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Published 10 December 1978



pg. 9-18: Space Pirate Captain Harlock



pg. 19-21: Yakyū-kyō no Uta



pg. 22-23: Anne of Green Gables


pg. 24-26: Captain Future


pg. 27-29: Space Battleship Yamato II


いま、ヤマトファンが一番注目しているのは進と雪の愛のゆく末だ。2人の出会いから早くも5年、2人のことを一番よく知っているのは、あるいは富山敬さんと麻上洋子さんかもしれない。そこでお2人に、気になる愛の心境を語っていただいた。
Kei Tomiyama.「麻上さんとはじめて会ったのはヤマト〟だったよね」
Yōko Asagami.「ええ、そうですね」
Tomiyama.「あのころは、ほんとにかわいらしい女の子といった感じで・・・」(笑)
Asagami.「ええ、ええ、じや いまはどうなんですか?」
Tomiyama.「あ、むろんいまも・・・(笑)けど、ほんとに女性として成長した感じね。雪だけでなく、「麻上さんも」
Asagami.「「どうも」(笑)
Tomiyama.「ところで、麻上さんは進くんのことをどう思ってる?」
Asagami.「「そうですね。仕事ができる”男というか、責任感が強いというか・・・・・・だからといって冷たい人じゃないし……」
Tomiyama.「そうね。やさしい男なんだたとえば彼は、ヤマトで航海していくうちに戦いの空しさに気づいていくでしょう。 で、大切なのは、自分たちが豊かになるだけでなく、他人のしあわせも考えるといった人間に成長していく」
Asagami.「「もちろん、雪を裏切らない(笑) それと、他人をひっぱってゆく魅力ももっているんじゃないかな!!」
Tomiyama. 「うん、そうね。いろいろなことを経験してそうなったんだな。というのも、進は純粋な少年でしょう。「ぼくみたいに」(笑)
Asagami.「「富山さんのことは別にして(笑)、でも、そこにひかれたんでしょうね、雪は」
Tomiyama.「うん、雪もほんとうに女らしいというか、つきなみにいうと思いやりのある女の子だから」
Asagami.「「でも、彼女って、やっぱりふつうの女の子なんだと思います。たしかに、頭がきれるとか、人よりほんの少しスーパーレディ的なところはあっても、自分がふつうの女の子であることを忘れていないから」
泣きだしそうになった映画のラスト・シーン
Tomiyama.「けど、2人はこれからどうなるんだと思う?」
Asagami.「「うん、映画みたいに死んじゃうのはちょっと・・・・・・」
Tomiyama.「でも、ぼくは、映画のとき死んだ雪に語りかけるシーンではジーンときちゃって、恥ずかしながら、泣きだしそうになっちゃっ「たんだ」
Asagami.「「でも、わたしはそのとき、いなかったんですよね。もう、死んじゃってたから」(笑)
Tomiyama. 「(笑)・・・ま、どんなドラマになろうとおたがいの愛はきちっとたしかめあいたいね」
Asagami.「「こんどは、わたしが聞きますけど、富山さんが進を演じる場合、雪に対しての恋愛感情はどうなんですか?」
Tomiyama.「もちろん、恋愛感情はもちますよ、”声”もふくめて」(笑)
Asagami.「「いじわるですね、富山さんって」(笑)
Tomiyama.「聞くほうがいけないんだよ」(笑)
Asagami.「ところで、富山さんは、こんどのヤマトでは、とくに意識して変えていらっしゃるところは、あるんですか?」
Tomiyama.「少し大人っぽく演じてはいるね。だって、進も成長しているでしょう」
Asagami.「うん、わたしの場合は、地のままなんです。なんていうか、雪は、わたしに年齢も近いし・・・・・・たとえば『魔女っ子チックル」のチーコ役のときには、わたし、声を作るんです。 小学生らしく。 そういう意味では、これでいいと思うんだけど」
Tomiyama.「地でいいっていうことでいえば、ぼくも同じだな。進って、とってもテレ屋で、オッチョコチヨイのところがあるでしょう。似ているんです、ぼくに(笑)。ま、たのしくやれる仕事なんだな、ヤマトは」
Asagami.「感情移入がすごくラクにできるんですよね、雪って」
Tomiyama.「そう、ぼくも、じゃこれかもっと感情移入しちゃおう」(笑)
Asagami.「わっ、ほんとに富山さんていじわるですね」(笑)
pg. 30-33: Gatchaman II


pg. 34-48: Animation World on TV

Covered series:
- Candy Candy
- Treasure Island
- Manga Kodomo Bunko
- Galaxy Express 999
- Uchuu Majin Daikengou
- Dokaben
- Lupin III
- Pink Lady Monogatari: Eikou no Tenshi-tachi
- SF Saiyuuki Starzinger
- Manga Sekai Mukashibanashi
- Ikkyū-san
- Majokko Tickle
- Hokahoka Kazoku
- Hirake! Ponkikki
- The Adventures of the Little Prince
- Kirin Monoshiri Yakata
- Manga Kodomo Bunko
- Daitarn 3
- Tōshō Daimos
- New Aim for the Ace!
- Manga Nippon Mukashibanashi
- Manga Hajimete Monogatari
- Yatterman
- Haikara-san ga Tooru
- Perrine Monogatari
pg. 49-55: The Stingiest Man in Town

pg. 57- 84: 1978 > 1979

1. Yamato
この夏は、まさに「ヤマト」フィーバーであった。8月5日早朝から全国133館でいっせいに公開。 ヤマト最後の映画とあって、ファンたちの熱気はぐんぐんと上昇し、各地の封切り館の前は、いずれも徹夜組が長蛇の列をつくったため、早朝4時30分からの異例の上映を開始した劇場もあった。東京・渋谷の東急レックスの場合がそうで、前夜からの徹夜組はついに3000人を越したほど。上映が開始されるや場内は感激の渦! つぎつぎと倒れていくヤマト戦士たち- 土方、斉藤、真田、そして森雪・・・・・・に、あちこちですすり泣く声がもれ、場内が明るくなっても感激したファンは席を去ろうともしなかった――
Comment by Yoshinobu Nishizaki
「さらば宇宙戦艦ヤマト」のヒツトの原因は、いろんな角度から見られます。「ヤマト」はマンガではなく、SF冒険アクションドラマだということ、中・高生であるミドルティーンを中心としたアニメは画期的で前例がない。あくまでも、少年らしく可能性を追求してみようというのがテーマであり、若者の生きざま、挑戦、愛が映画を見てくれた人の共感をよんだのでしょう。松本零士さんの親しみやすいキャラクター、音楽の宮川泰さんなど一流のスタッフの起用もヒットの要因ですが、このドラマの最大のキャラクターは、空を飛ぶ旧大和であり、戦艦が空を飛ぶという企画そのものの成功だと思います。今後はミュージカル・アニメや海洋ドラマを作ってみたいと思っています。
2. Leiji Matusmoto
2日間に平均7、8時間の睡眠しかとれないという殺人的スケジュールの松本零士先生に人気の秘密やアニメについて直撃インタビューをしてみた。 時間は深夜の零時ごろ、場所 松本先生宅の応接間―「私にとってアニメとは、まだ、ひとつの修羅場をへてワンステップ階段をあがったばかりで、たまには踏みはずすこともあるという状態ですね。マンガのほうは30年近くやっていますが、アニメに関してはまだ数年しかやっておらず、自分自身、まだ、海のものとも山のものとも見当がつかないんです。 それとSFブームといわれてますが、SFといっても、いまもてはやされているのはSF風というかSFもどきであって、本来のSFではありません。ま、 やむをえないことかもしれませんがね。体ですか? こんな状態(過密スケジュール)で仕事をしていると、なんの因果でと思うこともありますよ(笑)。カゼが原因だったのか、ひどい下痢をしてブドウ糖をうちながら仕事をしたこともありますが、入院の経験はないんです。将来つくりたいアニメはメルヘンチックな過去から未来を舞台にした、心にうったえるあたたかいもの・・・・・・、をやってみたいですね。 もし、ひまがあったら世界漫遊の旅をしたい。これが、いま、最高の夢あちこちのおいしいものをくまなく食べて、地球上いたるところへ足跡を残したいですね」
3 – Theatrical Animation
Comment by Ippei Kuri
夏休み前に封切りし、早すぎたというきらいもある。 宣伝もほとんどなく条件が悪かった。 茶の間では人気が高く、ガッチャマンはテレビ向きの作品なのでしょうね。
Comment by Sōji Yoshikawa
テレビではお目にかかれないカーアクションと不二子のお色気サービス、SFチックな ストーリーと最後のあっと驚くどんでん返しなどが見もの。ルパン同様、われわれも有名映画のシーンを盗んでみました。
Comment by Atsushi Tomioka
「親子ねずみの不思議な旅」は全国で30万人を動買し、まあまあ成功であった。 (10万を越してほしいとは思っていたが)「ディズニー以来」との評価と信頼をお客さまからいただいています。4年の歳月と7億円の製作費をかけていまして、とても日本だけでは採算はとれませんからね。海外では、ほぼ全米で公開しています。同時上映の国産アニメ「チリンの鈴」(やなせたかし原作)もシンプルな味をだし、たいへん好評だったようです。来年の初春公開予定の人形ファンタジー「くるみ割り人形」は日本で初の人形アニメ。想的な愛くるみ割り人形の物語で、 親子でたのしめるファミリー作品です。
4 – Osamu Tezuka
手塚治虫 (原作・構成・演出) ぼくの場合、自分で絵コンテからシナリオまでやらないと満足がいかないんです。 で、「バンダー」でそれをやったら、放映2か月前になっ ても全体の10%も進行しない。青くなっちゃったですね。いまは、再来年初春公開予定の「火の鳥」の製作にかかっています。 フルアニメの予定なので、力が入ります。 これからは、国際的にも通用するものをどんどん製作して海外市場にも広く目を向けていきたいと考えています。
5 – Beautiful Characters
Comment By Michi Himeno
トニー・ハーケンはエリートとして、またタクマのライバルとして設定しました。 ですから、主役を越えるほどの魅力を持たせたのです。 ファンは彼の動きを身近に感じるのでしょうね。
Comment by Tadao Nagahama
善悪を単純に決めずに、敵の論理の中での人間性を描いたのが、ハイネルとリヒテルです。外見の美しさはもちろんですが、彼らの精神的な面でのドラマにファンの人気が集まったようです。
6 – Popularity
Comment by Yoshio Takami
名作ものがもてる一因は、おかあさんたちが安心してチャンネルをまわしてくれるということでしょう。「一休さん」は子どもだけではなく、おじいちゃん、おばあちゃんも見ているし、頭に両手をおマンガチックなトンチの表現などにも人気が集まっています。
7 – NHK
Comment by Yasuhiko Tan
NHKとしては初のこころみだったわけですが、「コナン」の手ごたえは、お固いNHKに親しみがわいたというファンの声もあって、それなりに成功したと思っています。「キャプテンフューチャー」は本格的なSFアニメとしてNHKでなくてはできない、おもしろいものをめざしてみました。 SFの古でスケールの大きい冒険活劇口マンですので、いままでのアニメイコール幼児層を少し年齢をあげ、中高校生を中心とした家族そろったのしめる番組にしてみたつもりですが、どうでしょうか。
8 – Sazae-san RatingsComment by Sagisu Masayasu
原作がすばらしいということが人気の最大の原因です。お茶づけ”の香りというかフアミリードラマなので一家そろって茶の間でたのしめるのがいいんでしょうね。
Comment by Koyasu Iroko
スタートして半年後から 「サザエさん」とつきあっています。 エンの下の力持ちですから、各パートの言い分を聞いて、 まあまあとなだめたり、おこったりの毎日ですよ。
Comment by Hideshige Tsukikawa
「サザエさん」はドラマ作りですから、間のとり方、芝居の作り方に苦労しますね。 ギャグの場合でも、 おもしろくてもハメをはずすとリテークですからね。たいへんですよ。
9 – Shoujo
Comment by Akira Negoro
「若草のシャルロット」から、土曜日の夜7時はいままでにないジャンルを組んでいるんです。「はいからさんが通る」は、コミックの人気からアニメ化されたものですが、アニメでは別の世界を作ったつもりです。
Comment by Yasuo Yamaguchi
少女ものは一歩まちがえるとたいへんなんです。だから、「キャンティ」の場合、原作のよさやキャラクターの魅力もありますが、主人公がみなし子なので、女の子が喜ぶ現代的な夢やハイカラなシーンをできるだけとり入れています。
10 – Disney Kicks Ass
Comment by Kunio Kumagai
「ダンボ」が製作されたとき、日本では戦争をしていた時代ですね、なにしろ、昭和1年ですから。30年もたったいまでもディズニーの作品は鮮度がおとろえていない。動きもきれいですばらしい作品です。 声の出演なども、ディズニーの感じをだすよう心がけました。 実写ですが 「狼王ロボ」も1月1日16時30分から放映です。よろしく。
Roundtable Discussion
Panel:
Osamu Tezuka
Yutaka Fujioka
Hiroshi Sasagawa
Kenji Yokoyama
Masaharu Endo
Yoshiyuki Tomino
1『若い人にも日本人意識があるのだろうか!?』
Osamu Tezuka. きょうは、私、司会をやることになりまして、じつをいうと生まれてはじめてのことなので、うれしくてしようがないんですが(笑)、 ま、それはともかく、今年はアニメがすごく盛んになりましたね。 その原因になるものもずいぶんあると思うんですけれども、今年のアニメ界を象徴するものとして例の「ヤマト」のヒットがあります。その要因あたりから話をはじめましょうか。
Kenji Yokoyama. ひとつは、テレビ放映後、全国各地にできたファンクラブを制作者が正確に把握していたことがありますね。それと宣伝力がしつこいというか、すばらしかった。
Tezuka. そのふたつの要因だけなんでしょうか?
Yutaka Fujioka. それと、あれは“国民映画〟じゃないかという見方をしていた人も多かったですね、私をふくめまして。
Tezuka. なるほど、吉川英治ですね(笑)。
Fujioka. あの作品のモチーフは、日本人好みのセンチメントを臆せずてらわずストレートにだしている。 そのアクの強さが広く受け入れられたんじゃないでしょうか。
Masaharu Endo. ぼくも藤岡さんと同意見ですが、ただ、西崎氏がSFブームを先取りしていて、それが的中したということは見ていて拍手したいほどですね。
Tezuka. でも、それは偶然でしょう?
Hiroshi Sasagawa. ……なぜ、大人に近い人たちがアニメに興味をもちだしたかというと、彼らは子どものときからアニメを見ているわけですよね。 で、 この人たちが成長してきた。 すると、まさか「おばQ」に拍手するわけにはいかないから(笑) 「ヤマト」を見る。 ちょうど彼らにピッタリくる作品だったわけだし・・・
Tezuka. けど「ヤマト」がズバぬけてあたったというのは、小さい連中が育ってきて発言力をもってきたということだけでは、語りきれないと思うんですけど……。
Yoshiyuki Tomino. …… 「ヤマト」の場合、女の子の支持層が圧倒的に多いんですが、 キザないい方をすれば“「ヤマト」のなかに男を見たい”という気分があったんじゃないでしょうか。
Tezuka. なるほど。逆にいうと男”を描いているということですね。
Tomino. 描いているかどうかは、また別問題ですけど。
Fujioka. 国民的英雄だから(笑)。
Tomino. そうですね、ナショナリズムとドッキングしている部分はまちがいなくありますし……。
Endo. けど、無邪気な人間の歌というのかな、そういうものはあの作品にでていますね。 西崎氏はたしか昭和8年生まれで、ぼくと同じ世代なんだけど、その時代に人格形成した人間の歌というか、郷愁みたいなものが非常に純粋に表現されていたのは印象的でしたね。
Tezuka. ということは、古いものに指向していくんですかね?。遠藤 いや、いまの複雑な時代にああいう純粋さをだせるということが一種の驚きだったんですよ。
Fujioka. でも、私は、いま手塚さんのおっしゃった古さへの指向が、潜在的にヤングのあいだにあるような気はしますね。そうとでも考えないかぎり、ああした戦争中の生き方の美学が受けるというのはほんとうによくわからないし……
Tezuka. ぼくは、あの受け方を見ていて、「明治天皇と日露大戦争」を思いだした(笑)。つまり、あれも戦争の中の男の浪花節でしょう。ま、「ヤマト」をあえて浪花節とはいわないけどね。 やはり、日本人というのはどんなに民主政治になっても、あるいは世代が若くても年老いても、ひとつぬけきれない。日本人意識” みたいなものがあるんじゃないかな。
Fujioka. そういうことになりますと、これから企画のたて方を根本的に考えなおさないといけませんね(笑)、シンケンに!!
2: 美形キャラの原点をさぐる!!>『それは敵というよりもライバルに近いんですか』
Tezuka. ところで、きょう、ボクは編集長からうかがいまして〝美形キャラ”というのをはじめて知ったんです。そういう呼び方はもう“常識”なんですか?
Tomino. 今年の傾向というのか、かなり以前からファンには浸透していますね。
Tezuka. まことに不勉強で申しわけないんですけど、たとえば「ヤマト」のデスラーのファンがものすごく多いというのはどういうことですか、悪人なんだけど。
Tomino. 美形キャラはサンライズ系のハイネルとかリヒテルとかいう部分で、すそかなり顕著に浮かびあがってきたキャ■フクターなんです。敵役が美形であったということでまずびっくりさせたのが4、5年前ですかね。
Tezuka. 美形キャラというのは完全な悪役ではないんでしょう。
Tomino. いや、完全な悪役ですね。これは特にこの3年ほどのサンライズの作品にかぎってのことなんですが「巨人」の星」のときも浪花節を持ちこんで美形キャラというものを成立させていますので、そういう意味では「ヤマト」のナショナリズムとやや通じるところはあるんじゃないですか。
Tezuka. そうすると、敵というよりもライバルですか。
Tomino. ライバルですね。「巨人の星」の花形満です。 それをひとつのロボットもの、戦闘ものという形のなかで、単に一方的な悪というとらえ方はせずに出していったんです。
Tezuka. これはいい勉強をしました。 今後おおいに参考にしましょう(笑)。
Endo. でも、それはいずれにしろあるんじゃないですか。 いわゆる、判官びいきというか……。
Tezuka. なるほどね、新撰組だと沖田総司になるわけだ。
Tomino. 最近、フファンレターを見ているとおもしろいんです。たとえば、ハイネルとかリヒテルの絵を印刷した自家製の便せんで書いてくるんですよね(笑)。
Tezuka. ウーン、すごいね。「ガッチャマ「ン」にも、そういうのはいるんですか?
Sasagawa. ベルク・カッツエなんかそうですね。それと「タイムボカン」シリーズというのがあるんですが、3人組が受けちゃいまして、悪役だけを残して「ヤッターマン」というのが2年つづいたんです。 こんど、2月から第3シリーズが、悪役はそのままで開始します。これなんか、まったく悪役が主役ですよ(笑)。
Yokoyama. ぼくが思うには、美形の悪役というのはスポ根から来ているという気がしますね。野球にしろボクシングにしろレーサーにしろ、かならずあるわけです。それをロボットの世界に持ちこんでひとつの理由づけをして、悪な悪の論理性を持たせているということですね。すると作品をつくるうえで、非常にハバができる。 また、そういう新しい息を吹き入れなくちゃ、もたなくなったということもありましたけど。
Endo. ちゃん”じゃけっしてない。 親にいつもだめだといわれることをかげでこそこそしたいというか、それがだめだと親に反抗する形ででてくる。つまり悪そうした一種のカタル役というのは、シスとしてでてきたんじゃないかな。
Sasagawa. 悪役は描きやすいですしね。
Fujioka. そうすると、送り手の側にライバルとか敵役を描くときに、ものすごいエネルギーをついやす傾向があるということになる(笑)。
Tomino. 藤岡さんのところの「ルパン」はまさしくそうですよね。なにしろ、登場人物全員がワルという作品なんだから。
Endo. それと、アニメーションを作るやつ自体が〝ワル”なんじゃないかな(笑)。
3. NHKアニメ開始と10年目を迎えた「サザエさん」『外国ものに限定する必要はないと思うんだけど』
Tezuka. NHKがはじめてアニメを放映したということは、今年のビッグニュースだと思うんですが「コナン」からはじまって「フューチャー」となり、来年にはもう1本ふえる。「マルコの冒険」ですか。
Sasagawa. 実写とアニメの合成らしいですね。
Tezuka. NHKというのは「コナン」にしても「フューチャー」にしても、ななにんで外国ものを使うんですかね。
Fujioka. このあいだ、NHKの仕事があったときに「まんが日本昔話」みたいな番組こそ、NHKがやらなければならない仕事じゃないかといったんです。かつて、NHKがアニメーションをやろうとした時期がございますね。そのときに民間放送がアニメーション映画で子ども番組のある部分を構成してまして、業界を荒らしちゃいけないみたいなことがあったという話を聞いてるんです。荒らしちゃいけないということばがどういう実態のことか知りませんが、それじゃ、手びかえましょうということになって、またしばらくして、どういう形で起こったのかわからないけど「未来少年コナン」がはじまった。
Yokoyama. ただぼくは、NHKがアニメをやるということには大賛成ですね。 しかし、作品的には日本的内容のものが、ずっとベターだろうと思います。 それに見あうものを、何人かブレーンを集めて作ったほうがもちろんいいんで、なにも外国ものに限定する必要はないと思うんですが。
Fujioka. 民間放送がこれだけ多発してますよね。NHKとしてはそれこそ聴視料を徴収しているんですから、その責任上確信を持った方向をだすべきですね。
Tezuka. この「アニメージュ」はNHKにかならず送ってくださいね(笑)。ころで「サザエさん」が10年目を迎えたんだそうです。これはアメリカでもめずらしいくらいの長期番組だと思うんですけれども、ぼくもこんなにつづくとは思わなかった。つまり「サザエさん」だってアニメだから、あるところまでくるとあきてくるんじゃないかと思っていたところが、10年目でまだベラボウな視聴率をとっている。これはたいへん、りっぱなことだと思うんですよ。
Tomino. ほんとの意味で国民映画というか、国民テレビ番組というか。
Yokoyama. 「サザエさん」というのはアニメーションなのかな(笑)。 非常におもしろいし、それでいちばんだれもなにもいわないという作品ですね。
Fujioka. 空気みたいなもんですね。
Tezuka. でも、空気になればりっぱなもんですよね。
Fujioka. これは切実な体験ですけど私のまわりの連中が「サザエさん」のウラでは、ワクどりをしないでくれというんです。つまり、視聴者は「サザエさん」を10年間見てきて、いま「サザエさん」を見ることをやめることはぜったい、ありえないというんです。 視聴習慣なんですね。その習慣も10年つづけばりっぱなもんですね。
Endo. ぼくの親戚の子どもたちは「サザエさん」のあいだ、オモチャで遊んでいるんです。で、ときたま、テレビのほうに顔を向ける。見てないんだなと思ってチャンネルをまわそうとすると、突然、怒りだすんです。不思議な現象ですね。
Tezuka. 考えたら、1年で52週、10年で520、しかも3本ずつ入っているか500本ですか、なんともは計1や、困ったなあ(笑)。
4. 名作もの花さ「テレビはおじいさんやおばあさんのかわりなんだ』
Tezuka. それから、今年の傾向として名作ものが依然として多いということがいえますね。「星の王子さま」なんかもふくめて、日本アニメのものまで。 これは、来年もまだつづきますかね。
Yokoyama. つづくんじゃないですか。というのは、ひとつには局とかスポンサー関係というのはまだまだ保守的なんですね。ぼくは自分のオリジナルでものをつくってアタックしたりしていますけど、やっぱりどうしても安定路線をねらいたいわけですよ。ただ、個人的な見解でいうと、ぼくは名作ものを映像化したくありません。というのも、名作は、子どもたちに活字で読んでもらいたいという気持ちがすごくあるので。
Tezuka. いいおとうさんだ(笑)。
Endo. ただ、名作路線を最初にやった日本アニメーションに所属するものとしてひと言いいたいのは、たとえば、「ハイジ」というだれでも知っていると思われるようなものを、当時のプロデューサーがなぜ企画したか。 これほどポピュラーなものはない。だれでも知ってるし、子どものころ読んでいる。ただ、当時のプロデューサーがいった。のは、ほんとうは知っていそうで知らないんだ、要するに読んでいそうでいて、あまりにもポピュラーなために読んでいないということはないだろうか。それでそれを映像化して見せる。それによって、名作というものをもういっぺん人々に考えさせたい。もちろん、名作の本質というものはできるだけだしたいけれども、要するにテレビ媒体というものを意識してつくろう。つまり、52本もつくろうということは、できるだけ克明に描きたかったわけですね。
Yokoyama. それは正解だと思いますね。
Endo. 最近の子どもは、字づらでものを想像できないということをよく聞きますね。それが「ハイジ」を放映してから、原作がすごく売れたわけです。ですから、名作を映像で見ることによってもう一度読むという形でもけっして悪くないんじゃないかと思うんです。たとえばあの角川の……。
Sasagawa. 『読んでから見るか、見てから読むか?』
Fujioka. 『映画は原作をしのげるか」です(笑)
Endo. その相乗性は否定できないんじゃないか。
Yokoyama. そういう形でなら、ぼくもいいと思いますけど。
Fujioka. それと、名作ものが多くなってきたという問題は、テレビの機能論に帰すべきだとも思いますね。テレビというのは、核家族化した日本人の生活構造のなかで、むかしだったらおじいさんが語り、おばあさんが耳もとでささやく物語を、テレビが語ってくれる。それはやっぱりテレビというひとつの媒体、あるいはブラウン管というもの家族構成のある大きな、人間の代替的な役割を果たしてきたと思うんです。あれはぜひ成功してもらいたいと思っていたし、また、現実に成功しましたね。
Tomino. 督としてはロボットものしかやけど、ぼくは、この2、3年監っていませんけど、ひとつ、痛感したことがあるんです。それは、日本の視聴者というのはすごくまじめなんだなあということですね。それが、ロボットもののなかでさえ、そういえる。ぼくはじつをいうと、すこし残念なんです。 というのも、ぼくは、本来、マンガやアニメは〝俗悪”であるべきだと考えていたんです。親に隠れて見るというエネルギーがあったからこそマンガの位置づけがあったような気がしていたんですがね。
5. いろんな話題『声優さん人気、ディズニーのテレビ放映そのほか』
Tezuka. あと、今年の話題としては、優さんが注目を浴びたこともありますね。
Fujioka. 浮かびあがりましたね、声優さんは。 先日、豊島園 (東京)で「ルパン三世」のファンクラブ大会をやって山田康雄さんをよんだんです。ところが、その日、雨が降りましてね。会場が屋外だったので中止にしようと思ったら、なんと朝の3、4時ごろからファンが列を作って待っているという。仕方がないので雨ガッパをかぶりながらやりましたよ(笑)。
Endo. ただ、声優さんのことでいうと、最近は「アフレコ」じゃなく「プレレコ」になってきたという問題がありますね。絵のほうがまにあわないので、声優さんが先に声を入れちゃう。ま、いいか悪いかはべつにして、ぼくはプレレコ主義なんです。というのも、予測しえなかった効果を生む場合がある。たとえば「ムーミン」のときの〝ンパッパ”は、どうのばしても口がまだ動いているので苦しまぎれにくっつけたんですよね(笑)。でも、その偶然がすごいおもしろさを生んだ。ぼくは、 それに期待するときが多いんですよね。
Fujioka. 「ルパン」は逆ですね。というのもルパンでは5人の役者のコンビネーションで、アドリブがものすごく入るんです。だから、ある程度、絵ができあがってないと、ぐあいが悪くて・・
Sasagawa. 役者は演技しようと思って頑張ってますからね。
Tezuka. でも、これだけアニメが多くなると、声優さんのかけもちもなんとかならないかと思うんです。ぼくもじつは「バンダーブック」のブラックジャックがまさか、デスラーと同じ人だとは知らなかった(笑)。ずいぶん、抗議の手紙が来ました。イメージがまったくかわるっていって(笑)。
Tezuka. それと、今年はディズニーの劇場用映画がはじめて日本のテレビにのって放映されました。これも画期的なことだと思います。「ダンボ」にはじまってどんどんでてくるわけですが、たいへん残念なことに「ダンボ」の視聴率はあんまりよくないんですね。ディズニーイズムの衰退というより、やはりテレビにのったときの評価のちがいというんですか、ちょっとさびしい気がしたんです。あと、ニュースとしては「ガッチャマン」がむこうに売れたんですか?
Sasagawa. 売れました。
Tezuka. これはたいへん明るいニュースです。こちらの人がむこうまでいって、むこうでアメリカふうになおしたんですね。
Sasagawa. アメリカで編集しなおしてダビングもしなおすんです。そのようすを見てきたんですけど、こちらは手を加える余地がぜんぜんないんですよ。
Tezuka. ハンナ・バーバラがあそこでやったとかいってたけど。
Sasagawa. 部分的に書きたしの部分がどうしてもでてくるわけです。それをハンナ・バーバラに。全体じゃなくて部分だけでしょうけどね、それを入れて。
Tezuka. これはおめでたい、いいニュースですね。私、アメリカに行っていろいろ調べると、日本のアニメーションというのはどれもおなじに見えてしまって。というのは、つまり主人公はみんな眉毛が太くて、女の子は目が大きくて目のなかに星があるということだったんですけれど、そのなかでも「ガッチャマン」は評判がたいへんよかったですからね。
Fujioka. 比較的美しいですよね。
Tezuka. あと、まったくみなさんとは関係ない時点のアニメというのもかなりあるんです。ひとつは”アニメ研〟と称する会が、かなり自主的にアニメ上映会を行なっています。たとえば「ぴあ」あたりでアニメ・フェスティバルなんてのもやっているわけです。そういうアニメを見ますと、半分ぐらいはテレビアニメの焼き直しなんですよね。そして残り半分はまったく実験アニメの形態なんです。
Fujioka. その点については、手塚先生にまたまたお願いすることがあると思います。ぜひその橋渡しを。
Tezuka. ま、それだけじゃなしに、いつだったか紀伊国屋(東京)でテレビアニと実験アニメの両方のフェスティバルをやりましたよね。これがひとつのいまいわれた橋渡しなんです。つまり、テレビアニメは人気があるからそれでお客を呼んで、こういうアニメもあるという紹介もやったわけなんです。それからアニメ界内のニュースとしては、今年4月に「日本アニメーション協会」ができました。 70人の会員がいまして、久里洋二さんとか月岡貞夫さんなんかが入っています。これはアニメーターというよりも作家ですね。この会が国際アニメーション協会とむすびついて、国際的にはそのアニメを広めていくという趣旨らしいんですが、たいへんいいことだと思いますね。
6. この1年をふりかえって「いま一番必要なのはアニメーターの養成です』
Tezuka. ところで、かなり急ぎ足に1年をふり返ってきたんですが、来年への展望ということになると、みなさん、どうお考えになりますか?
Fujioka. ちょっと視点がはずれるかもしれませんが、ぼくは「ヤマト」などでいちばん感じるのは演技”不足なんです。で、これをつきつめていくと、アニメの今日を語る場合に、やはり「アトム」をテレビにのせた手塚先生の罪の深さというのは大きいと思うんです(笑) つまり、リミテッド・アニメは、まさに世界のテレビにおいて、アニメが子ども文化として生きのびていくただひとつの手がかりであったわけですが、それが悪い方向にいくと演技不在になってしまう。
Tezuka. (笑)いや、やっぱり、それは人材不足の最たるもんだと思いますよ。わりとシロウトに近い人たちが、ま、これはみなさんの前で申しわけないけれども、会社にはいると2、3か月ですぐ起用されて、わりといいポストの原画を書かれるでしょう。これじゃ、やっぱり演技はできないでしょう。
Fujioka. ですから、やっぱりリミテッド・アニメーションという手塚先生の用語から今日の実態があるわけですから、これはひとつ手塚先生に、なにか呼びかけをしてもらわないと、罪ほろぼしはできませんな(笑)。
Tezuka. ただ、ぼくが考えてたリミテッド・アニメっていうのは〝劇画”じゃなかったんです。つまり、演技をやるとかいうんじゃなくて、リミテッドなリミテッドのおもしろさを追求してほしかったんです。つまり、人物が急に消えたり止まったり、これは演技じゃないですよね。はっきりいうと超現実的なアクションでしょう。やはりぼくたちがねらっていたものは「街角の物語」とか、わりとフルアニメに近いもので、それは芝居をやらせようと思っていましたね。当時の東映さんの、たとえば「ホルスの大冒険」とか、ああいったようなものは、これこそほんとうに演技で生きるキャラクターでしたよね。ま「巨人の星」あたりがその中間にいくんでしょうかね。つまり、演技もやってリミテッド・アニメっていうの、これは基本的にはむずかしいですよね。このあいだ、非常に驚いたのは、子どもの投書で、クチセルが動いているだけでも、止まっている絵が非常にムードをかもしだしていれば、それで私たちはアニメだと思いますという内容が書いてあって、ぼくは自分を恥じたんです。こういう世界になったのかと思って(笑)。
Fujioka. そういう意味で、きびしい訓練をみずからをふくめてやりなおさなければならんのじゃないかと、近ごろよく思います。じつはこのあいだ、アメリカへ行きまして、ウインザー・マッケイの「リトル・ニモ」の映像側の権利を買ってきたんです。ご承知のように、アメリカでいちばん最初にアニメ映画を作ったところですね。で、これは日本人の知恵だけでは作りきれないと思って、いろいろ捜したところ、ワーナー系の「バックス・バニー」を作ったチャック・ジョーンズがいいということになったんです。
Tezuka. プロダクションをもってますね。
Fujioka. で、彼と会って話したら、開口一番こういうんです。「受け手の印象度はどういう形ではかられるかわかりますか、いったい、どこにあると思いますか」と。で、つづけて「これはある場面の動きです。演技”ですよ、それを確信できないなら、私はお手伝いできません」 私はすぐさま、彼と組んでやろうと思いましたね。けど、ふとふりかえって、彼のよびかけにこたえられる仕事をほんとうにやっていけるのかと考えたら、さびしくなったんです。というのも、おそらく、日本で、彼と四つに組んでやれるというスタッフが、はたして何人いるか?!?!
Tezuka. …..
Fujioka. しかし、私は、このアニメというジャンルが、永久的に表現媒体として成長していくためには、この仕事を生涯の計画のなかにかかえこまなきゃだめだなと思うんですよ。
Tezuka. 藤岡さんの希望をかなえるには、まずフルアニメができる人をたくさん養成しなきゃだめですね。
Fujioka. ですから、その人たちが正常に育つだけの条件をつくっていかなきゃなりませんね。
Tezuka. フルアニメの人がリミテッドをやりますと、ポイントがわかるんですね。それで絵になるわけですからね。
7.’79年へむけての抱負『ぼくは日本人の神話を作ってみたいと思っている』
Tezuka. では、最後にみなさんの10年へむけての抱負をおききしたいんですが、まず、遠藤さん。
Endo. ぼくの場合、いま追求しているのは、ひとつは動物もの。それから日本の風土に根ざした日本神話を考えています。アニメの強みを発揮して、もういっぺんアニメで日本人の神話をつくってみたいと思ってたんですが「火の鳥」をやられちゃったんで、これは….。
Tezuka. 「火の鳥」はSFだから。
Endo. ま、いいんですが(笑)。つまり、そういうのがありまして、ですから、ぼくはいま、日本画を研究しているんです。つまり、海外にむけて、これは日本の作品であるといえるものを追求してみたいというのがひとつありますね。で、内容は日本の歴史がもっと豊かなものであったことを訴えてみたいと思うんです。たとえば、アメリカ人は芝生を育てるのにスプリンクラーで水をまくけど、日本人は、芝生のなかの雑草を1本1本ぬいてゆく民族だと思うんです。そのあたりをぼくは非常に感情が豊かだと思うんだけど、描いてみたいですね、笑われるかもしれないけど原日本人”を。あるいは「ヤマト」に通じるテーマかもしれませんが。
Tezuka. 横山さんのつくりたいのはどういうものですか。
Yokoyama. ぼくはまったく純粋なんですよ。いままでをふりかえって、少女ものな「魔法使いサリー」から「アッコちゃん」とかやってきて、ロボットものならバンと「マジンガーZ」というのをやったわけです。そこでぼくの考えるアニメというのは非常に極端から極端にいくんじゃなくて、もう日常でまったくいい、日常のことをやろうじゃないかという感じが、いまするんです。子どもたちのなかにはいっちゃおうじゃないかというね。自分では、いろんなひとつの路線みたいなことをやり過ぎたために散っちゃってるのかなあとは思うんですが……。
Tezuka. それだと「サザエさん」になっちゃいませんか。
Yokoyama. いや「サザエさん」にはならないでしょう。いま松本先生の「銀河鉄道999」をやっているんですが、自分なりに先を見越してるつもりなんです。「スター・ウォーズ」「クローズ・エンカウンター」、そして西崎氏の「ヤマト」もあるよという社会の流れのなかで、そのあとにくるのは、もっとゆったりした非常に経済的にゆとりのあるところへ行くはずだと……。 そしていちばんほしいのはロマンじゃないか、ゆったりした気持ちのものではないかと思ったわけです。
Tezuka. 藤岡さんはどうですか。
Fujioka. 壮大なファンタジーをアニメーションでやってみたいですね。テレビっていうのはむりでしょうけど、ファンタスティックなイメージというのはイラストなんかじゃなくて、やっぱりアニメーションだと思いたい。これが、本来のアニメーション映画の得意とする真骨頂ではないかと思います。 具体的に企画も考えていますけど……。
Tezuka. 富野さんはどうですか。
Tomino. 単純にいっちゃうと、横山さんとやや意見を異にするんですが、 人間の力というのはいつの時代でも人間にはあると思うんです。 この2、3年アニメがもてはやされている現象のなかでいちばんきらいなことは、情緒とことばだけで、人間の実態というもののエネルギーまでファッション化しているという風潮です。正直いって、そうしたものをこわしたい。そういうものをつくれれば素敵だなと思うし、そういう力を自分自身のなかに身につけたい。どんなジャンルのものでもいいんですけど。
Yokoyama. 反省しちゃってるんじゃない。
Tezuka. いや、反省というのは建設につながるからいいんですよ(笑)。
Tomino. そういう意味でぼく自身、それなりの確信があるんですけれども・・・・・・。ことばでいえるような簡単なものじゃないという部分が正直いってありますし、そうした意味で、手塚先生のやっていらっしゃる「火の鳥」の底流に流れているものにも共感します。
Tezuka. 笹川さんはどうでますか。
Sasagawa. 私はそんなむずかしいことではないんですけれども、技術的にもいまアニメーションでやっているのは、セルに線画で絵を描いていますが、これはもう限界に来てると思うんです。 極端にいえば、物語がなくても、それか絵だけじゃなくて実写とか、ぜんぶひっくるめてたのしいやつでもいいと思うんです。そういう意味で新しいアニメーションの世界をつくりあげてみたいような気がします。
Edtor. ところで、手塚先生ご自身はいかがなんですか?
Tezuka. きょうのぼくは、司会者ですから(笑)。
Yokoyama. 最後に、これはいっておきたいんですけど、ま、先生がいちばんよくわかってると思うんですけど、要するアニメにもっとお金をかけてみたいですね。
Tezuka. これは全体意見としていえますね。ここのところは五号活字ぐらいにしといてください(笑)。
pg. 85-102: Golden Warrior by Yuki Hijiri (Part 7)

pg. 103-118: My Animage

pg. 119-121: “Seiyuu 24 Hours” #7 – Miyuki Ueda

pg. 122-123: Biography of an Anime Person – Kazuo Komatsubara

pg. 124-125: “Lupin’s Musings” (Yasuo Yamada)

pg. 127-131: Anime College (Shinichi Suzuki, Emiko Okada)

pg. 132-133: History of Animation Composition #7

pg. 134-135: “Just a Word” (Masaki Tsuji)

pg. 136: Hisashi Katsuta’s Introduction to Voice Acting #4

pg. 138-144: My Plaza

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