Kaneto Shiozawa

1982

December

Feature Article [“Star Graph”, My Anime]:

若き放浪者

コンサートやラジオ出演などで、国内は、 余す所なく回り、旅慣れたはずの私にしては、 ちょっとおかしな話だけれど、 先日、この年 齢にして初めて一人旅を体験することになっ た。今まで、幾度となく利用した新幹線で 乗る時は必ずだれかと一緒だった。 乗り継 ぎの事、食事の事、何ひとつ心配することな 旅をして来ていた。 使い慣れない時刻表と 駅弁とお茶を握りしめ、見つめた窓の外し だいに東京の景色が薄らいでゆくほどに、不 安で胸がいっぱいになり、本当にイイ年して、 思わず泣き出しそうになった。 そんなわけで 今回、塩沢さんにお会いして、中学生時代か ら一人旅をしていたという話を聞いて、すっ かり尊敬の眼差しを送ることになってしまっ たのである。 東京に生まれ、東京に育った彼が初めて一 人旅に選んだ所は、京都だった。それ以来彼 は、暮れもおし迫ったころになると、フラリ 京都まで出かけ、そこで年を越して、数日 過ごし、東京に戻ってくるというのが、13歳 ころから22~23歳ころまでの習わしだったそ うである。「僕が行ってないのは、四国と沖縄 ぐらいかなあ。僕の場合、 観光案内にのって る場所とか、名所といわれてる場所には、ほ とんどといっていいくらい興味がないんです よね。自分の足で歩いて、感動する場所を探 してゆくのが好きなんです。まあ早くいえば 放浪癖があるんでしょうねェ」。最近は忙しく て、フラッと旅行に行く機会も少なくなった しいけれど、暇を見つけては秩父あたりま 一人散歩に行くそうである。そしてもっぱ 以前、石神井公園の釣り堀で釣りあげてき クオレとパトラという名の、金魚鉢から溢 れるほど育ってしまった金魚を眺めながらゆ っくりグラスをかたむけるのが、旅行に代わ る楽しみの一つになっているようである。彼 は、おそらくいくつになっても若き放浪者の 心を抱いて、色々な土地を旅してゆくに違い ない。あんなやさしい眼差しをして、ちょっ ぴり孤独な匂いのする放浪者、塩沢さん。そ んなところに、やっぱり憧れちゃうのよね。

したたかな挑戦者

「僕が俳優を選んだわけっていうのはね、 が働いている時に、なんとなく遊んでる格好 をしていられるっていうか、ちょっと変だけ どそういうところにやたらひかれたんです。 それで中学の終わりころには、だいたい進路 は決めてました。 高校では勿論、演劇場に所 属して、大学は、日大の芸術学部に進みまし た。でも学園祭で僕が演出した芝居を、演劇 部の先生にあんなのは芝居じゃない” とし かられましてね、結局一年で中退しました」。 彼は、大学を中退した後、俳優の勉強を深め る為にということで、演劇学校の試験を受け ることにした。「とにかく基礎からやりたかっ たわけ。でもなぜか窓口で断られましてね、 しつこく粘っていた時、たまたまそこを通り かかったそこの学園長の口添えをもらって、 とにかく試験だけでも受けられるようになっ て合格したんです。だから、あの時学園長が 通りかかってくれなければ今の僕は存在して いないかもしれないんです」。物静かな口調の 中に感じ取られる強さと実直さて、知らない うちに彼の話の中にどんどん引き込まれてゆ 学園を卒業後、彼は塩見龍介氏に促され て、グループエイトに席を置いた。そのグル ープエイトには、現在活躍中の稲葉実さんや あつ子さんたちも在籍していた。 声優としてスタートしはじめた彼が最初に 得た仕事は、洋画の中で、崖から落ちる男の、 ワァー”という叫び声だけだった、と笑う。 でも、今やジョン&パンチから、アニメのブ ライガーまで大活躍中である。 「明日はだれに会えるかな、と毎日思ってる んです。声優として、僕以外の人を演じなき ゃいけないわけだから、まず僕自身はおいと いて出会う人になりきって仕事をすれば、よ り楽しくなると思うんですよ」。彼は、静かに、 着実に一歩ずつ、目的に向かって突き進んで ゆくしたたかな挑戦者だ。

穏やかな勝利者

ひとりっ子の彼は、13歳の時父親を、そし て、14歳の時母親を相次いで失った。 その後 ずっと祖母に育てられた。 しかし、彼の横顔 は、そんなショッキングな運命に出会ってき たとは思えないほど、屈託なく明るい。「この 世界に入ることを、一時は猛反対していた祖 母でしたが、僕がここまでこうしてこられた のは、やはり芝居をやっていたからだと言っ てます。僕にとって、やはりすべてでしょうね エ。まあ心配ばかりかけてますが、心配かけ るのもまた、親孝行だと思ってますよ」。その 大切なおばあさんとともに、年四回ほど、 両 親のお墓まいりに出かけるという。彼にも、 そして、彼のおばあさんにもはかり知れない 悲しみがあったのだろうと思う。でもこうし て、やさしく温かい彼を見ていると、人の生 き方というものを改めて、教えられるような 気がしてならなかった。「夢は・・・・? と聞か れても莫然としすぎていて答えられないんで すよね。それより現在を自分で納得できる生 き方をしていることの方が大切だと思ってい ます」。淡々と話す彼には、すばらしい説得力 があった。孤独を嫌というほど知ってきた人 だろうと思う。だからこそ、生きる強さも、 大切さも十分わかっているのだろう。 まず一 人であることを知らなければ、二人はあり得 ないと思う。そういった意味でも、彼は、人 生の、そして人間としての勝利者である。 都会を見てどう思うかという問いに「冷た 「いと思う」と、一言答えた彼に魅力を感じる のは、私だけだろうか。 塩沢さん、今度、一人旅の楽しみ方、それ 金魚の太らせ方を教えてくださいね。

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