Yoko Asagami

1982

November

Feature Article [“Star Graph”, My Anime]:

野菊の如き君なりき

晩秋のある日、京都でのコンサートを終え た私は、一日休みを取って、嵐山から嵯峨野 路あたりのお寺を歩き回ってきた。 苔むした階段を登りつめ、小さな滝の流れ を見てゆくうちに、身も心もすっかり洗われ てゆくようだった。 本堂の前で手を合わせてまた歩き始めた時、 麻上洋子さんの事を思いだした。というのも、 初めて洋子さんに逢った時、雨にうたれ、風 に吹かれても、しっかりと大地に根を張って 薄紫の花を咲かせる可憐で愛らしい野菜を連 想していたからだ。 さて、小学校時代から放送部の部長をして いた彼女は、自分でラジオドラマを作っては コンクールに出品したりする女の子だった。 「とにかく私のお話を聴いてもらいたい。そ して、そのお話の中に人を引き込みたいと思 っていたの。私ね、うまい、声の、俳優にな りたい の。顔の表情や体の動きを使わずにマ はなれないと思ってるのよ。でも、うまくな る事と稼げるという事とは違うと思うけど、 気持ちが納得できるというのは、やっぱりう くなる事でしょ。だからうまくなりたいの」 彼女は幼くして自分の天職を選び、そして その天職に生きてきた。彼女自身の人生を支 えてきたものは、やはり本物の声優になるた めに……とかたむけてきた努力と情熱だろう。 今でこそ声優という職業がとりざたされて いるけれど、彼女が声優を志した時代には、 まだまだ縁の下の力持ち的立場の職業だった のである。「声優って職人だと思ってる」と言 って笑った彼女に、何かしたたかなものを感 じた。 ジャンヌ・ダルクの如き君なりき 彼女をインタビューした日の午前中、彼女 は、自動車の仮免試験に見事一回で合格して いた。一見すると、どうも車の運転より手芸 をしたり、絵を描いたりしている方が似合う ようなのに、かなりの行動派なのである。 「自分がやりたいと思った事は、とことんや りぬくの」。18歳の時、パスポートからホテル の手配まで自分一人でやってのけ、沖縄まで の独り旅を楽しんだりもしたそうである。 「私の夢はね、世界中を車でドライブして回 ってね、きれいな海があったら、その海でダ イビングしたりして……。それで私の場合、 人前にパッと出て、といった仕事はあまり好 きじゃないから、例えば文章を書いたり、声 を送る仕事をしながらあちらこちらを回れた らいいなって思うし、その時、近況報告を手 紙で送れる愛する人がいればもっといいなあ、 と思ってるの」 その日のために、彼女は今着々と準備を進 めている。車の免許を取ることはもちろんの こと、語学の勉強まで始めているのである。 英語、フランス語、イタリア語の三カ国語を 喋れるようになりたいそうである。 人は大人になるにつれて夢を夢で終わらせ てしまうことがある。けれど彼女は、大きな 夢のために小さく地道な努力を始めているの である。男と女の枠を越え、大きな愛のため に勇敢に死んでいったあのジャンヌ・ダルク のように、麻上洋子さんも、自分の夢と自分 の未来を、より確かなものにしていってほし いと思う。

鐘の音の如き君なりき

彼女は、暇を見つけてはお寺を巡る。お寺 の階段を登りながら、彼女はいつも何を想っ ているのだろうか。 「強く生きるより、やさ しく生きてゆきたいの。誰も独りでは生きて ゆけないものね」。彼女に逢って、私はひさび さに、女性としての原点を持っている女性を 発見したような気がしていた。私の心に麻上 洋子さんの打ち鳴らした心の鐘の音がいつま でも響いていた。 作家として、歌手として、もちろん声優と して、大忙しの洋子さん! 今度はあなたの 書いた「女の子の冒険手帳」を片手に、一緒 にお寺巡りでもしたいですね。

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