Animage #023 (May 1980)

Fresh Camera Eyes #7: Tesho Genda

pg. 21-36: Cyborg 009

新たに描かれたオリジ ナル作品である。一話か ら 29話までは“宇宙樹編 人間を支配しようとする “神々”と、人びとの平 和と愛を守るために戦う 009たちの姿を描いて いる。 じつは“神々”の正体 はサイボーグであるが、 それゆえに人間を支配し なければならないとする 彼らの考えは、愛の女神 フレイヤを戦いの女神に 変えてまで戦おうとするところに如実に現わ れている。 これは人間もサイボー グも心が大事と考える 009たちと〝神々”との 理念の闘いの物語であっ た。すなわち、超越者、 一般人、サイボーグ戦士、 この3者の葛藤をテーマ にして描かれた作品とい えるだろう。

Comment from Takashi Iijima

1~9話までの 一連の は最初 クールから2クールつづ くはずでしたが、敵の神 々は実はネオ・ブラック ゴーストだったというこ とを最後まで隠さなけれ ばならず、それでは話が 大きすぎて作品のふんい 気が重苦しくなってしま う、009たちが華麗 活躍できないので急き よ、路線変更というこ とになったんです。 “宇宙樹編”がつづいて いたら、神々の正体が明 らかになるところをもっ とくわしく描けたはずな んだけどね。1話1話は おもしろかったんですが、 神々の正体をほのめかす 伏線がうまくいきません でしたね。

Comment from Toyoo Ashida

009では いままでのロ ボットアニメ と違うものを 出すために日常の生活感を強 調し、アクションとの描き分 けをしようとしました。だか ら、毎回サイボーグたちの出 かけるときの服が違います。 キャラ設定では、テレビ画 面を考えて原作より1頭身長 くし、手足も少し小さくしま した。 それと、ジョーは女性 ファンが多いからソフトで甘 い感じにし、ほかのキャラク ターも主役級なので、それな りの存在感を出したつもりで す。割と気に入っているキャ ラクターは岩の巨人、カジノ のマリリン・モンロー、それ メルヘンランドの口さけ女 ?! いちばん気に入ってるの はオーディンです。 自分の力の70%ぐらい出せ たのが1話で、ぼくのイメー ジはあれに集約されています。

10話から21話は各人のプライ ベート編として、それぞれの原 作にないエピソードや過去の因 縁話や女性関係などの新しい話 をギルモア博士をふくめた10人 を中心として、さまざまな国を 舞台に作られている。 今回のシリーズの中でも話 完結の明快な話の作り方で、キ ャラクターの魅力も十分に浮き ぼりされている。 視聴者からのファンレターも 一番多かったのがこのパート。 特に絶賛された話としては、若 かりしころのギルモア博士が出 てきた回(第13話 〝人食いメルヘ ンランド〟で登場)などの話があ る。

Comment from Ryosuke Takahashi

個人の話で 構成のパーて 2はぼくのね らいではなく 石森先生と東映との企画なんで すよ。神々編を中断しパート2 をやった理由として、スケジュ ールがなかったのと、材料があ まりに多すぎて消化できなかっ たためです。パート2をやって いるあいだに神々編の構想を練 ろうとしたんですよ。ですから パート2は宇宙樹編の前よりあ とという形になったんです。 ネオ・ブラックゴーストをや っているあいだに神々編ができ るという自信が、私やスタッフ のみんなが持ちはじめてオーデ インなどを出していったんです が、中途半端に終わってしまっ て残念です。

作品では、担 当演出の方が努 力してくれたお 鈴かげで、各話ご とにバラエティーが出て、よい 作品になりました。こちらのリ テイクなどの要望も全面的にき いていただけ、ありがたく思っ ています。 NBGを出すあたりで考えた ことは、いままでのアニメにな かったものをということで、3 兄弟を出したんです。それと、 ラストでのドンデン返しをねら ったガンダールの存在ですね。 この首領たちとガンダールの 対決は、人間の中に巣食う善と 悪を強調するキャラクターとし 設定しましたので、内面や心 情を中心に作品を作りました。

Comment from Takeyuki Suzuki

22話からはネオ・ブラックゴ ースト編である。 NBGの首領の3生児たちは 決して009たちの前には姿を 現わさない。世界各地にある組 織につぎつぎと命令を下すだけ だ。 彼らはサイボーグたちの人間 的なやさしさにつけこんでくる。 世界征服の野望のために、とき にはジョーやフランソワーズの 親友や幼なじみまでも、その非 情な戦いに巻き込んでいった。 3生児はいわば人間の心の中 の悪を象徴しており、対する善 はガンダールであった。最初は 知らずにNBGに利用されてい た彼だが、自分の存在意義を悟 り、サイボーグ戦士とともに悪 の前に立ちふさがった。

OP/ED thoughts

昨年2月中旬、日本コロムビアにて成田 賢による吹き込みがおこなわれた。テレビ アニメの主題歌は、はじめてという成田賢 だが、自作のLPまで出している自信もあ って、緊張感はそれほど感じられなかった。 石森氏も直接、成田賢にイメージを伝えた 熱の入れ方もひとしお。 せまいミキ サールームの中に、約20名の関係者がつめ かけての4時間。声もかすれるほどに、 り返しくり返しNGランプがつく。 成田賢 コロムビア音楽ディレクターである木村 氏の、まさに真剣勝負、一騎打ちという感。 少しでもイメージが違うとNGを出す木村 氏。 そのきびしさは、ほかのスタッフから 「もういいでしょう」とタメ息まじりのつ ぶやきが出てくるほどである。 こうして終了した吹き込みだが、後にな って、「実は2番があったんですよ。これ は、1番と3番なんですよ」と関係者が教 えてくれた。また曲自体もA、B2曲作ら れていて、実際に採用されたのは、Bのほ うで、Aの曲とそれにあわせてあった歌詞 もボツになったとのことである。 この2番となるはずであった歌詞とは 轟く雷鳴よく似合う 機械の戦士とひとのいう だが9人は赤き血を 緑野に咲かす愛の花 怒りに咆える胸の音 笑顔に隠す涙雨 サイボーグ戦士 誰がために戦う サイボーグ戦士 誰がために戦う いままで、1番から3番まであって、テ レビで流れなくてもレコードには収められ ていることは、しばしばあった。それを考 えると残念である。ほかの作品でも同じよ うに幻となって消えていった歌詞が、たく さんあるのかもしれない。

Comment from Kosei Tomita

ギルモアの場合は、 そそっかしい部分と 鼻の大きいところを どう表現するかが課題でした。ほかの 仕事ではあきらめてしまう部分も、サ イボーグの場合は本当にもったいない という気持ちで努力しました。 この9人のすばらしいキャラクター たちも惜しいですし、終わる必要はな いと思いました。最終回のアテレコで はつめかけたファンのようすを見て、 ひとつのすばらしい作品が終わってし まうんだなと実感しました。

Comment from Sachiko Chijimatsu

001は実の父に 改造されて、その父 親っていうのが敵方 なのね。それで父親との再会は、仲間 のサイボーグたちに対しての裏切りに なってしまうので、小さいながらも悩 んじゃうのね。 1歳の赤ちゃんの役だったんだけど カタコトじゃなくて、テレパシーでし ゃべるわけ。そのテレパシーをどう表 現しようかっていうのを、最後まで悩 みました。実際にどんな感じなのかが どうしてもわからなくてね。

Comment from Kazuko Sugiyama

石森作品ははじめてでしたが、好き なキャラでしたし、スタッフやキャス トとともに楽しいふんい気でやれまし た。終わったときは何か物たりないと いうか、あしたにでもまたはじまるの ではないかと思いました。 印象に残っている作品は『ジャング ルからの脱出”で、自分の命を捨てて もジョーを助けるみたいな、女性のす なおな姿が出ていましたからね。それ と、第1話の迫力に は新しいショックを 受けました。

Comment from Banjo Ginga

TV用にデザインされた005に、 ぼくは男の哀愁といったものを感じ、 愛着の強いキャラでした。口数の少な 2005を表現するため、うなりひと つでも手を抜かず、録音のときには入 れすぎるぐらい入れました。 印象が強いのは005をやるといっ た緊張感があった第1話です。あと、 “大西部に散った友情”ですね。 終わり方は唐突で、話の展開に納得 がいかず、何かやり 残しているような気 分で、残念でした。

Comment from Sanji Hase

はじめ、台本には「アル」と指定し てあったんだけど、私は決められるの がいやなんで、濁音をとるように話し てみました。台本どおりにやるという のがきらいだから、動きに合わせてふ くらませて演じます。自分の身の上話 をやった回が印象的でしたね。カジノ 攻防戦でもいい役だったし。 とてもい い体験でしたよ。人気番組に出られて うれしかったし、ファンレターがふえ てたくさんの友人が できたこともプラス だったしね。

Comment from Kazuhiko Inoue

この1年間、いろ いろなことがあった ような気もするし、 その中で自分も自然に育ってきたよう な気がするんですよ。終わったという 実感がないんです。 ぜんぶの作品はそれなりに印象深い のですが、その中で“裏切りの砂漠 が一番印象に残っていますね。 いま、ぼくの頭の中では1年間やっ た50本という作品が順不同で飛び交っ ているという感じ。ですから、どこを どうしたといわれると困りますね。

Comment from Keiichi Noda

前作では008で 出演しましたが、今 回の002は別に抵 抗もなくやりました。今回の作品は娯 楽の部分もありますが、サイボーグの 悲哀がちょっと強く出ていましたね。 ウエストサイドの決闘”を印象深く 思っています。クールでいてナイスガ イといった002の人間性を出せて、 このあとやりやすくなりました。 これからおもしろくなるというとこ ろで終わって残念でした。まだまだや りたかった・・・・・・。

Comment from Keaton Yamada

後半とってもおもしろくなり、もう 1クールほどやりたかったな。最終回 のときは、いつもおとなしい人もはし ゃいだりしていて、終わりの残念さが 出ていたね。 この1年で、思い出に残っているも のはやはり昔の恋人”とのシーンだ ね。死神の異名をもつ、もとになった 話だし。また、ほかでは全編とおして みると、大人どうしのかかわりある話 が多かったので、子 どもの話が入るとめ だちましたね。

Comment from Kaneta Kimotsuki

007のキャラクターは憎めない3 枚目といったところですが、ぼくとの 共通点は、おっちょこちょいでサービ ス精神があるっていうところだと思い ます。変身でおもしろかったのは、ガ ンダールにぼけたときで、それまでは 動物ばかりにばけていましたからね。 最終回のアテレコのときは、これで 終わりだという感じがあって、いまひ とつはずまず、台本の第50話という題 名がやけに目につき ました。終わるという のはいやなもんです。

Comment from Kōji Totani

終了とは、非常に残念ですね。レギ ュラーは今回がはじめてなんですよ。 前々からいっているんですが、ぼくは 008にほれ込んでいるんですよ。あ とは彼のほうがほれてくれるのを待っ ているんですよ。そうならないうちに 終わってしまったけど レギュラーの先輩がりっぱな方ばか りで、もっといっしょにやって勉強し たかったですね。野田さんに自分なり にやりなさいとアド バイスを受けたとき はありがたかった。

Comment from Akiyoshi Sakai

ぼくのシナリ オはアン・ハッ ピーに終わることが多いらしくて 薄情なやつだとか、いつもふられ てばかりいるんだろうとかいわれ ています。でも、つくるほうが同 情してはいけないと思う。 主人公 が窮地におちいり、乗り越えると きにその人物の魅力がでてくるん ですよ。だから、視聴者にかわ いそうだ”と思わせなければいけ ない。それで、いつも憎まれてい るわけ。 ライターというのはスターをつ くる影の仕事だから、作者はいつ も3枚目で、くやしいから、毎回 カッコいい主人公になったつもり で書いているんです。 ぼくの好きな話は「ウエストサ イドの決闘”、“裏切りの砂漠〟な ど、主人公の心情を描いたドラマ 性のあるもの。009に関しては ぼくのイメージ通りでした。

Comment from Masaki Tsuji

009はSF アクションもの ということで、ぼくの好みのジャ が全滅するというので、あわてて 路線変更しました。大上段にふり かぶって、だんだんしりつぼみに なって終わった感じです。 009は気負いすぎたり、いじ けたり、精神的にはよくなかった ですけど、機会があったら時間を おいてパート3をやってみたいと 思っています。

Comment from Koji Murata

曲はイメージ どおりいきまし た。レコードやテーマ曲、メロデ ィーなど、他番組などと比較して 点数をつけるならば80点です。 音楽のつけ方としては 2009ら の宿命とカッコよさのバランスを 考えてやりました。イメージにあ う音楽がないときはつけかえたり ほかのレコードからもってきたり その場で口笛を吹いたりしたこと 数本ありました。 1年間の苦労というよりも、毎 回毎回が苦労で、話がむずかしい ときは特に苦労しましたね。 フーガ調の音楽を絵にのせたと きみんなが賛成してくれたのはう れしかった。でも、反対意見があ まり聞かれず、ちょっと手ごえが なかった感じですね。 音楽がよければ、作品のよし悪 るセリフをなおしたりしていまし た。001は分析して指示を出し ますが、それも命令ではないよう にしましたし、ギルモアも命令者 のようで命令者ではありませんし ね。とくに、二人がいっしょにで てきたときはセリフに注意しまし た。 また、1年間を通じて実験的要 素もとりいれました。音楽に関し ていいますと”レコードは絶対、 ヒットさせよう”と意識して作り ましたし、聞かせようとしました。 ですから、音楽自体は非常によか ったと思いますよ。それと、欲を いえば、もっと音楽をたっぷり聞 かせる場面を多く出したかったで すね。それだけが心残りです。

Comment from Toru Hasegawa

従来、日本サ ンライズでは作 品数2~3本が平均。ところが、 この時期 “009” が入って計5 本。そこで、009のため新しい 制作班をつくったんですよ。面識 のない演出や進行さんがはいって きて、気心の知れない状態で制作 をはじめたため、当初は苦労しま したね。 放映本数に対してスタジオ・ア ニメーターはふえていないため、 ンルでした。 ソフトボイルド・ア クションとでもいいますか、要す るに笑える部分のあるほうが好き なんです。 日本人は絶対に勝てないような 相手に立ち向かっていくというの が好きですからね。 大和魂かな。 それを出すために第1話で神に立 ち向かうようにしたんですけど、 あまりに敵が大きすぎて、このま まだと2、3回でサイボーグたち しにかかわらず、話はかなりおも しろくなると思います。

Comment from Katsumi Ota

009という のは命令者がい なくて、みんなが一丸となってぶ つかっていくチームワークが主題 なので、台本で命令調になってい 実力のともなわない新人を使わざ るをえないんです。絵の水準を引 き上げなければならなかった芦田 さんが一番苦労したと思いますよ。 今回かなり気を使ったのは、や はり原作のイメージをどこまで生 かしきれるかでした。原作どおり では必ずしも現在にシンクロでき ない部分があったので、そのへん を変えたりしたわけです。 でも、たのしい仕事でした。

最終話のアテレコ日は

3月3日 (ひな祭) くもり。 最終アテレコの取材。 場所は東 京の四ツ谷にある映広音響。 録音 の開始時間もまえから、30人以 上の女子中高生ファンが集合。 放送終了ということで泣いたり、 受付に入ってくる声優にサインを してもらったり、花束を渡したり と、その反応はさまざまである。 受付の部屋は制作スタッフ・声 優・取材記者でゴッタ返し。人数 はおよそ30人。“最終回”の空気 がいやでも漂ってくる。 刻々と録音の時間がせまる。 ス タッフや声優の人たちがスタジオ 入り。階段には人一人やっと通れ るぐらいの空間があるだけ。「ガ ンバッテください」とファンがひ とりひとりに声をかける。 スタジオ内はいつもとかわるこ BG? となく、お茶とお菓子が並ぶ。 み んなお菓子をほおばる。 談話 アテレコ台本を見ながら「…N なんじゃこれは。長島・ 馬場・・・のことか!?」 などのダジャ レも飛び出す。しかし、その声は、 どことなく重苦しい空気の中で聞 こえていた。「本番」のランプが つく。 ついに仕事おさめか……。 さよなら、「サイボーグ009」!!

原作のなかでも人気のあるシリーズ—

今回のサイボーグシリーズで、 最初のキャラクター作りと、イン サイド・ストーリーをのぞいた全 体のシノプシスにたずさわった原 作者の石森氏の意向と“宇宙樹編” 特にその中でのオーディンの存在 にそれなりの結論をだそうとして いたスタッフたちの意図は、期せ ずして”ネオブラックゴースト編” のあとのシリーズとして”ミュー トス・サイボーグ編”を企画する にいたっていた。 原作の中でも暗殺者編”” トナム編” “地下帝国ヨミ編”と ともに、この”ミュートス・サイ ボーグ編”は根強い人気をもって いる作品で、サイボーグシリーズ の流れの中でひとつの区切りとな っている。 原作では、ギリシャ神話のオリ ュンポスの神々をモデルにした、 ミュートス・サイボーグ・グループ は、試作品であった009たちの 能力をはるかに上回り、彼らとの 戦いに009たちは強い結束力だ けを武器に立ちむかうのである。 たがいに加速して戦っている最 中、アポロンにほかの能力はと かれあとは勇気だけだ”と答え るジョー。そのアポロンとともに 炎と燃えつきるヘレナ。最後の決 戦では敵も味方も島とともに消え さるといった場面が連続し“その 後、サイボーグたちの運命を知る ものはだれもいない”というラス トでファンに強烈な印象を与えた 作品であった。 原作者の石森氏は“ミュートス・ サイボーグ編〟についてつぎのよ うに語っている。 ぼくはギリシャ文化をはじめ、 神話が大好きなんで、そういうの を基にした話をよく創るんだよね。 ミュートス・サイボーグの中では ヘレナが一番人気があるんだけど、 これは劇場用009のときに作画 を担当したアニメーターがヘレナ に思い入れ、すごくていねいに描 いてくれたんで、大変きれいにで きているわけ。009から独立し てヘレナファンができたくらいで ね(笑)。そういう意味でも、また ヘレナを出すわけにいかないんで、 アルテミスというキャラを新しく 出したのね “ミュートス編” “ネオブラックゴ ースト編” など動 物がたくさん登場 するのは、ぼくが 動物好きだから。 昔、動物マンガを描き たかったんで、一生懸 命、デッサンを練習し たんだよね。だから、 ことあるごとにそのデ フォルメした動物をい っぱい出すんだな。 カバ男なんてのもおもしろいキ ャラクターだよな。あれは本当に 神話に出てくるんだけどね。その イメージをマンガにしただけなん だけどサ。そのうち、インドや中 国などの東洋神話を基にした話を 創ってみたい。 いずれにしろこの”ミュートス・ サイボーグ編”は、スペシャル番 組なんかの1時間なり2時間なり でまとめてやれる素材だし、また もう一度やろうと思っています。

くわしく決まっていたストーリー構成

ミュートス・サイボーグ編”の ストーリー構成は、すでにシノプ シスの段階を終え、3話分のシナ リオ第一稿まで完成していた。 ここでは、新シリーズの企画意 図や、展開方法についてを語り、 スタッフの方々の熱き血潮に少し でもふれてみようと思う!!! 昨年秋に企画の出た「サイボー 「グ009」延長のために動きだし ていたスタッフは、原作の”ミュ ートス編”のよさを残しつつ、い かにオーディンとを結びつけるか で、終始議論をかさねた。 また心情面が強く出て いたNBG までの作り方をそのまま生かすか、 などについても考えた。その結論 として、人間を超えるものとして、 サイボーグの優越性におごりたか ぶった彼らは、みずからを神と名 のり人間を支配しようとする。 オ ーディンひきいるサイボーグたち のこの考え方に対して、009た ちは人間の平和のために戦うのが サイボーグであるという信念を持 っている” この2つの対立するものの戦 をとおして、サイボーグとはいっ たい何なのかを改めて考えなおし てみようというのが“ミュートス 編〟の主題である。 そして、このシリーズのねらい はサイボーグ対サイボーグの悲壮 戦闘を中心にして、ストーリー を展開させていき、能力と能力、 性能の限界、また戦いのカラクリ といったものをおもしろく、かつ 華やかに描いていくということで ある。 ここで『009』チーフ・ライ ターである酒井あきよし氏の話を 聞いてみよう。 前回の009は心理的な描写 に重点を置きすぎたので、全体の ふんい気が重くなってしまったけ ど、今度予定されていたミュー トス・サイボーグ編”は、サイボ ーグの能力をフルに発揮して、派 手で華麗なアクションを展開する はずだったんです。 敵のサイボーグは試作品である ゼロゼロナンバーよりはるかにす ぐれているんですが、主人公たち は精神力と人間らしさで敵にうち 勝っていくわけです。 サイボーグ暗殺編といった形式 なので、いままで敵を追う立場だ った009たちが、今度は追われ る立場になってしまいます。つま り、いままでは自分たちの機械で ある部分をかくしてきたわけなん ですが、今度は機械である部分を さらけだして、能力を限界まで使 わなければ生き抜けないところま で追いこまれてしまうんです。人 間として、人間らしく生きるため には、機械として戦わなければな らないという矛盾がでてきてしま うんですね。そのへんを追求しよ うと思っていたら延長ならずで。 この話、やりたいんだけどなぁ。

オーディンの復活とラストは・・・

ストーリーの展開を追うと、ネ オ・ブラック・ゴーストが滅び、 世界に平和がよみがえった。 サイボーグ戦士たちは、人間と しての幸せを求めて、それぞれ世 界各地へと戻っていく。 新しいギルモア研究所に残った ギルモア博士は、001とともに 日々を送っていたが、サイボーグ たちのいない生活は寂しく、味気 ないものであった。 そんなある日、新聞に載ってい た小さな記事は、ギルモア博士の 不安をかきたてた。それは、半人 半馬の怪物が現われたという記事 であった。001も、危険の前兆 を感じとっていた。だが、それが あのオーディンに関連するものか どうかは、はっきりしなかった。 この不安をみんなに相談するた 各地のサイボーグを、ギルモア 博士はたずねた。だが、それぞれ の生き生きとした姿を見るうちに 何もいいだせなくなって、その地 を去るのだった。 その博士のそぶりに気づいたジ エット、アルベルト、ジョー、フ ランソワーズは研究所にもどる。 そのころ、張々湖、ブリテン、 ジェロニモとピュンマには新たな 敵の魔手が迫りつつあった。 ケンタウロス、ポセイドンとい ラミュートス・サイボーグの攻撃 をやっとの思いで切り抜けたサイ ボーグ戦士たちは、ギルモア博士 のもとに集結し、人間を支配しよ うとする〝サイボーグ帝国〟に対 して立ちあがった。 敵の攻撃によって研究所を失っ た009たちは、襲いくる刺客を 倒していく。しかし、敵の繰り出 す新型サイボーグの性能の高さは、 サイボーグ戦士たちの中にカゲリ を落しはじめていた。 そんなとき004が009たち を裏切って、サイボーグ帝国側に ついた。実はオーディンを倒すた めであったが、これはみごとに失 敗し、004はアポロンと対決す るはめにおちいる。004は善戦 したが、しょせんアポロンの敵で はなかった。だが、004を見守 っていた009の加勢で状況は一 変した。004と009の連係プ レーは、能力の限界を超えてアポ ロンを倒したのだ。 サイボーグ帝国が月にあること を知った009たちは、ドルフィ ンⅡ号を改造して、月へと向かう。 というストーリーを見せてくれ る予定だった。この後ミュートス たちとの闘い、オーディンの結末 にふれるのはやめておこう。 べつだんもったいぶるわけでは ないが、ここで書いてしまうには もったいないからだ。ゆるしてほ  しい……。

つぎのシリーズは成るか

以上、見てきたように原作者の 石森氏をはじめ、スタッフ一同は 『009』に再度とりくみたいと 熱望している。 この”ミュートス・サイボーグ 編〟だけでも、埋もれさせずに日 の目をみさせてほしいものだ。 それは新しくシリーズ作品とし てではなくとも、最近続出してい るスペシャル番組、あるいは劇場 用作品として構成してもらえれば 十分に見ごたえのある作品になる にちがいない。 現在のところでは、白紙の状態 になっているため、製作されるか は不明確というのが正しいが・・

Movie Announcement

3月で終了したこのサイボーグ009 が、年末新作劇場用として上映の予定。 現在、シナリオ作成がおこなわれてお 第2稿までにつまっている。 9人のサイボーグ戦士のうち、 2~3 人のキャラ設定の一部が変わるなどの情 報もあり、本誌でもいずれ詳報の予定。

pg. 37-40: Gordian Warrior

pg. 41-44: King Arthur: Prince on White Horse

pg. 45: Zukkoke Knight – Don De La Mancha

pg. 46-47: Space Runaway Ideon

5月8日より 毎週木曜日夜6時45分から7時15分。 東京12チャンネル系にて放映

新番組・伝説巨神 「イデオン」の制作がい よいよスタートするというので、まずは日本 サンライズのスタッフルームを訪問。西歴2 400年、異星人との出会いを描くというこ の作品は、いったいなにをねらっているのか、 ブロンソン氏こと、並木敏氏をたずねてみ た。(本誌ページ・ライナーノート参照)

AM.「イデオン」という作品を通じて何を語りたいと考えているのですか?

Satoshi Namiki. この作品は異星人とのコンタクト物語 なんですよ。つまり異星人と出会ったとき、 地球人はいったいどう対処するだろうかと考 えてみた。相手も同様に、地球人と出会った らどうするだろうかということを、語るとい うより、まず考えてみたいと思いました。

AM. その両者の接触を描くのが中心になる のですか? たとえば映画「未知との遭遇」 では、宇宙人は地球とただ交信をとりたいと いうのが目的。相手のことを知りたいと望ん だわけですが、この場合はどうなるのでしょ

Namiki. まず、戦いがあります。 この作品の場 合、異星人のほうがある伝説にこだわって攻 撃してくることになるのです。

異星人と地球人とが出会う場所はソ 口星。 ここは地球人が移住を開始した ばかりの星だった。 そこへ異星人がや ってきたというのは、ある伝説のエネ ルギーを捜す旅の途中だったのだが、 その伝説とはなにかについて、 長谷川 徹プロデューサーはこう話す。

異星人は伝説を追って旅する

Toru Hasegawa. 異星 人のあいだで 語られている 伝説というの はイデ いうかなりパ ワーのあるエネルギーの存在を伝えた ものなのです。しかし、実際に存在す るのか、またどこにあるのかだれも 知 らないわけだから、異星人が にきたのも近くにきたからというだけ。

AM. しかし、異星人はそのエネルギ ーを手に入れる必要があるのでしょう ずいぶん、のんびりしていますね。

Hasegawa. いいえ、べつに“イデ”を手 に入れないと故郷が滅ぶとかいう事情 があるわけではない。彼らは伝説を追 いかけているのです。

しかし、伝説のエネルギーが実在す るとバッフクラン側が思いはじめたと き、戦いははじまることになる。なぜ なら、バッフクランがそのエネルギー がソロ星にあると信じてしまったから なのだ。地球人が発掘した第6文明人 のものと思われる遺跡。その遺跡の中 の巨大ロボット「イデオン」こそが伝 説のカギをにぎると思い込んだのだ。 また、地球人がいるのは移住星だから、 戦局は自分たちに有利ともふんだのだ った。 そこで「イデオン」とイデ〟の関 係はどうかを富野喜幸氏に聞いてみた。

“イデ”ですか・・・ウ~ン。

Yoshiyuki Tomino. それ まだ不明なの です(笑)。 “イデ” をエ ネルギー源に しているから 「イデオン」と名づけたわけではあり ません。エネルギーの性質そのものに ついても、設定がかたまっていない状 況ですから……。

AM. まだ、お話いただけませんか?

Tomino. ええ(笑)。 あらすじ

人口の激増や資源の枯渇により、人類は宇 宙への移住を進めていた。アンドロメダ星雲 内のソロ星はそのいくつかめの移住星。 そこ 地球人は第6文明人の遺跡を発掘。それを 知ったバッフクランは、遺跡に伝説のエネル ギーの秘密があると直感し、攻撃してくる。

動かしたときの立体感

Comment by Tomonori Kogawa

この作品では骨格 を土台にした絵を描 きました。といっ も、ぼくはアニメー ションの場合はとく に骨格をしっかり描 くようにしていますけど。 そ はアニメは動くので絵が球体だ からです。 動かしたときに骨格さえしっ かりしていればおのずと立体感 がでる。目ばかり大きいような 絵では、表情もとぼしくなって しまうものです。

レコーディングも完了!!

3月7日、 キングレコードで主題歌 『復活のイデオ ンと副主題歌 コスモスに君と』のレコーディング が行なわれた。 両作品ともに、 作詞が井荻麟氏。 作曲 が、すぎやまこういち氏というベテランを起用した自 信作。 ことに副主題歌は美しい曲なのでご期待あれ!!

Comment by Koichi Sugiyama[English Translation]

この作品はいい 歌手に恵まれたね。 2人ともうまいよ。 今回はね、おとな の鑑賞にたえる歌 をつくろうとスタ ッフと話しあった んだが 『コスモスに君と』はまったく おとなの歌だね。美しい曲でしょう。 音楽祭に出しても恥ずかしくないよ。

Comment by Isao Taira

『復活のイデオ ン』はメロディー が複雑でむずかし い歌です。 むずか しい歌を歌うの、 しばらくぶり。ふ だんはもっと子ど も向けの曲を歌っています。 おかあ さんといっしょなど。 4月からは阪 神タイガースの応援歌も歌います。

Comment by Keiko Toda

『コスモスに君 と』っていい歌で しょう。人に歌わ れなくてよかった なって思っちゃい ました。 この歌、 よくよく詩を読む と哀しい詩でしょう。なのに明るい作 り方をしている。 哀しい詩を哀しいメ ロディーにのせないところがステキ。

pg. 48-49: Tsurikichi Sanpei

pg. 50: Ganbare Gonbe

pg. 51: The White Whale of Mu

Animation Screen ’80

pg. 54-57: Toward the Terra

「宇宙はイマジネーションの世界」
2、3センチ大の偶然のマチエルを拡大すると・・・
 「まず最初に、宇宙が舞台 ということで銀河系をぬけ たときは、どんな宇宙空間 になるんだろうという想像 があった。いままであった ものではなく”地球へ・・・ の宇宙空間を作りたい…。 SFの宇宙はアメリカでも 絵かきのイマジネーション の産物ですよね。 で、具体的にはああでも ない、こうでもないとみん なで勝手なイメージで描い 背景に、偶然にできたマ チエル(肌あい、色むら、絵 の具のはじけなど)を拡大す るといった方法をとった。 せいぜい2~3センチ大のものを写 真をとって数100倍 にひきのばすんで す(上と右の写真の背景に注目)。そ うすると、実に効果的な宇宙空間が できあがったわけ。これはコロンブ スの卵でしたね。 できあがってみると、なぁんだと 思われそうだが、そこにいたるまで は、大変な苦労がありましてね (この、2~3センチ大の偶然のマチ エルを写真に撮り拡大する、という方 法は、昨年10月ごろからずっと外部に は秘密になっていた)

「いまの科学からはでてこないメカの発想」
人間側とミュー側のメカを描きわける
 「メカも美術グループの産物なの ですが、まず考えたのは、200 0年も先のメカというのは、既成 の科学からおしはかっていったも のではないだろうということ。 結 局、いまの科学を否定し、飛びそ うもないものでも飛ぶだろうし、 また飛ばしちゃえばいい、という ことになった」 ーそれにしてもミュー側の乗り 物はトッピですね? 「ミュー側のメカは、家でこたつ に入っていて、部屋にかざってあ る貝ガラが、あまりに神秘的でフ ァンタジックだったので使ってみ たくなった」 ーミュー側と人間側の乗り物が 一目で区別できますね。 「話自体が大変むずかしいもので すから、メカはなるべくパターン 化したんです。つまり、ミュー側は 曲線が多く、幻想的。 管理社会下に ある人間側は直線的、合理的で、し かも、ものものしく息がつまりそう な感じを出して見た。色も、ミュー 側は透明感を大事にし、ブルーや緑 などを多くしている。人間側はリア ルな、 赤黄茶色などを配してみた。 ただし、宇宙空間の話もそうだが、 こういうものは、アイディア、思い つきだけではだめ。 スー っとその世界に入れるよ うな伏線が必要だし、前 後が大事で、またそうい う実在感を出すような方 法をとっています。 とにかく”未来” のい ろんなフォルムの舞台に、 いまのメカがあわなくな ってきましたね」

発想は飛躍していても力のある映像にしたい」

Interview with Isamu Tsuchida

土田勇美術監督ー長靴をはいた猫、どうぶつ宝島、長ぐつをはいた猫・80日間世界一周、 龍の子太郎などの美術を担当。SF初体験。

Q. SFがはじめてでは資料などだいぶお読みに?

Tsuchida.「それ これが、ぜんぜん。いまさら資料 見ても遅いですよ。あくまでイメー 勝負です。 “龍の子太郎”のよ うな昔の世界も地球へ…”のよう 未来の世界。 想像の世界という ことにおいては同じ。ようするに、 いかにもっともらしく描く かということですね。でも、 こうして 話を聞いて くれるのはありがたいです む。以前は単なる背景だけ でしたから…..。一つの絵、 一つの映像文化として定 着しつつあるということ でしょうね」

Q. 背景の枚数が600枚と いうのはふつうの作品に くらべて少ないですね。

Tsuchida.「そう、強というとこ ろ。でも、それだけ密度 はでています。きょう、 ラッシュを一部見たんで すけど、発想は飛躍して いても絵に説得力があり 耐えられる画面になっ いると自分では思ってい ます。力のある映像にし たいですね」

Q. いくつか、いままで にない宇宙空間がでてく ると聞きましたが…….

Tsuchida.「ええ、特殊な宇宙空間 が数種類でてきます。そ うじゃないと、ナスカから地球へ、 長いこと旅した感じがつかめない」

Q. たとえば?

Tsuchida.「口ではちょっと説明できないけど、 ホタルがとんでいるような宇宙空間 などが……。 ふつうの銀河系もでてきます。」

Q. コンピューターも、ちょっと変 わっていますね。

Tsuchida.「コンピューターが人間を支配する 時代、そういうときのコンピュータ ーはどういうものになるんだろう? という最初のカベがあった。 う、生命をもっているんじゃな いだろうか….そうするといま までの機械的なものでは合わな い。メカだろうけど生きもの・・・。 ここまできて、完璧なコンピュ ーターというのは、人間のなか にあるだろうと、恩地監督のサジェ ッションがあった。つまり、脳・目 ・耳などだ。そうして生まれたのが この(写真上) コンピュータ」

Q. あと、この映画の見どころを…。

Tsuchida.「ミューの母船が光を放ち、旅立つ ところなど、動画1000枚をつか い、じつに壮大な感じ。そのとき、 旅立ちの曲がかかる ほかにもたくさんあります」

Q. 思念波の処理は?

Tsuchida.「不可思議な画面。攪乱さ れているだけだから、客観 的に見ることはあり得ない。 感じさせられている側のカ メラショット中心となる。 この映画は“驚き”が随所に 出てきます。演出的にも映 像的にも、あれっ?と思 うような場面がいくつもあ と思う」

Q. まったく、はじめて出 会ったスタッフの印象は?

Tsuchida.「須田正巳作画監督の絵は、華麗で はないけど、底力のあるしっかり 絵だと思う。恩地監督はアニメを 大きくとらえ、オレならこうすると いう要求を現実的妥協なしに出して きた。大変苦しんだが、やってみて、 何だできるじゃないか、ということ が多かった。 非常に得るところも多 く、とにかく、知らない同士の人間 関係の緊張感を乗りこえたときにで てくるものを信じてやってきたつも りです。単なる思いつきでは絵をか きたくないし、目新しいものをとく においかけていたわけでもありませ ん。結論をいえば、不可思議が実在 感をもってくれれば成功だと思って います。最後に、私がこうして話し ているが、あくまで美術スタッフ代 表ということで、みんなの総結集で でき上っている。とくに、背景担当 サブチーフの松本健治さんは、私が ふんい気で伝えたことを具体的に映 像化してくれた。ほかの美術スタッ フ5名も、じつに濃密に仕上げてく れたことに感謝しています」 (その他、背景とキャラクターを遊離 させない方法=くわしく記せないのが 残念など、この映画では、さまざま な試みがなされている。そういった面 からも期待作といえよう)

pg. 58-59: Ganbare! Tabuchi-kun

pg. 60: Space Battleship Yamato, Doraemon, Unico, Cyborg 009, 3000 Leagues

pg. 61-69: Discussion

アニメ映画、映画界を席巻す! スポーツ、芸能誌のみならず一般紙誌ま で巻き込んで大いに騒がれたこの3月の アニメ映画の一大ラッシュ。なにせ、春 休みという映画界にとって絶好のかき入 れどきに、5系統の映画館がいっせいに アニメ映画を目玉商品としてかかげたの だから、日本の映画史にとっては、ひと つの事件といえよう。 この異常現象は、単なる一過性のブー ムなのか、それとも、アニメ映画が既存 の邦洋画と並ぶ“一人前の映画ジャン ル”として社会的に認知される先駆現象 なのか。大騒ぎしながらも、専門家たち でさえ見通しがつきかねるというのが現 状のようだが、そのカギをにぎっている ともいえる映画の配給・興行会社の内情 をレポートしながら、アニメ映画の今後 を占ってみた

「きょうはジョー” きのうは”ドラえも ん”その前が“火の鳥”……このところ試 写会っていえばアニメばっかり。 アタマ 変になりそう」 3月上旬、仕事上とはいえ連日のアニ メ試写につきあわされ、グロッギー寸前 のベテラン映画記者氏が、心底、ゲンナ りといった表情で思わずもらしたグチで ある。 東映が『森は生きている』を中心とし た恒例のまんがまつり、東宝が 『ドラえ もん』『火の鳥2772・愛のコスモゾ ーン』『家なき子』 となんと3系列、ヘ ラルドと松竹系の洋画配給会社である富 映画が「あしたのジョー」、それに大映 が『宇宙怪獣ガメラ』と抱きあわせで『鉄 腕アトム』。大半が40歳前後の「アニメを 知らない大人たち」である映画記者諸氏 をゲンナリさせながら、興行界の常識で いえば、異常としかいいようのない形で 展開されたのがこの春のアニメ映画大戦 争なのだ。 昨年末現在で、日本全国には邦洋画ふ くめ2374館の映画館がある。『ドラ えもん』の230館をトップに、3月15 日を期してこれらのアニメ映画をかけた 映画館がつごう740館余。じつに全国 映画館の3分の1がアニメ一色で塗りつ ぶされた勘定になる。 あの一連のディズニーの名作にさえ「ま んが映画」の呼称しか与えなかった日本 の映画界の、この突然ともいえるアニメ 集中はいったい、どういうことなのか。

ベスト10に2本のアニメ

1枚の資料がある。この2月、日本映 画製作者連盟 (映連)が発表した昭和54 年度配給収入ベスト10。つまり、昨年1 年に日本で公開された邦洋画の上位10作 品をリストアップした表である。 邦画の部を一つしてわかるとおり、 1位が『銀河鉄道999』で、9位に「ル パン三世』と、バッチリ2本のアニメ作 品がランクされているのだ。 それだけではない。 昨年1年に封切ら れた邦画の本数は、331本にのぼる。 うち、長編アニメ映画は別表のとおり20 本弱。配収ベスト10にこそのらなかった が、これらのアニメ作品が軒なみ大変な 配給収入をあげているのだ。 再編ものである『アルプスの少女ハイ ジ』が約6億円。 『がんばれ!タブチく ん!!!』が12月末集計で6億円。『龍の子 太郎』をメインにした東映まんがまつり が6億5千万円。さらに、再上映ものの 『ヤマト』 フェスティバルが5億1千万 たとえば、昨年度の映画賞をのき なみかっさらい話題を呼んだ今村昌平監 督の『復讐するは我にあり』の配収が6 億円。木下恵介監督のこれまた話題作『衝 動殺人息子よ』が5億7千万円。 洋画 の話題作でいけば『ディア・ハンター』 4億4千万円。『オーメン2』が3億 4千万円。『チャイナ・シンドローム』 が2億5千万円・・・。 ことを商売面でのみみれば、映画会社 が、「子どものまんが映画」 あつかいしか していないアニメが、ほかの〝一人前 の映画〟と互角どころか、その上をい 興行成績をあげたことを昨年1年間の データが否も応もなく実証してみせた。 今春の映画各社のアニメ集中の原因は、 一にも二にもこのことにつきるとみてい いようだ。

やっぱり”ヤマト”が引き金

ところで商売になる映画”アニメに 食指を動かし出した映画各社の中でも、 とりわけ注目を集めているのが洋画系配 給会社のアニメへの大進出である。 アニメ映画一覧表の配給の項を見てい ただきたい。老舗の東宝東和、ヘラルド、ユナイト、富士映画、東映洋画部など、 これまで洋画配給を専門にしていた大手 の配給会社が軒なみアニメ映画に一枚か んできているのである。かんだだけでは ない。東宝東和は79億円の年間配給収入 中、約15%にあたる12億円はハイジとタ ブチくんで稼いだもの。 東映洋画部にいたっては、年間配収32 億円中、半分の1億円は『999』 1本で稼いだもの。文字どおり、アニメ が「稼ぎ頭」になっているのだ。 このように、洋画系配給会社がアニメ に進出する引き金的役割を果たしたのは 「やはり52年夏のヤマトパート1だろう」 (東宝東和宣伝部)とは、ほとんどの関係 者が認めるところだ。 東映洋画部が配給した 「宇宙戦艦ヤマ ト」は、配給収入10億円弱をあげ、昭和 30年度邦画配収ベスト10の6位にランク された。つづいて翌年、同じ東映洋画部 配給の「さらば宇宙戦艦」が20億円 弱の配収で同4位、そして昨年の「 999」が16億で堂々のトップ進出。 「最初のヤマト のころには ま だ模様ながめだ った業界も、3 年連続のこの実 績をみせられて、 ものによっては アニメ映画も東 映まんが祭りの ようにいわゆる 子ども相手では なく、洋画の観 客層とも重複するヤングをターゲットと した作品として十分通用するということ を認識しだした」(ヘラルド宣伝部)ので ある。

作品評価でも上位に

「認識しだして」、昨年おそるおそるい ろんなアニメ映画を出してみたら、軒な み予想以上の成績をあげた。ならばもう いっちょうというわけで、ことし春休み にふたをあけてみたら、全国の3分の1 の映画館がアニメに塗りつぶされていた という図式ができあがる。 アニメ映画の興行面での隆盛ぶりはざ っと以上のとおりだが、この商売上の隆 盛につられるように、質的側面での専門 家たちの評価があがってきているのも注 目に値する現象だろう。 60人の選考委員の投票によって選ばれ、 映画業界ではもっとも権威あるランクづ けとされているキネマ旬報ベスト10で54 年度のそれがこの2月に発表されたが、 ベスト10にこそ入らなかったものの 「999』は「男はつらいよ・噂の寅次郎』 (19位) 『戦国自衛隊』(24位)「配達され ない三通の手紙』(31位)などの話題作を おさえて77位でベスト20入り。東映動画 の『龍の子太郎』も20位をがっちりキー プしている。 また、60人の総合得点でこそベスト10 入りできなかったが、この2本のアニメ 作品をベスト5に入れた選考委員が相当 数いたこともつけ加えておきたい。 興行、作品評価両面でのアニメ映画の このめざましいばかりの社会的進出ぶり まずはアニメファンにとっては万々歳と いっていいだろう。が、さてそれでは、 アニメ映画の未来はほんとうにバラ色一 色といえるのかどうか。 答えは “NON” である。NONがい い過ぎならば、全国の3分の1の映画館 を占領するほどのブームのピークにある からこそ、アニメ映画はいま、バラ色と 灰色の未来の岐路に立たされているとい いかえてもいい。

アニメ製作会社の資金力では・・・

すでにお気づきの読者もあろう。アニ メ映画の動向をテーマにしながら、この レポートはこれまで、かんじんカナメの 映画の製作本体であるアニメ制作会社の 動向についてまったくふれないできた。 いささか極言になるが、どれほど製作意 欲を持っていようと、現在のところ、制 作会社はアニメ映画の今後を左右するよ うな決定的力を持っていないからだ。 テレビアニメが、テレビ局の編成のつ ごうにより勝手に増えたり減ったりする ように、アニメ映画を公開する決定権も また、全国にガッチリと配給網や直営館 を持つ映画会社や配給会社ににぎられて いる。 彼らがウンといわないかぎり、いかに いい作品を作ろうとも、かんじんの観客 の目にはふれようもない仕組みになって いるのだ。 90分を越える新作アニメ映画1本を作 る場合、製作期間は最低みつもって、7 か月~1年かかり、製作費も最低で1億 円。こんなコストのかかるものを、公開 のあてもなく作って倉庫に眠らせておく ほどの資金力は、いまのアニメ製作会社 にはない。 たとえば、再編集ものを上映するケー スの多い日本アニメーションの担当者が いう。 「新作をつくらない理由は、境の金のリ スクを一社で負うほどの力はいまのアニ メ制作会社にはないということです。映 画会社や配給会社とドッキングしなけれ ばとてもムリ。企画は作り、アタックは しているが、メルヘンアニメを主体とし たうちのカラーとヤング層をターゲット にし、作品を物色している配給会社じゃ あ、合わない。意欲はあるが、ここ2~ 3年に新作映画を作れるという状況は来 ないんじゃないかと思っています」 (同 社営業部)

アカデミーは2年に1本

タブチくんやルパン三世などの新作映 画にかなり意欲的に取り組んでいるはず の東京ムービー営業部・片山哲生氏も同 じことをいう。 「意欲としては2本、新作を作り、公 開したいが、自社でまるまる製作リスク テラ を負う力はない。原則として配給会社と のドッキング以外では作れないというこ とです。現在、自社だけで作れるという のはサンリオさんと、バックに東映のつ いている東映動画さんぐらいじゃないで しょうか」 その東映動画にしてからが、 「地球へ······〟はうちの製作だが、8月 の“ヤマトよ永遠に”はアカデミーさん のもの。それ以降も決定しているのは”サ イボーグ009のみ。ただ、 年1度は 大作を公開する路線が確定しているかど うかということは、東映本社の興行か営 業の担当に聞いて下さい。うちではわか らない」(同社企画部)との意見。 アニメ映画がヤング相手に十分商売に なる商品であることを身をもって実証し てみせたアカデミー制作・長島正治氏が 総括していう。 「たまたまヤマトは当たったけど、製作 期間、コストなどを考えると純粋に自社 製作する場合、ヤマト規模のものを年1 本作るのはムリ。 ぼくらは2年に1本と 考えています。今夏は『ヤマトよ永遠に」 を出すが、来年はアニメはなし、実写の 『汚れた英雄』1本にしぼり、さ来年ぐ らいにまたアニメをと考えています。」 『あしたのジョーPART2』 『タブチ クンPART3』『ドラえもんPART 3』『銀河鉄道999PART2』 等々 つぎつぎと新作映画の製作がうわさにの ぼっているのに、55年4月以降公開予定 のアニメ映画のリストがさびしすぎると 思っておられるムキもあろう。実は、公 開がきちんと決まっているのは、これだ けなのだ。もっといえば、企画はあるが、 決定権をにぎる配給会社が、まだ、はっ きりとゴーのサインを出していないのだ。

ブーム現象に乗るのが恐い

3月8日封切り、出足からいって、ア ニメ映画では『ヤマト』『999』 につぐ興行成績をあげるだろうといわれ ている『あしたのジョー』の場合をみよう。 「ヤマト以降、アニメ映画が興行的に安 定してきたことは事実だが、うちの配給 作品で年1本ぐらいはアニメでなんて路 線化はまったく考えていない。ジョーの パート2も、今回の成績しだいで考える ということで、まだ未定です。むしろ、 ブーム現象に乗っちゃうということは配 給会社にとっていちばんこわいことなん で、続編製作は相当慎重に考えたい」 (ヘ ラルド映画) 『タブチくんPART2』 『母をたずね て三千里』 4月以降2本のアニメ作品 の配給を決めている東宝東和も、アニメ の配給はケースバイケースを強調する。 「2作品以降の予定はありません。 アニ メ配給の路線化も考えていない。作品し だいということです」(同社宣伝部) ならば、全配収の70%をアニメで稼ぎ、 事実上、アニメ配給専門会社の観を呈し ている東映洋画部の場合はどうか。 担当 の山本照記氏が語る。 「アニメが興行的に安定した作品である ことは、うちの場合、身をもって経験し ているわけで、これはまだ当分つづくと 思う。しかし、どこかで限界はくるわけ で、どの時点でみきりをつけるかがむず かしいと思っています。それに、アニメ の場合、観客層を考えると学校の休みの 期間にひっかけなきゃダメ。まず、公開 しても年一社2~3本が限度、それ以上 は増えようがないでしょう」 この春3本のアニメを公開、そのうち 『ドラえもん』は、おそらくヤマトPA RT2の興行記録を塗り変えるだろうと いわれている東宝も「夏休みにまたドラ えもんPART2″ をという話はあるが、 決まっていません。それ以降も、アニメ の公開予定作品はいまのところなし」と つれない。

力をたくわえる時期

当たりはずれのとりわけ激しい映画興 行の世界で長年、修羅場をくぐってきた だけに、配給会社の面々は相当シビアに 今後の見通しをたてているようだ。つま り、単なるブーム商品か、それとも路線 化に価する新しい映画ジャンルなのか、 なお慎重に模様ながめをしているという ことだ。 希望はある。アニメ制作会社が、 この 与えられたチャンスを生かして、一作一 作いい作品を作り、アニメ映画のすばら を実証してみせること。東京ムービ の片山氏に語ってもらおう。 「アニメブームという絶好のチャンスを 生かして、今こそ力をたくわえておく時 期だと考えています。そのため、うちで は、この不況化、減量経営の時代にアホ かといわれながら、一昨年から劇場用ア ニメ専門のアニメーターの養成にとりか かっている。 第1期生は60名、1年目は 仕事をしなくてもお金はあげるというこ とで、トップのアニメーターにつけてみ っちり修業させた。彼らが育って、44年 暮れのルパン三世の動画の90%を描いた んです。この4月にも1名のアニメータ ーのタマゴをとり、ルパンの宮崎大塚 コンビにつけて教育する予定。これをや っておかないと、いざ、本当に自力でア ニメ映画が作れる状況になったとき、ど うしようもなくなる」 片山さんが照準をあてているのは海外 マーケットだ。 「アニメ映画を本気で作った場合、たと えば『星のオルフェウス』で話題になっ たように、10億、20億円の金はすぐふっ とんじゃう。 これを回収するには国内市 場だけじゃだめで海外もねらわなければ。 さいわい、日本のアニメは邦画にくらべ 海外での評価が非常に高い。たとえば、 うちの「家なき子』のテレビ版は、5ヶ 国に売れ、海外だけで何億という金を稼 いているし、映画版のほうも、日本での 公開に先だち、この1月からイタリアで 先行ロードショウされている。アニメに とって海外市場は非常に有望だし、それ 裾野に入れた質の高い作品づくりので きる体制をいまととのえておくべきなん です。2~3年先とはいわない。3~5 年先、 スケールの大きい作品を作りたい」 その意気やよし。ローマは一日にして 成らず、である。粗製乱造のアニメ映画 のはんらんなど、ファンのほうでも願い 下げだ。ブームに浮かれず、年に1~2 本でいい、アニメ映画のだいご味をたっ ぷりあじわえる良質の作品を送り出して くれんことを! 小なりといえど、アニ メ制作会社が、制作会社としての意地を みせてくれんことを!

Roundtable Discussion Redirect1 杉山卓 Taku Sugiyama 恩地日出夫 Hideo Onchi 出崎統 Osamu Dezaki りんたろう Rintaro 実写で撮れない”絵”に魅力を感じた

AM. 恩地さん、アニメの監督を以前からや ってみたいというお気持ちがあったのですか。

Onchi. いや、ぼくがつくることになるなんて、 夢にも思っていなかった。ただ、話がきたと きに、とにかく原作を読んでみて、なかなか おもしろかった。プロの映画監督として、中 身にのれば、やっぱりやるべきだろうと思い ましたね。それと、実写で絶対撮れない絵が 撮れる、ということにも魅力を感じたわけで す。

AM. 実写で撮れない絵といいますと?

Onchi. たとえば、宇宙ステーションを発進す 宇宙艇を前からおさえて撮ったとして、そ れを移動で撮るとすると、こっちも宇宙船に 乗らなきゃいけない。さらに宇宙ステーショ ン入れ込みでむこうへ行くというようなアン グルだったら、実写で撮れば何億もかかる。 それと、手前に大きく人物が入っていて、は るかかなたの山の稜線をイヌが走っている、 しかも夜、なんていうのは実写で撮れっこな い。 両方に焦点を合わすことは不可能だから ね。光量の問題もあるし。このように、レン ズの特性からいって撮れないものや、カメラ の特性からいって撮れないものが無数にある。 でも、アニメだったら描けばいいわけだから。 実写で育ってきたぼくらにとっては、へえっ、 こんなものできちゃうんだなあという感じが あるね。

AM. じゃあ、アニメと実写とは根本的にち がうと思われました?

Onchi. いや、アニメだから、実写だからとい うことはないと思いますね。ぼくがテレビを はじめてやったとき「これはテレビだから」、 つぎにドキュメンタリーをやったら「これは ドキュメンタリーだから」っていわれた。で も、ぼくにとってはぜんぜんちがわな まり、何かを映像にして見せようという点か らいえば、アニメといい、実写といい、両者 はまったく“映画”をつくっているというこ とではおなじだと思いますよ。

AM. ただ、実写の監督が撮ると、どこかで ちがいがでるんじゃないかと……。

Onchi. 映画というのは、ひとりひとりに自分 の映画があると思うんです。 浦山 (桐郎)に 浦山の「映画とは何か」というものに対す る答えがあるし、ぼくにもある。それは黒沢 (明)さんも持ってるだろうし、大島(渚) や篠 田(正浩)も持ってるだろうし。100人、映 画監督がいれば100通りあると思うんです。 撮る人によってちがうものだと思う。

Rintaro. アニメーションの場合も、まったくお なじだと思いますね。つまり、文学でいうと 文体があるごとく、映画言語といっていいで すかね、それがある。それをアニメーション というひとつの素材のなかで表現する、とい うことですね。監督の立場に立つ、というこ とでは、変わらないわけですから ね。

絵を見せないで声を録る

AM.『地球へ…』で、声優さん をメインでつかわなかったのは、 何かワケが?。

Onchi. 声優さんの芝居っていうのができちゃ ってる気がするんです。ぼくは芝居ってのは パターンがあっちゃいけないと思っているか らね。犬と赤ん坊が出てきたら、どんな名優 でもくわれちゃうというぐらい、芝居してい ないから犬や赤ん坊は強いんだよね。

Dezaki. できれば先にセリフをとって、そのタ イミングに合わせて口を動かしたほうが、セ リフの場合は絶対いいですね。

Onchi. そう思うな。だからこんども、絵を見 せないで音を録ろうと思っているんです。あ まりにもずれたら修正するけど、いちばん感 じの出た音を元にしたいな。

Rintaro. ぼくも声優さんをつかわなきゃいけな いというこだわりはないですよ。ただ、アニ メ界の特殊性があることも事実ですけど。

Onchi. 目の前にあるマイクを意識した声の出 しかたが気になるんですよ。

Dezaki. 芝居に関しては、恩地さんのいうとお りだと思うけど、ただ、アニメーションのあ る象徴的な部分というか、ハッタリの部分に つかって、うまい芝居ができる人もいるこ とも事実なんです。

Onchi. 声優ぜんぶがだめというつもりはまっ たくない。ただ、わりとイージーにいくつか の引き出しで処理しちゃうという、ギリギリ 追いつめられた芝居になってない人が多いと いうことです。

AM. パターン化されたほうがかえってリア リティを生むというケースはないですか?

Dezaki. 場合によってはあるかもしれないです ね。 FIND 『火の鳥』で竹下景子を使ったんです けど、上手かどうかは、よくわからない。 た 独特の存在感と広がりみたいな ものがあるのね。あっ、この人は スターなんだなと思いました。

Dezaki. 声優さんも、まあ最近は顔 知られてるけど、一般にはまだで すから、そういう意味では、アニ メーションのキャラクターにかぶ せていくにはプラスの面もあると 思う。

Onchi. そうね、声の人の顔が浮ん できちゃうというよりもいいかも しれない。ただ、声の人の顔がでてきちゃう、 ということを逆手にとって、絵で出せない存 在感をおぎなう、ということはあるんじゃな いかと思うね。 フィルムは監督のもの

Onchi. アニメ界で気になるのは、総監督とか 総指揮とか、いっぱいタイトルにでてくるで しょう。あれがわからないんだな。だれが著 作者なのかわからなくなっちゃう。

Dezaki. そのへんが非常に混沌としている。

Onchi. そうしたら、アニメの監督がぜんぶ映 画監督協会に入ればいいんだよ。映画の監督 というのは著作人格権というものが法律で認 められている。経済利用権はぜんぶ会社に持 っていかれているけど、原形を切ったりはっ たりというのは、本人の了解なしにはできな い。

AM. 実写の場合はそうなってるわけですね。

Onchi. 実写って それは関係ない。映像なんだから。 アニメだって映画だから、

Sugiyama. 前近代的な部分というのがあるんです よね。

Onchi. 大昔、溝口健二)さんの『西鶴一代 女」を大蔵貢がばらばらに編集し直して出し たことがあった。それに抗議したとき 「横山 大観の絵をオレが買ったとして、それを半分 にして便所に掛けようが、逆さまにして玄関 に掛けようがオレの勝手だ」っていったわけ (笑)。それで大もめにもめて、その後、著作 権が国会で問題になり、ぼくらも呼ばれたり したんですけど、結局、人格権だけは確立さ れているはずです。

AM. テレビの場合はどうなんでしょう?

Onchi. テレビの作品を再編集する場合でも、 当然、オリジナルはだれか監督してるわけだ から、了解なしにはできないはずですよね。

AM. そういうことも、作品とはかかわりな く、やっていかなくちゃいけない問題ですね。

Onchi. プロとして、要求すべきものは要求す べきですね。それを、一応団体として保証し ているのが監督協会だから、入ったらいかが ですか。ぼく推薦人になるから。

Dezaki. いっぱいいるなあ。

Rintaro. アニメの場合、監督の立場がおくれて スタートしていますからね。

Sugiyama. 完全な絵描き主導型のもののつくりか たをしてきましたからね。いってみれば、 整係としてなら認めようとか(笑)。

Rintaro.名称すら定着してないわけですよ。あ るときは〝演出”あるときは”チーフ・ディ レクター”あるときは〝監督”だったり・・・・・

Onchi. 監督”にしてください。そう表示し ないと著作権もらえないですよ。

Sugiyama. アニメーションの場合 “監督”とはっ きり明示されるようになったのは、つい最近 ですものね。

Onchi. 演出というのは著作権ないですよ。ぼ くらがテレビドラマ撮るときに”演出”にし てくれって、よくいわれるんですよね。そう いうとき、監督じゃなきゃやらないというと、 またあいつうるさいからやめとこうって(笑)。

Dezaki. なあなあの部分ってあるんですよね。

Onchi. 原作者と制作者の2つの問題がありま すね。制作者との関係は、いろいろな形で闘 われていると思うけど、原作者との問題が実 写の場合でも残る。ぼくが石原慎太郎の原作 をやったときに、石原慎太郎が試写を見て、 途中で怒って出ていっちゃったということも あるんです。

AM. 竹宮恵子さんの場合は?

Onchi. ラストが原作と変わっちゃった。じつ は、脚本を書く段階で原作がまだ半分くらい しかなかった。それで、ラストをどうしよう かということで、ずいぶん話し合って意見が 一致していたはずなんだけど、むこうも書い ていくうちに微妙に変わったし、こっちもす こし変わって・・・・・・。 でも、しょうがないわけ ですよね。原作はあくまで原作だし、フィル ムに関しては監督の作品だしね。

Dezaki. 雑誌の表現とフィルムの表現は、やっ ぱりちがいますからね。

アニメーターはアニメでの役者

Dezaki. ぼくは、恩地さんがこ んど、いちばんご苦労なさる のは、相手が役者さんじゃな て、監督のイメージをこう 表現してくれといったときに、 それが描き手の頭の中を一度 通って、絵になって出てくる という……………そのときのギャッ プというものが、実写とくら べたらものすごくあると思う んですね。

Onchi. そうですね。ぼくは脚 本はメモだと思っているからね。どうしても、 役者との交流のなかで映像をつくっている習 性があるでしょう。そうすると、今度の場合、 映像ができちゃった ときはもう完成する ときだから、これは ものすごくつらいな あという感じがある。

Dezaki. ですから、ぼ くらはこうやって監 督として集まってい るけれども、本当に アニメーションの未来にとって重要なのは、 そういうイメージを表現できる技術とパワー をもったアニメーターたちが、どれだけ育つ かということだという気がしますね。

Onchi. 実写の場合、企画があって、脚本をつ くって、キャスティングしますよね。これが 終われば、80%できたようなものです。 『地 球へ・・・』でぼくが最初の2か月間、スタッフ とただしゃべって過したというのは、結局そ ういうことだと思うんですね。描く人がぼく のイメージをわかってくれなかったら、代わ ってもらうよりしょうがな いと思って話してましたけ どね。なにしろ、役者をど なったりして、何かとやっ てるあいだにできてくると いうのになれているから (笑)。

AM. 役者さんのかわりに、 アニメーターのかたをどな ったりとか…。

Onchi. いや、そんなことし たら……(笑)。

Sugiyama. それはちょっとむずかしい(笑)。

AM. でも、アニメでの役者さんというのは アニメーターのかたなんじゃないですか?

Dezaki. そうですよ。だけど、アニメーターは キャラクターをつくるだけじゃなくて、画面 まで構成していくカメラマンだったりするわ けですよ。もちろん、演出家が演技の方法も 指定するわけだけど、それを映像として固定 していくのは彼らなわけです。アニメーター にしても、こうやりたいのに演出が求めてく れないというような欲求不満もあると思うん ですね。つまり、そういう意味で、頭のなか どおしでケンカしているみたいなところがあ りますね。

Onchi. すごく、デリケートなんでビックリし たね。活動屋どおしのケンカしてるみたいな シャベリというのが、アニメ界ではあんまり 通用しないんだな、というのは感じたね。

Sugiyama. 全体に内向的ですよね。

ことばでつたわらないイメージ

Dezaki. それと、いまのアニメーターは演技” から入っているわけじゃない。描く絵から入 っている。そのへんがやっぱりぼくらの意 図を彼らに伝えるのがむずかしい点だと思 いますね。 最終的にはこうなんだと、絵を 描かなければわからないというようなこと もある。そこらへんを乗り越えて、なおか つすばらしいフィルムを恩地さんがつくれ ば、これはもう、ボクら実写の勉強をはじめ なきゃならない(笑)。

Rintaro. アニメーションの場合というのは、そ こが微妙なところがありますね。ことばでい ってもダメという。こういうことがありまし た……。 ぼくの頭のなかに竹ヤブのイメージ がありましてね、竹ヤブのむこうは だということをいうと、背景の人はまっ黒 描いてくるわけですね。この“暗黒〟を伝え るのに1週間話して、ついに、ことばを失っ たんです。で、あなたの竹ヤブのイメージに してくださいといったら、ピタッと近いもの が出てきたことがある。そのへん、胃を絞り あげるように、絵描きさんとつきあっていか なくちゃいけないんでしょうね。

Onchi. それは役者との関係でも同じで、10 かってほしいと思うことがあっても、ことば で表現できるのはせいぜい6か7、残りは、 ことば以外のところでわかってくれなきゃい けない。わかっても、5しか表現できない役 者はやっぱりダメ(笑)。7いってわかって 7出してくるのはふつうの役者。 7いっ わかって10出してくるというのがいちばんい い役者だね。そういうことば以外のところで の関係というのが、役者と監督の場合成り立 つ。それが高じると、役者に惚れちゃったり しちゃうんだろうけど(笑)。

Rintaro. 作品が光るか光らないかというのは、 そこが勝負みたいですね。

Onchi. アニメーションの場合は、絵描きさん とそれをやらなきゃいけないということでし ょうね。

キャラクターに演技をさせる

AM. 今後もこういう劇場用長編アニメがつ づいていくための条件っていうと何でしょう。

Sugiyama. 芝居のできるアニメーターが必要だな。

AM. というと?

Sugiyama. テレビ的テクニックというのは非常に 発達してきたけど、いわゆるキャラクターが 演技するというのが、いつのまにか忘れられ てるわけね。絵の形がひとつの代用演技みた いな形で定着しちゃったでしょう。ところが 劇場用作品というのは長いショットがかなら ずでてくる。そういう長い芝居にたえられる 人が、相対的に数が少なくなってきている。 もっとそういう人がふえないと、せっかく開 きかけたジャンルが、結果的には作品自体の 力のなさで低下していっちゃうという可能性 がありますね。

Dezaki. そこで重要になってくるのはリアリテ ィの問題なんですけど、ぼくは実写の経験は ぜんぜんないけど、少なくともライブアクシ ョンというのは、現実に生活しているから、 わかることはわかる。それでぼくたちのア ニメーションのことば”を映像にしようとし たときに、たとえばライブアクションのタイ ミングでやると、ロシアなんかで、それこそ ライブアクションそのまま紙に描いて動かし たというのがあるけど、気持ち悪くて見てい られない。アニメーションは絵ですから、誇 張があったり、ある種の抽象的な記号であっ たりするわけです。それ を的確にとらえながら、 さらに、現実のアニメータ ーの限界もとらえつつフィ ルムにしていかないと、監督のひとり芝居に なてしまうおそれがある。

Onchi. そのおそれが、現実にぼくの場合ある わけだよ。

AM. それは、どのような?

Onchi. たとえば、1時間半の映画を撮ると、岡 本喜八なら、だいたい1000から1100 カット、ぼくの場合が350~400と少な いわけです。『地球へ・・・』は650カットな んですね。りんさんの『銀河鉄道』は……

Rintaro. 1700ぐらい。

Onchi. そうでしょう。『地球へ』はものすご く少ないわけ。それをよくいわれるんだけど、 ぼくとしては2時間のものが650というこ とは、ふつうよりちょっと多いくらいだと思 っている。でも、その長いカットをアニメー ターがどうもたせてくれるかということ に、ぼくは賭けるよりしょうがない んです。もう、信じちゃったわ けですよ。もしこれをもたせて くれなかったら、ぼくのコンテ 自体も間違いだし、作品としても失敗だろう と思っているわけです。ただアニメーター自 身は、長いぞということで最初すごくった わけ。自分がイッパイやれるということで。 いまはもう、たぶん殺してやりたいと思って いるだろうけど(笑)。

アニメのカット割り

Dezaki. やっぱり、これはいえるのは、実写と 描いた絵との質感というのが、まったく違う んですね。どう描いても、セルアニメーショ ンというのは質感が出ない。そうすると、お のずと、そのショットに耐えられる時間とか 構造というものが、実写にくらべたら短いん ですよね。

Onchi. 絵だから持たないという部分を致命的 に持っているという認識からカットが多くな っているんだろうけど、ぼくは、それをどこ まで持たせるかやってみろ、という形でだし たということですね。

Dezaki. 逆に現実にかかる時間よりも、少ない 時間でそれを表現できるってこともあるわけ ですね。

Onchi. そうですね。だから、それがアニメら しさということになるんでしょうね。そこは ぼくもよくわからないんだけど、ただ、キャ ラクターとバックとの関係で、当然、10歩か かるはずのところが、3歩ぐらいで動いちゃ うというのがすごく気になるね。

Dezaki. それは、ぼくもときどきいわれたりし ますけど。

Onchi.で、それがアニメらしさかなというと、 そういうことはないと思う。

Dezaki.でも、アニメーションでその100歩をす べて映像にしてしまったら、逆に”歩かない” ってこともあるわけですね。だから、たとえ ば2歩あるいて、何かやって、つぎにドアの ところへ行くというようなことも、アニメの 場合は必要なんですよね。

Onchi. そうすると、カットを割るっていうこ とになるんですね。つまり、いい役者だった らいくらでも長くまわせるし、つまらない役 者だと、どうしても切らなきゃいけないとい うのはぼくらの世界でも同じだけど、アニメ ーターが、ぼくの切ったコンテをもたせてく れるかどうか・・・・・・もう期待と不安だね。

Rintaro. 実写がいいな、と思うのは陰影が入っ ているということ。アニメーションでふつう にほったらかしておいたら、陰影はまずない わけでね。背景にもキャラにも陰影をつけな ければいけない。当然、絵だけじゃなくて、 さっき出崎氏がいった芝居ということでも陰 影があると思うんだね。そのへんをほっぽら かすと非常に平面化したアニメになっちゃう。 むずかしい、キャラと背景のカゲ

Onchi. それだけは最低の要求として注文つけ たわけ。光源を決めろと。太陽が当たってい るときは、明りのもとは太陽しかないんだ。 ところが、これはみなさんがおつくりになっ ているアニメではないと思うけど、たとえば、 バックは右から光線が来ているのに、その前 で動くキャラクターは左から光線がきている というようなの。これは、生理的にゆるせな いわけ。ぼくらは、明りで勝負しているんだ からね。こちら側に影をつけたほうが顔がし まるということは関係なく、こっちから光が きたら、反対側にとにかく影をつけるんだと。

Rintaro. 陰影つけると、1色でいいところを2 色塗らなきゃいけない。これが制作的になる べく陰をなくせということで、非常にある一 面、平面化された部分はありましたけどね。 でも、最近はそういうことないみたいね。

Onchi. このあいだのテストであがってきたフ ィルムを見たら、影がつきすぎちゃって、そ の影がウニョウニョ動くんだよね(笑)。これ か気になってね。ていねいにつけすぎちゃっ たんだね。キャラクターの動きより、影の動 きに目がいっちゃう。

Rintaro. むずかしいですね。実写みたいに、ソ フトフォーカスでボーッとならないでしょう。 ピタッとくる。これが生きるときとジャマだ なあというときがある

Dezaki. つまり、光と影の要素を満足しながら、 なおかつ、美しい絵でなければいけないわけ ですね。そうなってくると、アニメーターの 技術とか作家性とか、美意識みたいなものま でいってしまうから、 完全なものを求めてい くと、いくら時間があっても足りない。

Onchi.だから、いま時間がなくてまにあうか まにあわないかという段階に来ているけど、 スタッフに恨み抜かれて、あの野郎殺してや りたいというふうに思われるのが、ぼくの仕 事だと思っているんだけどね。

Rintaro. 監督って、そういうことが宿命的につ いてまわるみたい

Onchi. それで結果がよければ、みんなで喜び 合えるわけだ。悪かったらえらいことになる けどね。

Rintaro. 月夜の晩ばっかりじゃない、という感 じになる(笑)。 るね。

Sugiyama. 最終段階ではそうな 個性あるフィルムが勝負 \ 題材なんですけど、 これはアニメ向きなんて いうのがありますか?

Rintaro. 何でもやりますよ。 「源氏物語」だろ うが「平家物語」だろうが、こわいもの知ら ず(笑)。この何でもやる、何でもできるとい うのが、ぼくがここまでアニメーションをや ってきたパワーになっていると思う。

Dezaki. たとえば、1枚のすぐれた絵があった ときに、その絵の持つ詩情みたいなものを追 いかけた作品。絵画的な要素もあるわけです から、そこらへんを生かしながらそういうの ができたら……なんて思っているんですけど。

Onchi. それはアニメ向きだとか向かないとか、 決めるのがおかしいよね。

Sugiyama. 『エースをねらえ!』なんて、アニメ を見たという感じじゃなくて、いい青春映画 を見たって感じ。

AM. 結局、つくり手の問題ですね。

Onchi. ぼくが映画界に入ったのが昭和30年。 3年が映画界のピークだったんだけど、何つ っても入るという時代。それがダメになっ ていったのは、監督の責任ですよ。いま、ア ニメが需要過多の状態でつくられていったな かで、結局、個性あるフィルムが何本出るか が勝負になってくると思う。絵が動いてりや いい いっていうお客はそういないよ。やっぱり、 りんたろうのだから、出崎さんのだから、杉 山さんのだから見る、そういうふうにならな いとダメなんじゃないかな。

pg. 77-84: Encore AnimationMajokko Megu-chan

pg. 89-108: Anime Characters: Inside Research 6 by Akihiro Kanayama

pg. 109-120: Anime World on TV

Covered series:

  • Tales of Little Women
  • Manga Nippon Mukashi Banashi
  • Hi no Kuni Monogatari
  • Sue Cat
  • Lupin the 3rd Part II
  • Tsurikichi Sanpei
  • Ikkyū-san
  • The Littl’ Bits
  • Zukkoke Knight: Don De La Mancha
  • The Rose of Versailles
  • The Wonderful Adventures of Nils
  • Space Emperor God Sigma
  • Maeterlinck’s Blue Bird
  • Galaxy Express 999
  • Invincible Robo Trider G7
  • Manga Hajimete Monogatari 
  • Otasukeman 
  • Gordian Warrior
  • Gatchaman F 
  • The Adventures of Tom Sawyer
  • King Arthur: Prince on White Horse
  • Ganbare Gonbe
  • Kirin Ashita no Calendar
  • Hokahoka Kazoku

pg. 123-139: My Animage

pg. 141-143: Ideon Liner Notes #2 (Yoshiyuki Tomino)

pg. 144-145: Illustration & Poem (Makio Inoue)

pg. 146- 147: Voice Topics

pg. 148-150: Voice Actor 24 Hours – Akio Nojima

pg. 151-154: Exploring the Science Behind Takara Mecha Creation!

pg. 157: Anime Quiz

pg. 158-159: History of Anime Composition

pg. 160-162: Anime College (Emiko Okada, Shinichi Suzuki)

pg. 165-168: Fan Plaza

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