1984

June
Feature Article [Anime Scramble, My Anime]:
“ひ弱な少年”よ、さようなら!
難波克弘クンは、1967年(昭和(42年)2月19日生まれの17歳。東京・渋谷区で産声をあげ、小学生時代を中野区、新宿区で過ごし、現在は杉並区に住んでいる。家は、母親が「里来」という鉄板焼屋を営んでいる。小さい頃は、体が弱く、すぐに寝こんでしまう子だった。外であまり遊んだ記憶がないそうだ。小学一年生の頃から、機械いじりに熱中する子どもだったという。そんな時、新聞をみてたら〝新人タレント募集の広告が目にとまった。小学校4年生の時だった。「おもしろそうだな」と思い、すぐに母親に相談。タレントを募集していたその劇団は彼の8つ年上の兄が、一時所属していたこともあって、母親は、すぐに子どもの希望を聞き入れてくれた。克弘少年は、毎週日曜日、その劇団<グループこまどり>でレッスンをうけることになった。発声、泣き笑いの練習、人前で緊張せず普通に歩くことーなど、遊びたい盛りを稽古で過ごした。と同時に、実際に仕事も始まる。Mソングをうたうことが多かったという。たとえば、味なことやる”でおなじみのコマーシャル。そして映画の吹き替え。小学校5、6年のころ、ウィリアムホールデン主演の「クリスマス・ツリー」で、白血病で死ぬ少年を演じたのが最初。「体が弱かったせいか、役もひ弱な少年が多かったですネ。それに、声のトーンが高くて、女性の声優さんとよくまちがえられました」という。仕事をもっている小学生というのはまあ、普通ではない。普通でないと、どうなるか? 人気者になる!? うんわからない。励ます者、ヒヤかす人間、無関心でいる人たちーだいたい3つぐらいタイプがうかぶけれど・・・・・・。「同級生や上級生は、応援してくれましたけどネ。でも、下級生が……。イヤミをいうんですよ、あっ、ナンバだあ”ってネ。くやしいけど、無視してました。で、たまに、相手をにらむでしょ。すると、だまっちゃうんですよ」劇団に入ってから、体も少しずつ丈夫になった。それとともに、気持ちもタフになっていったのかもしれない。しばらく、克弘クンの学生生活の話をつづけてみる。中学3年生の時、劇団をはなれた。高校受験をひかえていたからだ。すると、それまで忙しかった日曜日に、することがなくなった。急にものたりなさを覚えたという。おまけに、進学を希望している都立高校の受験科目に、理科と社会科が加わった。不安もつのるばかり・・・・・・。え~い、当たって砕けろ! 入学試験では社会科で24点!(もちろん100点満点)しかとれなかったが、第一志望の都立新宿高校合格。そして、この4月で3年生になった。
「へぇ~、ロディやれるの」って思った
「いつだったか、はっきりおぼえていすけど」て声の出演をしたアニメーションのことを話してくれた。「スペシャル番組で”ヒット・エンド・ラン”という話です。それまで、洋画の吹き替えの経験がありましたから、俳優さんの声を聞きながら、自分の声をのせることになれてるわけですよ。でも、アニメーションは音がなくて絵だけですよね。だから、自分で演技をつくっていかなければならない。感情のつくり方は、洋画の吹き替えにくらべて、アニメーションのほうが、むずかしいですよね」小学4年生から高校3年生の現在まで仕事をしてきただけあって、説得力のある言葉だと思った。まだまだ勉強しなければならないことがあるだろうなーと想像するけど、克弘クン自身には、少しだけ余裕が生まれているのかもしれない。「バイファム」のことを聞こうと思ったけれど、話はヨコ道へ。出演したドラマのことになってしまった。最初のレギュラー出演は、NHK教育テレビの「みんな仲よし」。小学校5年6年にわたって登場していた。そして、中学2年生。「一年B組新八先生」に出演。ここでは、田上三郎という、勉強のできる学級委員長の役だった。「ほんとうのクラスみたいでした。リハーサルの時なんか、みんなでワーワー、ギャーギャー。ケンカしてクラス”が分裂したことがありました(笑(い)」つづけて、中学3年生の時に「娘が家出した夏」。最近では「17歳の戦争」。ほぼ、一年に一本の割合で出演してきている。さて、昨年10月20日から放映されている「銀河漂流バイファム」の話にうつろう。オーディションは2回あった。5月に行われた1回目の時は、自分のキャラクターを考えて、スコットの役をうけた。2回目になると、13人の子どもたちの役が、ほぼ決定。克弘クンは自分の役を知って驚いたという。- あっ、僕ロディになってる! へえ、ロディやれるの?!という具合に。音響監督の「少し役柄に変更があるかもしれません」という言葉に一抹の不安はあったものの、大喜び。8月に最終決定を電話で知った時は、「すっごくうれしかった」という。そしてアフレコ。第1話でのことだ。「声が暗い。もっと、おなかから声を出せって注意されたんです。で、2話を録りにいくのがイヤで……………。足が重くなりました」午前10時から午後6時までかかった第1話のアフレコをきっかけに、ヤル気がみなぎってきた。もっと勉強しなければー。「フレッド役の菊地英博が、すっごくうまいですよ。同じ劇団にいるってこともありますけど、彼には負けられないって思います」ロディをやってて、ほんとうに楽しいと、ニコニコして彼はいう。「これからは、とにかくいろいろな役をやってみたいと思います。だって、自分が、その役柄の人間になれるでしと、17歳の少年はいった。
