1981
December
Roundtable w/ Hiroshi Sasagawa, Takashi Iijima, Shotaro Ishinomori [The Anime]:
マンガ雑誌投稿の常連からマンガ家の道
Iijima. 石森さん、スタジオを始められた頃は 確か八百屋の倉庫か何かを借りたんで したっけ。
Ishinomori.―そうそう八百屋さんの。でも倉庫じゃ なくて、一、二階を借りてたんです。 スタジオというのは名ばかりで、床は ミシミシ音がするし、スキ間風がピュ ウピュウ吹き込んでくるんですよ。 で、「スタジオ・ゼロ」を作って何か やろうじゃないかということになった んですが、アニメ界の現状なんて、全 然知らなかったんですよ。ただ、みん な集まればアニメが作れるんじゃない か、と。 ま、きわめて単純な発想でしたネ。そ れくらいだから社長を決めるのもアミ ダクジを引いて決めました。 アニメの 経験者は、その社長一人だけでした。
Iijima. 石森さんはその前にストーリー・ボー ドをお描きになったんではないですか。
Ishinomori. そういえばそうですネ。スタジオの前 に、「西遊記」のストーリー・ボード を作りに行きました。 雑誌の連載があ ったので毎日は行けませんでしたが、 それでも一ヵ月は通いましたか。今 考えると不思議なんですけどネ、タイ ムカードを押させられました(笑)
Iijima.それでストーリー・ボードをお作りに なったわけですネ。
Ishinomori.―いえ、それがスタジオ見物ばかりして ました(笑)
Sasagawa.先日テレビで「トキワ荘物語」をやっ てましたが、当時のみなさんは東北の 出身ですか。
Ishinomori.馬場のぼるさんが確かそうでしたネ。
Sasagawa.―ボクは福島なんですが、トキワ荘のみ なさんのあとに上京したんです。もっ 早く上京してれば早く出会えたのに、 それが残念ですネ。 ボクなんか「トキワ荘物語」を観ると、 あの頃がいちばん楽しかったんじゃな いかな、って気がするんですよネ。
Ishinomori. あの頃は右も左も分りませんでしたか ら。何にも分らない楽しさというのも あるんですよネ。なんとなく明るい未 来があるような気がして、みんな頑張 ってましたから。
Sasagawa.流しで泳ぐシーンがありますけど、あ れは傑作ですネ。
Koizumi.あれはもう語り草になってるみたいで すネ。
Iijima.ートキワ荘時代で感じるのは、石森さん のお姉さんコンプレックスなんです。 それはやっぱりあの頃に形成されたも のなんでしょうか。
Ishinomori. なんども言われたことですが、あの当 時の影響はかなりあるでしょうねェ。
Sasagawa. 話は変りますが、石森さんの本名は確 小野寺さんというんでしたネ。
Ishinomori.―そうです。生まれが宮城の
Ishinomori.町とい うところでしてネ、それをそのまま使 わせてもらってるんですよ。
Sasagawa. 小野寺さんではまずかったんですか。 ウーン、本名の小野寺というのは長っ たらしいし、古臭い感じがしましてネ。
Ishinomori. のほうがモダンな気がしたんです。 それに小野寺という名前のマンガ家も いましたから。
Sasagawa.ボクにとって小野寺さんというのは、 懐しい名前なんですよ。ボクらの少年 時代には「漫画少年」という雑誌があ って、マンガ好きの人が投稿していた んです。小野寺さんという人はいつも 作品が載っていましてネ、ボクは〝ど んな人なんだろ、美しい人だな”と 思ったもんです。その小野寺さんが石 森さんあんですよ。
Koizumi. 直接は会っていなくても、お二人の接 点は相当古くからあったんですねェ。
Ishinomori. 笹川さんもずっと投稿してたんですか。
Sasagawa. エエでも佳作とか、その程度でして。 入選なんてとてもじゃないですが(笑)
Ishinomori. 確か後半は、横網とか大関とか番付で ランクをつけてましたよネ。ぼくはず っと横網を張っていましたけど、 せば横網なので飽きちゃった。送って くる賞品もバッジとバッグでいつも同 じでした(笑) 投稿に飽きてやめちゃったら、むこう から注文がきた。それからマンガを書 き始めたんです。
Iijima.―「漫画少年」というのは一種の登竜門 だったわけですか。
Ishinomori.当時、マンガの投稿専門誌はなかった んですが、あそこは投稿にいちばんス ペースをさいていたんですネ。
Sasagawa.今はマンガに関しても情報があります が、ボクらの少年時代には手塚治虫さ んの「マンガ大学」くらいでしたよ。 ボクなんか田舎にいたから特に情報不 足でしたネ。
Ishinomori.今考えてみれば、ボクらは一から始め たんですネ。ぼくは中学2年のときに 「毎日中学生新聞」というのにマンガ を送りましたが、そのときもインキで 書いたらシミができたりして、自分で 工夫しながら書いていた。
Sasagawa.今アニメやっている人のなかにも「漫 画少年」に投稿していた人は多いんじ ゃないですかネ。あのときのあの人が あなたでしたかということがけっこう 多いですからネ。
Ishinomori. そうでしょうネ。 この前も「漫画少年 の会」というのに顔を出したんですが、 いろんな人が来てました。みんな各分 野で活躍してますネ。
Iijima.ところで、石森さんの第一志望は、本 当は小説家だったんでしょう。
Ishinomori.―エエ、そうですネ。 第一志望は小説家 でした。第二志望が映画監督。で、第 三志望くらいにマンガ家というのがあ ったんですよ。何故か第三志望で止ま っちゃった(笑)
Iijima. でもこれからじゃないですか。
Ishinomori. さァ、それはどうですかネ、もうトシ ですから(笑)
Iijima. 小説のほうに行かないでマンガに行っ たキッカケは何だったんですか。
Ishinomori. それはもうディズニーの影響でしょう 小学校の何年くらいでしたかネ、 ディズニーの「白雪姫」を観まして、 これだと思ったんですネ。 「白雪姫」のあとに「ピノキオ」なん 観たりして、ますます魅かれて行っ たんです。ディズニーの短篇は別とし て、長篇は素晴しかったですネ。で、 マンガを描くようになったんです。
体力が決め手だった(!?)アニメ作り
Koizumi. ディズニーの影響は、やっぱり大きか ったんですネ。わたしなんかもディズ ニーの作品に感動してこれはもう絶対 アニメーターになるしかない、と。 でも当時、アニメーターの登竜門らし きものはなかったですネ。 たまたま「東映動画」で募集があったの 応募してみたら、応募者は四百人い ました。そのなかの合格者が七名で、 わたくしは第三次試験まで行って、何 とか合格しました。
Iijima. ホウ、それはスゴイ。試験の内容はど うでした。
Koizumi. 最初は〝塗り”の試験でした。他の人 情報不足だから、水に溶かして塗っ てるんですよ。こちらは曲がりなりに も二、三回は現場の作業を見学してい ましたから、ドロッと塗っていたん です。どういうわけかこれで成功しま した。 二次は身体検査でした。
Iijima. 二次試験が身体検査、これは面白い。
Koizumi. 当時は残業や徹夜がザラでしたから、 まず丈夫な人間を入れるということだ ったんでしょう(笑) そのあと探偵の素行調査があって、 後が面接でした。
Iijima. その頃は素行がよかったんだ(笑)
Koizumi. 最初は仕上げに回されて、次にトレー ス、撮影などに回され、最後は社内で 動画テストがあったんで、それを受け ました。 いろんな問題がありましたよ。〝椅子 に人が坐っている。この人を立たせな さい”とか”旗はどんなふうになびく 描け”とかですネ。そう言えば、 複雑な模様入りのボールがいっぱいあ って、それをぜんぶ一回転させるのに 往生しました (笑)
Iijima. それは難しいなァ。 試験といえば笹川 さん、その頃の「竜の子プロ」さんの 採用試験はどんな感じだったんですか。
Sasagawa. 絵が描けるかどうかだけみたいでした ネ。面接もあるにはあって立ち会いま したけど、当り外れがあるんですよ ネ。いいなァと思う絵を描いてくるの アニメを描かせてみると、これが全 然描けない(笑)
Iijima. 石森さんのアシスタントはどんなふう にテストしてるんですか。
Ishinomori. まず本人に会って、”これこれしかじ ”を描いてくれといったん帰すんで すが、何回も粘り強く通ってくる人は 使う気になりますネ。 やっぱり体力は関係あるんですか。
Ishinomori. あるでしょうネ。その点、女性は使わ ないことにしています。体力的にも長 続きしないんですよ。
Koizumi.「東映動画」の頃は、定時が10時だっ たんですが、体力が勝負、みたいな感 じがありました。 もっとも女のコが痴漢に襲われたんで、 そのあと8時が定時になりましたけど ネ(笑)みんな夜遅いのが当り前にな ってました。
Ishinomori. ま、定時が8時になっても襲う痴漢は いるだろうけど(笑) 女性にはキツい 仕事なんだろうなァ。
Sasagawa. 石森さんの絵を見ていると、アシスタ ントの入り込む余地はないんじゃない かな、という気がするんですが。
Koizumi. 石森それは、わたしもそう思ってるんです。
Ishinomori. 本人もそれは感じてます(笑) そんな 風だからアニメになりにくい絵なんで しょうネ。アニメにするとガラッと変 るんですネ。
Sasagawa. アニメを作り始められた頃というのは どんなだったんですか。
Ishinomori.売り込んではいるんですが、なかなか 売れなくて(笑)
Koizumi.―「レインボー戦隊」はどうだったんで すか。
Ishinomori. あの頃は、何でも素直に聞いてました よ。〝可愛いいキャラクターを作って くれ”って言われれば、”ハイハイ” (笑) 最初のまとまった仕事だったですから ネ、こっちもそういう気持ちだったん でしょうネ。
Sasagawa. 石森さん、今はどれくらいのペースで 仕事をされてるんですか。月産にして、
Ishinomori.月産にして大体二〇〇ページくらいじ ゃないですか。それでもひと頃に比べ ると半分のペースなんですよ。一時は 月産六〇〇ページということもありま した。一日平均二〇ページですよ。 20代後半でしたから、体力、スタミナ ともにあり余っていた。 今はとてもじゃないが、あんなハイピ ッチは無理ですネ。もう徹夜もききま せんから。
Sasagawa. アイデアとかネタの仕込みはどこでな さるんですか。
Ishinomori. 大体は喫茶店ですネ。 喫茶店にはちゃ んと予約席を設けてありまして(笑) そこでいろいろと。
アニメ隆盛は嬉しいがどう質を高めるか
Iijima. 石森さんというのは不思議な人なんで すよ。これだけ忙しい人なのに、本は たくさん読んでいるし、映画もじつに よくご覧になってる。どこからそんな 時間をとネリ出すんですかネ。
Ishinomori.酒飲む時間と睡眠時間を削ってるだけ の話ですよ。その割には飲む時間だけ はなくならない(笑)
Iijima. しかし、朝早くからの試写会にもおみ えになってる。
Ishinomori. ああそれは、寝ないで行ったんじゃな いですか。
Sasagawa. そこで観る映画などはネタになる場合 もあるんでしょうか。
Ishinomori. スグにということはないですネ。ただ、 どんどん方法が変っていますから、そ ういう面では目を通しておきたいと思 うんです。 たとえば、ディズニーのコンピュータ を使った作品などはどういうものなの 見ておかないと、と思うんです。 と にかく方法が変って行くペースが、じ つに早いです。
Sasagawa. この頃テレビ・アニメが多くなりまし たが、みなさんどれくらい観てるもん ですか。
Iijima. 30数本もあるわけでしょ、とてもそれ だけの数は見きれませんよ。だいいち、 オンエアの時間には、こちらは働いて いるわけだ(笑)
Ishinomori. 確かにテレビアニメは多くなりまし た。しかし、本数が増えた割にはモ 足りないというのが実感ですネ。今 のテレビアニメはおしなべて平均点 を行っているというか、これというも のが少ないですネ。前はピカッと光る ものがあったと思うんですが。
Koizumi. そう言われますと、アニメーターとし ては本当に辛い気がします。これ以上 に本数が増えるとパンクしちゃうんじ やないかと思います。 テクニックを持ったウマい人ならそれ なりにこなして行くでしょうが、そう でない人だと当然、質は落ちますから ネ。テクニックのない人が手を抜いた りしたら、これはもう大変なことにな りますよ。
Ishinomori. 今のテレビ・アニメの隆盛ぶりを見て いると、マンガ週刊誌が次々に出た頃 を思い出しますネ。 あの頃は、こんなにたくさん漫画雑 誌が出てもこなせないんじゃないか” と思ったもんですよ。でも、フウフウ 言いながらも何とかこなしてきたんで すネ。そう考えると、数が増えるのを 悲観ばかりもしていられない。 テレビアニメはこのまま増え続ける のだったら、その上で質を高めて行か なければならないと思います。 質が落ちれば、目の肥えたアニメ・フ アンは離れてしまうでしょうネ。マン ガ週刊誌が出回り始めた頃と同様、フ アンの要求にはこたえて行かなければ ならないと思うんですよ。
Iijima. その通りですネ。アニメの数が増える のはけっして悪いことじゃありません からネ。本数が増えるなかでも手抜き をしないで、どう質を高めて行くかな んですネ。
Sasagawa. 増えたということに関しては、最近、 女性マンガ家の原作をアニメ化するケ ースも増えてますネ。
Ishinomori. そうみたいですネ。もともとアニメ・ ファンには女のコが多いんじゃないん ですか。
Sasagawa. 女性がアニメ界に進出しているのが目 立ちますよ。前は仕上げが中心でした が、今は作画にも入ってますからネ。 あと100年したらディレクターをはじめ スタッフ全員女性という時代がくるん じゃないですか。
Koizumi. それは十分に有り得ますネ。
Ishinomori. アニメの仕事は女性に向いてるのかな。
コンピュータと手作りの二本立てになる
Iijima. それにしてもアニメというのは手間と マのかかる仕事ではありますネ。
Koizumi. そうですネ。わたしの経験を言うと、 午前中に原画を書いて、午後は前のや つの仕上げという段取りで一日二〇〇 枚のペースをこなしてたんですよネ。
Iijima. ノルマがあったんですかァ
Koizumi. エエ、そんなペースを三ヵ月くらい続 けました。一週間ロクすっぽ寝ないの もザラでした。 で、一週間目になるといよいよ限界で 鉛筆を握ったままその場に倒れて寝込 むんです。ヨダレもたれ流しなんです が、もうカッコウなんかかまっていら れないんですネ。
Iijima. それはまた凄じいなァ(笑)
Koizumi. ところが、ハッと我にかえってよく見 てみると、まったく関係のないところ を描いてたりするんですよ。そんなと きはガックリきました(笑) 今の若い人はそういう無茶はしないで すネ。 続かないんです。なかにはイヤ ーホーンをして描いてる人がいるんで すネ。わたしなんか、あれで身が入る のかなと思うんですが、価値観がちが うんでしょうネ。
Ishinomori. ボクなんか喫茶店で仕事していたクチ で、”ながら族”の走りみたいなもん だから、そういうの見ても分るような 気がする。きっとボクらとちがった進 化の仕方をしてるんだろうな。
Sasagawa. とにかくアニメはだんだん女性化して るような気がするんですが。
Ishinomori. 支持者がそうだから、そんな傾向にな るんじゃないですかネ。アニメ・クラ ブで女性が作っているくらいだから。
Iijima. そんなふうにアニメのスソ野が広がる のは嬉しい反面、ちょっと増え過ぎと いうことは否定できないんですよ。 今 のアニメ製作人口からみれば、明らか に質の低下につながると思うんです。
Sasagawa. そうですねェ。今はどこかで張尻を合 わせているような。
Ishinomori. ボクはディズニーの「白雪姫」や「フ 「アンタジア」の感想を、女のコに聞い てみたい気がするんですよ。 たぶんアニメファンの女のコたちは アニメのテクニックよりはキャラクタ ーで見てるんじゃないかと思うんです ボクはもっとテクニックを見てほしい と思うんですが。
Koizumi. それは当っていると思いますネ。本当 アニメを見るというんじゃなくて、 マンガ好きのままアニメに移ってきた という感じですネ。
Ishinomori. アニメがマンガと本質的にちがうとこ ろは動くことです。当り前ですが、そ こに興味を持ってほしいですネ。キャ ラクターだけを見るより、はるかに面 白くなると思うんです。
Iijima. コンピュータ・アニメのようにアニメ が機械化されるとどうなって行くんで しょうか。
Koizumi. コンピュータ・アニメがふつうになる 頃には、機械と手作りの2本立てにな るんじゃないですか。
Ishinomori. 雑誌の仕事は今すでにそうなってます ネ。プロダクション・システムと一人 でコツコツやる方法があります。 アニ メも量産するものはコンピュータで、 手作りのものは手をかけて作るという ことになるんじゃないですか。実験ア ニメに興味を持ってる人も多いから、 いろんな作り方が出てくると思います。 ボク自身は、これがアニメだという作 品を作りたいですネ。それには作品を 作ったあと、”これではいけない”と いう後悔の念を失いたくないですネ。
