Yū Mizushima

1980

September

Feature Article [“Anime Star”, The Anime]:

代しかしさは、今最高潮!? 全国なとびまわってます。

さ、おまたせしました! ジ・アニメ名 ・アニメスター訪問、今回のターゲットは 若手声優人気ナンバーワン、水島裕クンです。 ホント、裕クンの人気ってスゴいんですよ。 編集部にもゴッソリ手紙が届くもの 「ア ニメスター訪問で、水島裕さんをやって!」 とか、なかには「裕ワンをのせないと、ジ・ アニメを買わなくなっちゃうから!」なんて、 脅迫めいたものまであるんです。ところが、 裕クンったら、ムチャクチャ忙しいんですよ ね。アニメに、洋画に、ディスクジョッキー に、そして歌に大活躍でしょ。休むヒマなん かないのでは、と心配しちゃうくらい、大忙 がしのクンなんです。 さて、きょうの裕クン、スケジュールの変 更で、なんとオヤスミ。せっかくの休日をつ ぶしちゃうようで申しわけないんだけど・・・・・・・ じゃ、いっしょに遊びに行ってしまおう! てなわけで、やって来たのは豊島園。ここ 東京23区内にあるとは思えないほど、広く て、緑が多くて、とても感じのいい遊園地な んです。門の前で裕クンを待っていると、あ りや、雨が降ってきた。こりゃ困ったなァ。 「おはようございます。雨、降っちゃいまし たね。ぼく、シャトル・ループに乗れると 思ってたのしみにしてたのに、ついてないな アブツブツ・・・・・。 まァ、そう残念がらないでくださいヨ。雨 のプレイランドも、またいいもんです。でも、 憎らしい雨が本降りになってきたんで、先 にインタビューからいきますか。まず、近況 はどうですか? 「やっぱり、忙しいですね。アニメのレギュ ラーは”オタスケマン”のヒカル役だけです けど、海の救助隊レスキュー5″という洋 画(これは大阪・九州地区のみ放送。東京で も今後放送する予定です)を、曽我部和行さ んや、野島昭生さんたちとやってます。ラジ オは〝真子と裕のスマッシュ・ルンルン”と ロメロジュニア出発進行!”。あと、関 西テレビの〝宝塚テレビロマン”に出演して ます。レギュラーはそのくらいですが、ゲス 出演やイベントが多くなったんですよ。遠 いところにある放送局に行ったり、歌の発表 会なんかで飛びまわってます。」 うわ、それでは休みがないのもアタリマエ みたい。ところで、この世界に入ったきっかけは? 「じつは、ぼくの妹が、NHKの放送児童劇 団に入ってたんです。で、遠足とか課外授業 とかあって、たのしそうなんですね。だから 自分でもやりたくなっちゃつて、中学一年の とき、劇団若草に入ったんです。けっこうい ろんなことをやりまして、テレビ、ラジオ、 舞台、映画、はては、”笑点”のちびっこ大喜 利なんてのにも出ましたヨ。ザブトンはあま りもらえなかったけど(笑)。」 中学1年からこの世界にいるとなると、も う12年もたっているわけ。ということは、裕 クンの人生の半分は、演劇とかかわっている んですね。 「そうでもないですヨ。ブランクもありまし たから。高校2年のときにも、大学受験のた 休んでましたしね。 裕クンの入った大学は、日本大学芸術学部 写真学科。なぜ、写真などに進んだんだろう。 「ホントは、写真は大学に入るまでやったこ となかったんです。ぼくは高校も日大の付属 ですけど、先輩がみんな演劇科に行っちゃう んですね。でも、ぼくはどうも〝パターン” がすきじゃないし、それに、大学は学業の場 であって、プロの養成所ではないでしょう。 ま、ヘソ曲がりなんですよ(笑)。で、そんと き、特殊写真の展示会を見て、これは性に、 合ってるんじゃないかと、カメラも持たずに 受験したら 受かっちゃったんですね、こ れが(笑)。」 もちろん、裕クンは演劇から離れたわけで はない。 大学2年から、青二プロダクション に所属し、いよいよ本格的に取り組むことに なる。 「それ以前も、一休さん”のゲストなんかや りましたが、アニメとの本格的なつきあいは 超人戦隊バラタック”のマック役からです。 プロダクションに入ったので、まわりの方は ぜんぶ大人。それにぼくの力不足もはっきり してたから、少しでもみなさんに迷惑かけな いようにがんばりました。 それからの裕クンの活躍は、みんなも知っ ているでしょう。”一球さん””バンダーブッ 花の子ルンルン””タンサー5″といずれ も主役クラスを演じています。そして、現在 バカウケの”オタスケマン”で大活躍! しょ?」 「アニメっていいですね。ぼくも”アトム世 代”なんで、小さいころからすきでしたし、 今後も続けていきたいですね。 と、聞いているうちに、どうやら雨も小 降りになったようです。さア、豊島園に入っ てみましょう。 霧雨を抜けると、大きなメリーゴーラウン ドがあります。これは外国から取り寄せた特 別製。さっそく裕クンと乗ってみました。 「これ、とてもキレイだなァ。ライトも夢が あるし……ねェ、あの光、流し撮りしたら絵 になるでしょうね。 さすが、写真学科出身ですね。目のつけど ころが違います。さて、次はおとなりの〝ミ ステリーゾーン” 「え、ミステリーつて、やっぱりコワイんで こわいけど、おもしろいんですヨ。 「だめッ! こういうの弱いんです。やめま しょ、やめましょ。心臓に悪い!」 ヘ工、そういう面もあるんですね。じゃ、 あっちの”オート・スクーター”はどうです か? 「わ、あれだいすき! 車をぶつけ合うヤツ でしょ。乗ろう乗ろう!」 と、記者とカメラマンも別の車に乗せられ ちゃいました。カメラマン氏はシメタとばか カメラを構えるけれど、記者は運転で必死。 や、裕クンの車が向かってきた… ガシャー ン!!う、やられた えい、裕クンのオ オート・スクーターにこりたので、今度は カメラマンが外から撮影できるものを と いうわけで〝フライング ボップ”に乗って もらいました。裕クン、なんとなく不安気な 顔つきです。 ボブスレーみたいなカーゴが、ゆっ くり回転を始めました。 「え、え、こういうの苦手だよッ!」 なんていってももう遅い。マシンは 無情にも回転速度をアップ! 「ヒエー! ウワー!アヘー!」 マシンが停止したとき、裕クンは ぐったりとシートにもたれかかってい ました。裕クンファンの人、ゴメンナ サイ。でも、乗らないでヨカッタ・・・・・・ あんまりイジめちゃ悪いので、これ くらいでやめましょう。近くのパーラ ーでインタビュー再開です。今度は歌 のことを聞いてみました。 「はじめてのレコードは”レインボー マン”の主題歌なんです。あのときは まだ高校生。今、聞き直すと寒気がし ます(笑)。」 え、”レインボーマン”を歌ったな んて知らなかった。そういわれてみれ ば、裕クンの声ですね。なかなか迫力 ある歌い方ですよ、あれは。 「オリジナルは星空の抱擁”がデビ ユー曲です。なんか、ひょっこり出ち やったって感じですね。 というと? 「ぼくの前に、富山敬さんがレコード を出しましたよね。そのディレクター だった、キングレコードの小川卓さん のところに遊びに行ったら、とつぜん 歌ってみないか?”と譜面を渡さ れたんです。びっくりしたけれど、そ れがとてもいい曲で、ぜひ歌わせてく ださい、ということになったんです。 すごく、ラッキーでした。 歌を始めたことで、何か変わったこ とは? 「とにかく、ぼくのいろいろなものが 広がったんです。たとえば、ファンの みなさんと交流できるようになったし いっしょにたのしめるようになりまし たからね。ラジオもそうです。 ラジオ っていうのは、芝居抜きで自分自身を 出さなきゃならないでしょ。そして、 その反響がありがたいほど伝わって来 るんです。とにかく、今年ほどラッキ ーな年はなかったですね。歌とラジオ というすばらしい世界に入れたのです から。」 裕クン、今、24歳。なにをやっても 光ってます。そんな裕クンだから、フ アンの人たちも熱心に応援するのでし ょう。 “ひょうきんポンポン”なんて アダ名があるけれど、素顔の彼はいつ も真剣です。星空の抱擁の歌詩ではな いけれど熱くなれ!” を地で行って いるようなホットな男です。 「いろんなことをやるからには、自分 自身に何かないとだめなんだ、と思い ます。いまは、悩む前にとにかくやつ つてみようと思っています。そして、 すべてのものが、ぼくのなかで関わっ ているんです。 けっきょく、常にひと つの仕事を、一生懸命にやることがた いせつなんですね。演技者としての実 力、魅力を深めることをいまは、 前進あるのみです。 この本が発売される当日 8月10 日、裕クンはミュージカルの舞台に立 ちます。きっと、新しい魅力を見せて くれるでしょう。翔け! 水島裕! (文・加山俊男)

1981

October

Feature Article [“Star Graph”, My Anime]:

僕の動機、不純なんです

幼い頃私、小坂恭子が夢見た職業は、獣医 さん、それに花屋さん(実に女の子らしい!)。 動機は? というと何の事はなくてただ単に いつも猫たちや動物たちに囲まれていたかっ たから獣医さんになりたいとか、いつも花の 中に埋もれていたいから花屋さんがいい、と いうきわめて単純な理由だった。けれど、な ぜか今、音楽道路を自然に歩み続けている。 なぜ音楽でなければならなかったのか。動機 は定かではないけれど、幼い頃、人前で歌う 必ず、お菓子の包みやお小遣いをもらえる ので、父の宴会席上には必ずくっついていっ たものだった。こういうのはやはり、不純な 「最初、妹がNHKの児童劇団にはいってい たんですよ。それで、僕の両親はあまり子供 たちの事をうるさく干渉しない人たちだった から、僕が妹の父兄がわりに劇団の催しもの、 例えば課外授業だとか、遠足だとか、全部つ いていってたのね。つまり、楽しい場面しか 見ていなくて、子供心に〝ああ、劇団って楽 しいんだな”そう思った訳。それに僕、小学 だけで6回も転校してるんですよね。だか 遊び友達もほしかったんです」と、彼流に言 えば、不純な動機で彼も劇団に入団した。 小学校時代から、進学のゼミに足しげく真 面目に通っていた動機も、可愛い女の子がた くさんいたからという、これまた素直という か、天真爛漫というか、結局不純な動機。 ロボット博士になりたかったという彼。幼 い頃は、きっと老成たガキ大将だったのでは ないだろうか。ふとその面影が、少し照れな がら話す横顔に、時折しのばれる。

弱者だからこそ、今日の日を爆走するんです。

彼とのインタビュー・テープを聞いて、ビッ クリした。テープから聞こえる彼の声。一瞬 西城秀樹かと思ったほど、甘くて少しハスキ ーな声。とにかく良く似ていた。 彼の声優としての初仕事は中学1年の時で、 ウォルトディズニーのアニメ映画「熊のプー 「さん」中のクリストファー・ロビンという少 年の役。彼は早くも中学時代からプロダクシ ョンに在籍し、声優を生活の一部として歩み 続けてきた。 彼は年少の頃から自分でも気付かないほど、 自然に自分の進むべき道を選んでいたといえ る。不純な動機で入ったとはいえ、演劇をお 休みしたのは、自活し始め、アルバイトに奔走 大学時代の後期くらいのもので、少々写 多いんじゃないかと思う。それは保障がある 訳でもないし、はっきりと形を残せるもので もない、つまり明日がどうなるか分からない、 とても不安定なんです。その中で仕事をやっ ている人って、よっぽど強いか弱いかのど ちらかだと思う。僕はどちらかというと後者 で、とても気が弱いんです。だから、その日 その時を突っ走るしかないんです」 彼はひどく言葉を大切に受け止める。あな たの夢は?という質問にも安易に答えたり はしない。 彼の恋も愛も夢も、すべて”仕事”、この言 葉に語り尽くされる。

老人になったら茶飲み友達になろうね といった若き侍

「恋人? いないんです。暇がないんです。 男の子としてみっともないと思いますけどね。 勿論、女の子大好きですよ。でも、昔と違っ 執着心がないし、昂揚が薄れてきてるみた い。今は仕事に対する昂揚の方が強いんですよ」 芝居とは自分が楽しんではいけない。どん なに悲しい場面でも100%泣いちゃいけない。 でなけりゃ大衆に伝わるものも伝わらないと 彼は言い切った。 役者にとっても歌手にとっても、一番幸せ なのは、お客が楽しめて自分も楽しめる事 水島裕は、芸人でいたいと言った。 「明日をもしれない貧しい役者が、血の出る おもいで芸を磨き、粗末な小屋で大衆に演じ て見せ、投げられたおひねり(お金)だけでそ の日の身をたてる。そんな芸人でいたい」 言った。そこに彼の演劇にかける凄まじいま での情熱を感じた。 「僕ね、頑固じじいになりそうだよ。恭子さ んも頑固婆さんになりそうだね。そうなった ら、茶飲み友だちでいようか。でもね、 事をしていたいんだよね。だって若者には若 者の、老人には老人の仕事があるでしょう。 まあそんな中でも、ゆっくりお茶飲むゆとり だけは持っていたいけどね」 とにかく、弾丸のように仕事に向かって疾 走してゆく彼。唯一の楽しみも、仕事だと言 った彼。 イヤイヤ、きっと仕事からも、そし 自分からさえも解き放たれて、ただぼんや りとやり過ごす時こそ、一番充実して楽しい 時なのだという事も、きっと彼は知っている にちがいない。 9月には「グリース」というミュージカル でがんばるんだ、と目を輝かせて話す彼は、 都会の中にザックリと切り込んでゆく侍のよ うに頼もしく、凜々しい勇者に見えた。

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