ったままその場に倒れて寝込 むんです。ヨダレもたれ流しなんです が、もうカッコウなんかかまっていら れないんですネ。

Iijima. それはまた凄じいなァ(笑)

Koizumi. ところが、ハッと我にかえってよく見 てみると、まったく関係のないところ を描いてたりするんですよ。そんなと きはガックリきました(笑) 今の若い人はそういう無茶はしないで すネ。 続かないんです。なかにはイヤ ーホーンをして描いてる人がいるんで すネ。わたしなんか、あれで身が入る のかなと思うんですが、価値観がちが うんでしょうネ。

Ishinomori. ボクなんか喫茶店で仕事していたクチ で、”ながら族”の走りみたいなもん だから、そういうの見ても分るような 気がする。きっとボクらとちがった進 化の仕方をしてるんだろうな。

Sasagawa. とにかくアニメはだんだん女性化して るような気がするんですが。

Ishinomori. 支持者がそうだから、そんな傾向にな るんじゃないですかネ。アニメ・クラ ブで女性が作っているくらいだから。

Iijima. そんなふうにアニメのスソ野が広がる のは嬉しい反面、ちょっと増え過ぎと いうことは否定できないんですよ。 今 のアニメ製作人口からみれば、明らか に質の低下につながると思うんです。

Sasagawa. そうですねェ。今はどこかで張尻を合 わせているような。

Ishinomori. ボクはディズニーの「白雪姫」や「フ 「アンタジア」の感想を、女のコに聞い てみたい気がするんですよ。 たぶんアニメファンの女のコたちは アニメのテクニックよりはキャラクタ ーで見てるんじゃないかと思うんです ボクはもっとテクニックを見てほしい と思うんですが。

Koizumi. それは当っていると思いますネ。本当 アニメを見るというんじゃなくて、 マンガ好きのままアニメに移ってきた という感じですネ。

Ishinomori. アニメがマンガと本質的にちがうとこ ろは動くことです。当り前ですが、そ こに興味を持ってほしいですネ。キャ ラクターだけを見るより、はるかに面 白くなると思うんです。

Iijima. コンピュータ・アニメのようにアニメ が機械化されるとどうなって行くんで しょうか。

Koizumi. コンピュータ・アニメがふつうになる 頃には、機械と手作りの2本立てにな るんじゃないですか。

Ishinomori. 雑誌の仕事は今すでにそうなってます ネ。プロダクション・システムと一人 でコツコツやる方法があります。 アニ メも量産するものはコンピュータで、 手作りのものは手をかけて作るという ことになるんじゃないですか。実験ア ニメに興味を持ってる人も多いから、 いろんな作り方が出てくると思います。 ボク自身は、これがアニメだという作 品を作りたいですネ。それには作品を 作ったあと、”これではいけない”と いう後悔の念を失いたくないですネ。

Feature Article [“My Anime Life”, My Anime]:

ギャグよりも冒険 探偵ものに熱中・・・

紙芝居
「子どものころはからだ もあまり丈夫ではなかったし、背も 小さいほうだったんですよ。けっし 内向的な性格ではなかったんです けど、室内で遊ぶことが多かったで すね。 たとえば、近所の子どもを集めて 紙芝居を見せてやったりしました。 だれも見にこないと、お菓子を配っ て見にきてくれと。それを食べたく てくる子どもがいっぱいいると思っ ていたんですよ。それで得意になっ 自分の描いたものを見せてやった りしていました。何かを描いて他人 に見せるのが好きだったんです」

いちばんくやしかったこと
「そ れだけに、そうやって描いたものを 破られたこと 呼ばれて、すぐ行 なかったので、兄貴が怒って破っ ちゃったんです。おとなにしてみれ ば、なんだ、こんなもの…〟と思 うんでしょうけど、本人にしてみれ ばくやくて、今でもそ れが鮮烈に残っています」

最初の進路決定
「中学二、三年 のころだったかなあ・・・漫画家になろ うか、さし絵画家になろうか、ずい ぶん迷いました。結局、さし絵とい うのは人の考えたものに対しての絵 ですし、漫画だったら自分のアイデ アが入りますので、漫画家になるほ うがいいのではないかと 」

漫画との遭遇
「手塚治虫さんの 漫画と、島田啓三さんの漫画本『冒 険ダン吉』とかね、あのへんが漫画 との出会いでした。特に、昭和二十 五年に出た『漫画大学』は、かなり の刺激になりました」

プロ漫画家へのきっかけ
「それで描きだしたんです けども、いまほどそういう 情報がありませんし、(福島県の会 津若松なんかにいると、仲間もいな いんです。だから描くだけなんです よ。それが手塚治虫さんの『漫画大 学』を見まして、ペンはこういうの を使うんだなといったことを知った のです。 とにかく見よう見真似で描いてい るだけでしたから、投稿の仕 方も何も知らない・・・。それで 僕の場合は手塚治虫さんに直 接、しかも大量に描いたもの を送っていたんですよ。だか ら、絵がうまいへた よりもこいつは熱 心な奴だ”と先生は 思われたかも知れま せん。先生から手紙 をいただきまして、 “どこにも出さない で描きなさい”と言 われたのです。それ 勇気が出て、描い ては送り、描いては 送りを繰り返していました」

はじめて観た漫画映画
「僕が観 た最初の漫画映画は、『ポパイ』で す。当時、一年に一回か二回短編が きまして、それをふつうの劇映画の 間にポッとやる ー。また、ギャグ作 品では『のらくろ』の映画なんかも 観てましたね。それから何の作品だ ったか忘れてしまいましたが、サー カスの場面で、丸い太鼓を破ってブ タが飛びだしてくる・・・あの意外性が 強烈に残っています」

熱中した本
「漫画のネタを探そ うという特別の気持ちで読んだこと はありません。ただ、ちょっと生意 気になってきて、横溝正史)さん のものとか、江戸川乱歩)さんのも のを熱心に読みました。本は結構読 んだほうだと思います。 南洋一郎さ んの『吼える密林』なども好きだっ たですね。ギャグ的なものより冒険 もの、それにミステリーものが好き でした」

漫画の世界に入る前
「うちのほ うは漆器業が多いんですよ。町中が 漆塗りをやっていましたからね。漆 絵を描いたりといった、そういう 仕事をちょっとやっていました」

漫画デビュー作も やっぱり探偵もの

上京
「そんなときに、手塚治虫 さんから出てこい”ということに なったんです。でもね、僕みたいの ということで、親はもちろん反対 です。大体、そういう仲間がいない から、皆目見当もつかない・・・。 前後しますが、それでも漫画家志 望の同志を会津で呼びかけたら、四、 五人は集まりました。当時、東日本 漫画研究会を主宰していた石森章太 郎さんのお名前はすでに知っていま した。しかし、別の場所のグループ ということで、あまり意識はなかっ ですね。 まっ、僕たちのグループの中で上 京したのは、僕と平田昭吾) 君、 そしてもうひとり(いまは、どこに いるかわからないのですが)、順番 に手塚先生の門を叩きました。昭和 三十一、二年にかけてのことで、手 塚先生が新宿の初台におられたころ ですよ」

漫画家との交友
「当時、手塚先 生のところにはいろんな方が見えま してね。 古谷三敏君とか松本零士さ んなんかにも、よくお話をしてもら ったんですけど…。 つのだじろうさ んね、彼がいちばん先に僕に手紙を くれたんですよ。上京してから何回 会って、彼は理髪店のビルの下か なんかで描いてましたね。それから 高井研一郎さんなんかにもよく会い ました」

自立
「手塚先生のところにいた ということがよかったんでしょうね。 いろんな雑誌の編集の方と知りあい になったし、よく増刊号みたいのに ちょっと描いてみないかと言われて、 スペースをもらったり、付録なんか の漫画もずいぶん描きました。デビ ュー作は『少年画報』に掲載の『探 『偵学校』です。僕にとって初めての 連載でもあり、それがきっかけとな って少年画報社の専属になったんで す」

ギャグ漫画の動機
「しばらくは 手塚流で、アクションといっても、 今みたいにハードなものではありま た。その後の『鉄腕ベビー』 『魔犬ゴロー』にしても、まだまだ SF調、冒険調みたいなものだった んです。そして『少年マガジン』に 載せた『少年社長』 ―これは久米 みのるさんの原作で、少年サラリー マンものだったんですが、これもあ まりギャグ調にならなかった・・・。 ギャグ漫画のきっかけになったの は『ワンワン刑事』(『少年マガジン』 連載)。こういうものが体質的に合っ ているんじゃないかと思うようにな りました。描いたらみんなが喜んで くれて、ギャグ漫画というのはおも しろいもんだなって…」

アシスタント時代の想い出
「さ っきも言いましたように、編集者と 先生の間にはさまって、それが辛か ったですね。〝先生、二階でやってい る?”なんて聞かれて、実は二階に いなかったり、先生が寝るとき、〝何 時に起こせ”というんです。ところ カ 起こしても起きない。起こさな ければ叱られるでしょ。 いっしょに 仕事をやっていると、起こすのもか わいそうだし、起こすと”あと二分、 あと五分”という調子でしたから、 そのへんが本当に辛かったですね。 また、当時、先生は大阪に通われ ていて、原稿を向こうから送ってき ていたんです。それをこっちで着色 するわけですが、その指定を電話で するんですよ。”何コマ目のヒゲ親 父の洋服はグリーンの何号〟とか、 右端の部分はピンクの二〇”とい った具合に・・・、それも大体手塚先生 が決めたもので、今のアニメみたい に絵の上に番号がふってあって、そ れを塗れば間違いないというのでは なかった。それを一コマずつ、 “一回しか言いませんから、よ く聴いていてください”と言っ て、パッパッパッと電話で送っ てくる。それで塗りあがったこ ろ、先生が東京に戻って見え、 原稿を見る ちゃんと覚え ていて、 “ピンクなんて言いま せんよ、黄色って言いました” なんてことが、ずいぶんありました。 色の塗りかたなんて、本当にきたえ られました」

制作受注してから 動画養成所に入門

漫画からアニメへの転進
「これ には二つの理由があるんです。ひと つはアニメのほうが立体的になるで しょ。 その魅力がたまらなかったこ と。もうひとつはテレビが盛んにな ってきて、廃刊になる雑誌が当時増 え、その将来が危ぶまれ、そういう ものがなくなってしまうんではない かと思ったんです。〝これからはテ レビの時代ではないか”と、本当に 思いこんだんです。仲間からは〝横 道にそれることになるんだぞ”って 言われました。 しかし〝漫画である ことに変わりないんだから”と決心 したんです」

竜の子プロ
「同時に、チャンス の場というのがあったんです。亡く なった吉田竜夫さんと話をしている うちに、彼も同じような悩みと夢が あったんですね。彼はもともと絵の 描きかたでも、手塚先生のように全 部自分でやる方式をとっていなかっ た……。たとえば、主人公の顔にして も、あらかじめ横向き、前向き、後 ろ向き、大きいのや小さいのをとっ ておいて、ハサミで切り 貼りするといった具 合いに、合理的とい うかテレビ向き だったんです。 そういう人で したから、僕ら よりも事業にし たいという気持ちが強 かったんでしょう。そ れがきっかけになって、 アニメをやろうという ことになったんです」

第一作まで
「ところが、絵がす こし描けるというだけで、アニメ制 作のルールも何も知らないまったく の素人。たまたま、吉田さんのとこ ろに東映動画からアニメをやってみ ませんかという話がきて、原作、絵 コンテ、キャラクターまでやりまし ょうということになった。それにし ても何も知らないですから、東映動 画の養成所に特別入門させてもらい ました。準備かたがた、六ヵ月ほど 動画を一からやりなおしたんです。 そしてできあがったのが『宇宙エー ス』なんですよ」

TVアニメ制作の苦労
「いちば んきつかったのは『マッハGO、 O、GO』のころでした。竜の子プ ロにとっては第二作目で、初めての カラー作品だったでしょ。未知への 挑戦とはいえ、いろいろ問題があり ました。 カラー作品でありながら、当時 はまだ白黒TVで視聴 している家庭が多かったわけですよ。 だから白黒で視聴している場合を考 えた色つけをしないといけないんで す。失敗は「紅三四郎」で、目立つだ ろうと赤い柔道着にしたんですよ。 ところが白黒では赤が灰色に見えて しまう。恰好よくもなんともなくな ってしまいました。 それと『科学忍者隊ガッチャマン II』も苦労させられました。これは 竜の子プロの看板ですから、第二作 をやるか、やらないか、やろうと思 うと企画倒れになったんです。スケ ジュール的にも技術的にも大変では ないかと。 第一作の監督はもう燃え尽きて 無理だ”と言うんですよ。当時の僕 そこの長でしたから、やらざるを 得なくなって。あれはホントにしん どかった…」

ギャグアイデアは ギリギリまで待つ

アイデアの発想
「みんなとしゃ べっているときに出てきます。だか ら、いつも”何かないか”と言って から始まります。当時、何もないわ けです。それで、こっちから言いだ しますよ。〝これでやったらどうだ ろう”って。それに対しての手応え がありますよね。それに対して、ま さらに追いかけていく・・・。 漫画家 時代も何かないかい”って、身内 の者にいつも言っていましたから。 アニメの場合、一週間一本となっ てきますと、たえず”何かないか” の連続です。その点、ディスカッシ ョン・システムでやっていれば、ギ ャグのアイデアが枯渇することは、 まずないかもしれません。ちょっと したヒントをグーッと広げることは 訓練でできるんじゃないでしょうか」

ギャグの演出
「アイデアが出な いときは、みんな苦しんで下を向い ていても、とにかく追いかけ、しつ こくやります。まっ、テレビの場合、 スケジュールというのが絶対でしょ。 これに負けないというか、とことん まで、ギリギリまで待つということ ですよ。 “まあ、いいやっ” というときは必ず あります。 それをもうちょっと我慢して今日 は何も生まれなかったけれど、 は何か生まれるかもしれない” のしつこさ”が大事だと思うんで す。本当はそこまで時間があるはず なんです。 とにかく今日のものが絶 対じゃないのですから、明日のアイ デアへの期待感を持つように心がけ ています」

演出記念作
「机上アイデアでは なくて、映画的なテクニックのアイ デアというのがありますね。『ドカ チン』の放送分は残念ながら白黒だ ったんですけど、実は二、三本をカ ラーでつくっているんです。 これなんか大きな模型を造っ 実写と合成したんですが、 ひじょうによくできていて、 合成が気づかれないくらい融 和して、そのへんが実に楽し た。『おらあグズラだ ど』なんかヘリコ プターで撮影させ てもらったり、その意味では 想い出に残っていますよ」

好きなジャンル
「映画づ くりでテクニック の楽しさはギャグもののほうが少な い。 平面的というか、作画上のテク ニックは必要ないですから・・・。 その 点、SFものはいくら追っても奥が ない。まっ、ギャグもそうかもしれ ませんが」

ロングラン作品の秘密 「タイム ボカンシリーズの場合、一年ずつ まわりが変わってくるでしょ。です から、視聴者の底辺は同じですが、 パターンが変わってくるので、ちょ うど飽きてきたり、慣れてきたとき に新しいものがでてくる。その意味 で、一年というのはいいサイクルじ ゃないかと思うし、それが新しいん じゃないですか。それから悪役だけ を残して、あとは全部代えるという やりかたは、他にありません。 声優 さんでも、主役を新しい方に代えて もらっている、そんなところに人気 の秘密があるんじゃないでしょうか」

新ジャンルへの挑戦作
「制作ス ケジュールのきつさと、子どもっぽ を取り払ったという点では『怪盗 ルパン813の謎』は苦労しました。 推理ものだけに、ひじょうに理屈っ ぽいわけですよ。ダラダラしてしま うと離れられますし、ずっと引きず っていけるようなテンポにもっとし たかったんですが。 また、『青い鳥』については、い 勉強をさせてもらいました。とい うのは、僕自身、この作品について はよく知っていたつもりだったんで すよ。ところが、実はあんまり知っ ていないことに気づいたんです。始 める前に、専門の学者、研究者に会 って話を聞くと、みんな解釈が違う んです。青い鳥とは自由である” という方もいますが、〝真実である” という方もいて、どれが本当だかわ からない。それで、僕らサイドでは “真実”にしようとしました。 帯番組 だったので、哲学的なことを言って もわからないと冒険ものにしたが、 けっしてチルチルミチルという人 形劇でやる世界はやめようと…。 昔、書かれたものだから、世の中に はわからないことがいっぱいあるわ けで、それをわからせまいとする何 か、たとえば努力とかね、それをア ニメで表現するむずかしさを思い知 らされました」

好きな作品
「ちょっと極端かも しれませんが、『日本昔ばなし』で すか、あれはいいと思います。芸術 的にいいことはもちろんですが、ま 竜の子プロのリアルさというか、 しつこさというか、これも他にちょ っとなく、作品としては好きです。 これが竜の子プロの体質で、それを 失って欲しくありませんね」

これからの布石
「SFがかった ミステリーものをやってみたいです。 というのは、SFものはともすれば ヒーローものになり、肉弾戦になり がちでしょ。もうすこし頭脳プレイ でハラハラさせられるものがあって もいいんではないでしょうか」

無理をしない”で 流れる風に任せる
同業者として一言
「このごろの アニメ制作は、ひとつの作品づくり が始まると、連合スタッフになるん です。そのため、特色がなくなって きています。スケジュール上、そう せざるを得ない状況なんですが、ス タッフが三本くらいかけもちでやっ ているでしょ。ですから、ゆっくり 議論なんかする時間もなくなってい ます。たとえば”打ちあわせします” と言えば、いろんな人が見えますね。 ところが、必ずしも、その人が描く わけではない。持ち帰ってだれかに やらせるわけです。合理的というか、 分業化されたというか、電話一本で どんなスタッフでも集まるわけです が、どこで、だれが、どういう状態 で描いているか、まったく見当もつ きません。指揮者がいくら指揮棒を 振っても、演奏者がどこにいるかわ からない。それでいて慣れというの か、作品ができちゃうんだから。た しかに、技術は上がっているし、ひ とりひとりがプロフェショナルにな っています。しかし、それじゃ血が 通いません。アニメは手づくりの味 なんです。それを失ってしまった というもどかしさは、どうしようも ないですね」

自分の職業
「そういうもどかし さとは別に、この職業を選んでよか ったと、つくづく思います。おおげ さに言えば、いつ死んでもいいとい った心境・・・趣味が職業になっちゃっ ていますから。他に、趣味と言える ようなものがありません」

気分転換
「昨年、麻雀を教えて もらい、それが楽しみになってきま した。まだおぼえたてですが、スト レスの解消には実にいい。今日勝て ば、明日いいことがあると思ってや るでしょ、気分がよくなってギャグ の出方も違ってくる。ここは進んだ ほうがいいか、後退したほうがいい かということがあるとするでしょ。 僕は漫画家になるときと、アニメに 向かったときと、そういう経験を二 回していますから・・・それが麻雀の場 合、瞬間的に判断を迫られる。そこ になんか人生と相通ずるも あっ ていいんですね。 あとは映画を観に行ったり 目的 もなしに東京中を歩き回ることくら いが、僕の気分転換法といったとこ ろですか」

嗜好品
「タバコはまったくやり ません。アルコールも軽くたしなむ 程度で、雰囲気だけを楽しむほう」

睡眠時間と食事 「平均五、六時 間といったところ。アイデアに苦し んだりして月に二回くらい眠れなく なることがあります、食事はひじょ うに規則的です。漫画家のほうが不 規則ですね。アニメのほうは大勢で やっていますから、いざという場合 代役がき きますから」

スポーツ
「健康のた めに、水泳をちょ っとやる程度。週 に一度ぐらいは行 くようにしていま す。冬でも温水プ ールがあれば、そこに行きますね」

家族
「高校一年の男がひとりと、 小学五年の女の子がひとり、それに 家内の四人家族。長男が学校でアニ メーションクラブに入っているんで す。だんだん描きだしてきていると ころで、それが不気味・・・。(笑い) しかも、僕がつくっているものは あまり観ていないんです。 最初、『宇 宙戦艦ヤマト』に凝って、それが終 わったと思ったら『機動戦士ガンダ ム』。そして現在は『宇宙大作戦』に 夢中になっています。同時に、パロ ディ漫画を描いていますから、アニ メということではなくて、創作の面 が好きなのかもしれません。そのへ んが似ていると言えますね」 先輩・交友関係
「手塚先生は恩師で すし、いちばん尊敬 しています。あとは 仕事の仲間たち、久 里さんなんかも深いですね。 あとは僕の部下だった人たち ピエロの布川君とか鳥海 さんといったところですか」

生活信条
「無理をしないという こと。これは竜の子プロの社長が若 くして亡くなられたときに痛切に感 じたんです。あの方は、本当にいろ いろな波を自分で受けとめていた。 それが相当なストレスになったと思 うんですよ。それ以来、この考えか たが強くなってきまして、流れる風 といっしょに流れるという心境にな りました。だから、転んだときは転 ぶようになっていたんじゃないか、 転んだことでよくなることだってあ るでしょ。九九%うまくいって、あ ピシャッとなれば完全なものにな る。でも、その一%はわからない。こ の不思議さが人生には付きものだと 思うんです。それがおもしろいとい ったら変ですけど、ギャグって、こ の不思議要素をつくって見せるわけ でしょ、その意外性が人生なんじゃ ないでしょうかね」

1982

September

Comment [for “Tokimeki Tonight”, The Anime]:

原作は少女マンガですけれども。 男の人が読んでも、おもしろいもの ですね。バンパイア (吸血鬼)の出 てくる話ってよくありますが、この 作品は、毛色が変わっていて、新し 魅力を感じます。何しろ、バンパ イアが、かみついた人間や物に、変 身してしまうのですから。 作品の基調は、学園ラブコメディ ーといったところですから、当然男 の子との関係なども描いていきます。 原作も始まったばかりなので、オ リジナルの部分もたくさん出てきま す。ぜひ期待してください。

October

Comment [for “Tokimeki Tonight”, My Anime]:

キャラの性 格が単純明快 で、わかりや すいことがま ずいいですよ ね。その上、 変身するキャ ラが多く、一人ひとりのキャラの 中で二つの要素が描けることも、 ストーリーの展開の上で厚みが増 しますね。デリケートなタッチの 美術も、室内や建物、花、洋服な どを見てみると、細かいところま で注意が行き届いていて、女の子 ものという域を越えて、幻想の世 界を作り出していると思います。 そのロマンに満ちた世界の中で、 連発されるギャグがうまい具合に ミックスされて、夢のある日常性 を感じられるコメディーに仕上が っていると思います。特に力を入 れたいのは、メインキャラの女の 子二人の心の動きの複雑さを、画 面全体で感じるような描き方をし たいということですね。青春時代 の恋に対する気持ちは、けっこう 真剣なものがありますから、アニ メでは息づまりを感じるような恋 のゲームを描いてしまってはダメ ですよね。その点、この作品はギ ャグでもって、気分的にリラック して作品を楽しめる下ごしらえ が出来上がっていて、作る側も安 心して遊べる設定ですね。

December

Short Q&A [for “Tokimeki Tonight”, Animage]:

Q. 原作がそうだからしかたのないこ とだと思うのですが、もうそろそろ不 良っぽい男の子に女の子がホレルとい うパターンはマンネリだと思うのです が..。 (東京・関広明)
A. 原作が少女マンガのものは、はじ めての経験なので、ぼくにとっては新 鮮だったので、あまりそういう気はし ないのですが・・・・ それに、あの男の 子は、ほんとうは親思いで、気持ちの やさしい、いい子なんですよ。

Q. 蘭世の、ふだんの一見おしとやか 風のキャラから3枚目への移りかわり がちょっとしっくりきません。(東京・関広明)
A. 急にいい顔から本音の顔が出る、 これも新鮮でした。 ただ、音楽の人も 気にしていて、どうBGMをつけるか 悩んでいたようです。ぼくがいちばん 心配していたのは、目が急に点になる ところです。こういうことは通常アニ メーションでは考えられません。 ふつ うは中割りを入れて、動きをつくると ころですが、それではあの味はでませ ん。思いきって止め絵で表現してみま した。フィルムで見たら、案外うまく できていたように思っています。これ からも意識的効果的に多用して、蘭 世の魅力を表現していくつもりです。

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