1984
January
Animedia [pg. 5-9]



並の人間以上の優れた能力を持つロックを“超人”と呼ぶ。しかし、彼は〝超人”として生きようとはせずに、あくまでも一人の人間”として、生きる道を捜し求める。『超人ロック』をみつめる場合には、このことを忘れてはならない。その内面に隠されたロックの心こそが、他のヒーローとの相異点であり、大きな魅力となっているのだから…….今回の映画も、ロックの人間としてのドラマが描かれている。レディー・カーンと敢然と戦うロックも、エスパーとしての見せ場ではあるが、エスパーゆえに一人で生きてきたロックの悲しみ、そして希望を描いた心理描写のシーンも見どころになりそうだ。レディー・カーンの下で働くコーネリアとの心のやりとりがある。惑星ロンウォールで、ロックとコーネリアは対面する。この時ロックは、初めてコーネリアというエスパーの存在を知る。そして、ミレニアムの闘士として、道具になりきろうとしている彼女の心にも気づく。コーネリアは、ロックのことを聞かされていた。エスパーでなければ、恋多き年頃の24歳である。敵であるはずのロックに対し、知れば知るほど心ひかれていったとしても、無理ないことだろう。戦いの後で、傷ついたコーネリアを優しく治療してやるロック。「そうだ」「ロック?そこにいるのはロックね?」「だめよ、もう手遅れよ」「あきらめるな!君にはまだ・・この時2人の心はかい合っていた。同じエスパーであり、同じ惑星トアの上に住んだことがあったという共通点が、さらに2人を強く結びつけたのだろう。しかし、それもつかのま。コーネリアは地球で記憶調整がほどこされてしまう。生まれかわるコーネリアをヤマキのことばを借りるなら「花を愛し、美しいものを美しいと感じる良い女」となる。しかしロックにとっては「一番美しいもの」を失わされてしまったコーネリアである。それは、ロックとコーネリア2人だけの間で交わした”愛”なのだ。コーネリアは思い出すことのない愛だが、ロックには永遠に忘れることのない愛なのだ。
“人間”だからこそ得られる幸福!?
超人”であるロックが、悲しい愛”の代表であるなら、普通の“人間”であるヤマキは、幸福な”愛”の代表として描かれている。ヤマキとジェシカの出会いは、レディー・カーンに仕組まれたものだった。そうとは気づかぬヤマキは、記憶喪失のアメリア(ジェシカ)に思いを寄せていく。惑星ディナール・病院「ヤマキさんって、女にもてるタイプでしょ?ハンサムで優しくて、背が高くって男らしくて……」「ハハ・・・・・・まさか……ハハ」「…..」小学校の時に女の先生と話をしたことしかないヤマキは、ジェシカの眼を見てドキッとなる。「このボーッとした、甘酸っぱい、えたいの知れない感情は何なんだ?・・・・」連邦軍駆逐艦デュオニソスのベッドに横たわったヤマキは、いらつく。「まさか、銀河系連邦軍情報局長官ともあろう者が18〜19歳の小娘に!?!?!あり得ない……夢にきまっている」「もしもいつの日にか、彼女にダンスを申し込まれたりしたら、どうするんだ。震えちゃいかんぞ!おお、アメリア」恋歌に合わせてうっとりと踊りのステップを踏むヤマキ。純なヤマキの、赤くなったり青くなったりしながら、うろたえ、そして幸福そうな彼の顔が目に浮かぶ。あたり一面の星々の輝きの中でのラブシーンは、とても美しく、”愛”という一番美しいものをさらに感動深く見せてくれる、そんな気のするワンシーンだ。地球連邦軍病院でヤマキは、それとなくプロポーズする。ヤマキの思いを受け取めて、おもわずヤマキにしがみつくアメリアはただの18歳の少女だ。それがロックを見たとたんジェシカにもどる。しかしヤマキはロックに言う「エスパーであろうとなかろうと、アメリアはアメリアだ。俺にとってただ一人のアメリアだ!」。原作では、このとき一瞬、ロックはことばを失う。“超人”であるロックには、望んでも得られなかった“人間”としての幸福を、ジェシカがヤマキによって得ることができた瞬間であった。原作のコーネリアのセリフを借りれば、「人間らしく生きる」ということは、「自分に正直に生きる」ことであり、その見本がヤマキとジェシカだったのだ。それゆえに、ヤマキは”人間”だからこそ得られる幸福を手に入れた。ロックとヤマキの立場の違いを、シナリオは上手に表現している。
戦うけれど“正義”なんて知らない!!
この『超人ロック』の見どころは、人間ドラマとともに、迫力ある超能力合戦にもあることは前にのべた。しかし、この超能力合戦のシーンも心理ドラマの一つの表現方法にほかならない。彼はけっして“正義”のヒーローではない。本心はむしろ戦いを避けようとしている。しかし、戦いはいつでもいやおうなしに彼を巻き込んでしまう。”死にたくない”これは誰もが考えることだ。彼もまたそう考える。だから戦う。戦いが始まれば、彼は〝超人”である。傷つくことはあっても、自分の意志で、傷を治すことができる。攻撃を受けるととっさにバリアをはってしまう。彼にかなう人はいないのだ。今回の戦いもまた、いわゆる“正義”の怒りに立ちあがったわけではない。どちらかというと、羊のお産を助けてくれたヤマキに興味をもち、彼に付き合うことを決めふしがある。シナリオによれば、ロックが超能力で戦うシーンは、他人、それも心ひかれる人を助けるためか、襲われ、自分の生命が危なくなった時だけなのだ。どんな気持ちで戦っているのか想像してみてほしい。このページに掲載された写真は、テレビスポット用に描かれたセル画である。右ページの微笑はどこかしら淋しげで、左ページの表情は悲しげに見えないだろうか。
心理ドラマの小道具たち
心理ドラマの場合、アニメでも実写でも良く使われるのが、その時の心理状態を表わすための小道具だ。たとえば、実写などでよく見ることができるのが、お酒やタバコや花など。『超人ロック』では、自然現象やメカなどまでもが、登場人物達の心理状態を表わす小道具となっている。惑星トアで〝超人”であることを思い出させられたロックの心を物語るようにふりだす雨。ヤマキとジェシカの幸福な心を象徴するかのように輝く星々。レディー・カーンの勝誇ったように闇の中から姿を現わした醜い肉体。この映画では、もしかすると全てが、心理劇の小道具として使われているのかもしれないとさえ思えてくる。ところで、今回の映画には、10分間のコンピュータグラフィック(以下C・G)が使用される予定だ。このC・Gは、どんな画面を作ることができるのだろうか。その答えによっては、いろいろな小道具が、いろいろな方法で利用されるのではないだろうか。そこで日本アニメーションが誇るANTICSのことを井上昭子さんに説明して頂いた。大きな特徴として次のことがらがあげられるという。(1)2枚の原画から、2枚の中割を自動的に行ないアニメーションにすることができる。(2)1枚の原画から、位置の移動や大きさの変化などがかんたんにできる(右下のイラスト)。(3)約25万種の色が使用でき、それも位置を指定するとすぐに画像として見ることができ、変化させることもできる(左下のイラストと写真)。(4)何枚もの絵を合成することができ、しかも、セル画のように何枚か重ねると色が変わるということが絶対にない(左上のイラストと写真)。この他にも、試験的に作ったビデオを見るかぎり、K-1の放射熱によってアステロイド・カーンがゆらゆら…
キャスティングの発表会は、ファンの前で盛大に!!
去る11月17日の夕方、ニッポン放送のスタジオ銀河はロックファンでうもれた。用意されたイスに座りきれず、立見の人もでたほど……。『潘恵子の占星ショナル・ロック』の公開録音と、キャストの発表会を兼ねてのイベントだった。出席者は、もちろんジェシカ役の潘恵子さん、ロック役の難波圭さん、ヤマキ役の安原義人さん、コーネリア役の藤田淑子さん、音楽担当の淡海悟郎さん、そして、原作者の聖悠紀先生に、松竹宣伝担当の方々。集まったファンからの質問会や、ラジメーションなどと内容も盛りだくさん。このもようは、1月24日夜8時から放送された。今後も12月18日の前売開始日の早朝イベントなどが予定されている。
February
Animedia [pg. 155]

今月はまず、ロック役に決まった難波圭一氏にご登場を願おう。原作本は前から読んでいたと言う難波氏は、26歳の若手有望株。「第一印象は、ロックとは本当にさわやかな少年というイメージだったんです。それが読み続けていくうちに、永い時間を生き抜いてきている超人、人生の重みを背負った人物というイメージに、しだいに変化してきました。おかげで、11月17日録音撮りした『潘恵子の星ショナルロック』で、初めて声を出す時はこわかったです。しかし、終了後に聖先生から演技はまだまだだが、ロックのイメージに一番似ていると言われて、大変うれしかった」と語ってくれた。ファンの熱い視線がこれから集まってくるから大変だ!!!
続いては、主題歌決定のお知らせ。</b> 河内淳一とストライクスが歌う「星のストレンジャー」。日本コロムビアから発売される。挿入歌は河内淳一と堀江美都子が歌う「RAINBOW BRIDGE」。1月21日に発売される。
また日本コロムビアで主題歌コンテストも開催中。応募資格は2歳までの男女。応募者は ①主題歌か挿入歌のいずれか一曲を吹き込んだカセットテープ一巻(1月24日発売のカラオケをできるだけ使用)②履歴書一通 ③カラー写真二枚(全身と上半身)の三点を、2月29日までに〒東京都港区赤坂4丁目14番14号 日本コロムビア(株)「超人ロック」主題歌コンテスト係へ送ろう。歌手への道が開けるぞ。
